第5-1話 白純小恋夜の登場(1)
「手伝うってもなんだ、俺は組織を見つけて潰せばいいのか?」
「いえ、見つけるのは私の側近が――」
「――お嬢様ッ!」
そのとき、バリンと窓を突き破って、白いコートを羽織った女性が飛び込んできた。
凛とした雰囲気を漂わせる女性だった。怜悧に整った顔立ちに黒い瞳。黒い髪をポニーテールに結っている。見るからに日本人であり、その細い腰には紅い鞘に納められた一刀を携えている。彼女はコートに付いた硝子の欠片をバラリと振り払うと、紅いミニスカートを翻し、姫さんの足元に跪いた。
「
「無事だったのですね! 危険な潜入任務をよくこなしてくれました!」
「いえ、姫の側近として当然のことをしたまでです」
「勇者様、紹介します! この女性は、私の幼い頃からの側近であり、最愛の親友である白純小恋夜です。数年前から今に至るまで、教団に潜り込み諜報活動をしていた私の最も頼れる部下です。小恋夜、こちらが昨晩伝えた」
「貴様が例の勇者とやらか! 私がいない間、姫様の護衛ご苦労だったぞ!」
「……ど」
「は?」
「窓おおお! 自己紹介以前に窓おおおお!! 俺ん家の窓おおおおおおおお!! なんでお前らは現れるたび何かを壊しやがるんだ!? 修繕費いくらかかると思ってんだ!? ほんと、一回壊されるだけで家計が飛んでもねえことになるんだからなああああ!!」
「はあ、うるさいな。小窓の一つや二つ壊されたくらいで情けない」
「普通怒るからな!?」
「そうだよ、峰樹。小壁の一つや二つ壊されたくらいで騒ぐなんて器が小さい証拠だよ」
「てめえは反省しろ!」
一方的に住宅物壊されてなんで責められねえといけないんだ!
「勇者様、すみません!? 悪気はないんです! 怒らないであげてください!?」
「うるせえ! もう堪忍袋の緒が切れた! この手の輩は一片絞り上げねえとわからないんだ! どいてろ、姫さん! こいつら、とっちめてやる!」
「ぼ、暴力はダメですよ!? って……きゃあっ!?」
「え? あ、すまん!?」
俺を止めようと割り込んだ姫さんが、ばたりと畳の上に倒れた。それを見て、小恋夜の顔が烈火のごとく真っ赤に燃え上がった。
「無礼者ッ! 一国の姫になんてことをッ! 叩き切ってやるッ!」
「ダメです! その人を傷つけてはいけません、小恋夜!」
女剣士の腕がピタリと止まる。
ひいぃ、抜き身の刀が首筋に当たってる!?
「なぜですか、姫様! このクソ男はお嬢様を突き飛ばしたんですよ!? 死んで当然じゃないですか!」
「いけません。むやみに刀を振るってはいけないと何度も言っているでしょう」
「でも……! 『目には目を、歯には歯を、姫様を傷付けた奴にはあらゆる拷問の果てに死の鉄槌を! そして、死後も鉄槌を!』が私の家訓なのですよ!?」
「ダメです。刀を収めなさい」
「姫様、あいつ切りたいです……! 後、切り捨てたヤツの首でバスケがしたいです……」
「してもいいのはバスケだけです」
「お前らこの国の事情にやけに詳しいよな!?」
なんで安西先生知ってんだよ。
いや、部下が日本人で姫様本人も日本語喋れるってことはかなりの親日国なのか?
「……ちっ、姫様の寛大な心に感謝するのだな」
舌打ちしたぞこいつ。どんだけ切りたかったんだ。まったく……これじゃあ姫様を下手に扱えないな。いや、そもそもひどい扱いをする気もないけどさ。
「まあまあ、そう仲違いするなって。みんな仲良くしようよ。それには、お互いのことを知るのが一番だよ。ほら、峰樹の昔のアルバムがここにあるよ。みんなで思い出を語り合ったらきっと和むに違いないよ!」
ナオはアルバムブックを机の上に置いた。……うん、なぜお前がアルバムの場所を知っているかは置いておこう。正直言ってナイス機転だ、ナオ。お前って気遣いできるんだな。
「まず一ページ目を見てごらん。今の会話の間にね、さっき峰樹が姫様を殴りつけた瞬間の写真を焼いておいたんだよ」
「お前えええええええええ!!」
褒めた傍からこれかよ。
「勇者様、安心してください。小恋夜は優しい人ですから」
「そ、そうだな」
その優しい女剣士はヤバイくらい殺気を放ってるんだがな。
「じゃあ、次のページを開いてみよう。ほら、これもさっき撮ったばかりの写真でね。姫様が峰樹に土下座させられてるシーンを見事に収めてるよね」
「………………」
「おま!? ちが、これは姫さんが勝手に!?」
「そうです、小恋夜! これは私が自分でやったことですから!」
「はい、分かっています。……今は我慢します」
後で何かするつもりじゃねえか!
「おい、ナオ!」
「僕はありのままを伝えようとしてるだけだよ。いわば善意の第三者ってヤツさ。恨むのは筋違いだよ。というわけで、次のページを見てよ。姫様の顔を切り取って、動物園のゴリラの顔の上に張りつけたコラ画像を作っておいたよ。見てこの顔と体のアンバランスさ! ほんと受けるよね!」
「悪意ありすぎだろ!」
「貴様、姫様を侮辱したな……ッ!」
「なんで俺を睨むんだ!? よく考えてくれ! 俺は関係ねえだろ!?」
「小恋夜、ダメです! 斬りつけたらもう一緒にお風呂入ってあげませんよ!」
怒り任せに降り抜かれた刃が、俺の首筋二ミリ手前で止まった。
あ、あぶねえ!?
「最後に昨日学校で二人が熱いキスを交わした写真があるよ」
「うおおおおおおおお!!?」
空中で止まっていた刃が、俺の首のあった空間を見事に刈り取った。
あぶ!? あぶ!?
「き、貴様、これは……ッ!」
「違う、それは勘違いだ! 姫さん、早く弁明を頼む!?」
「これは……その……いくらヤリたいからといって……まずは相手の気持ちを確認してからやるべきでしたよね……?」
「その言い方は誤解を招く!」
何も知らないやつが聞いたら俺が襲ったように聞こえるだろ!? し、しかし、黙っているところを見ると誤解だと気づいてくれたのか……?
――ブチブチブチブチ。
アアアアア!? 血管が何十本も切れる音が聞こえるうぅぅ!
「貴様、選ばせてやる。今死ぬか、すぐ死ぬか、それとも……今すぐ死ぬか」
「選択肢がねえ!?」
問答無用の怒気を発しながら近づいてきやがる!? 話し合う気が微塵もねえ! これはもう一端逃げるしか……、
「ところで峰樹、あのお姫様のことどう思う?」
「なんだこの非常事態に!?」
「いいから! 答えるんだ!」
「凄く可愛いと思うぞ!?」
その言葉を聞いた途端、俺の心臓に付き立てようとしていた彼女の刃がピタリと止まった。
「ふふ、分かっているではないか」
「お、おおお!」
この女、思った以上にチョロいぞ! それにナオ、ナイスだ! まさかこいつが助け船を出してくれるとは。持つべきものは友人だな。……いや、この事態を作り出した張本人だ! 騙されるな、俺!
「確かに素敵だよね。綺麗な髪、整った顔、モデル並みの体型、ほんとに素晴らしい女性だよ。これだけ可愛いんだ。峰樹的には当然恋愛対象だよね」
「は? それはないな」
「なんで?」
「胸がないからだ」
「ふぇ……」
ん? 今何か空気が変わったような?
「でも、こんなに綺麗な女性なんだよ? もはや胸は関係ないんじゃないの?」
「はっはっは! お前は何を言ってるんだ? どれだけ素晴らしくても胸がない女性は女性ではない! 胸のない女性なんてのはな、パン生地のないサンドウィッチ! 支柱のない高層ビル! 参加者ゼロ人のオフ会みたいなもんだぞ! はははははッ!」
「ふええぇ……」
なぜだろうか。俯いた姫様の瞼から……じんわりと涙が流れた。
「タタキキルッ!!」
「ひえええええ!!?」
瞬間、俺の右頬を刀が掠めた。同時に周囲にあった棚やら花瓶やらがバラバラに刻まれた。俺の家の備品が! いや、それより命だ! 退避、退避だ!
「ナンデ? ナンデ、オレ、コウゲキされるの???」
即座に部屋を出て必死に階段を駆け上がる! うおぉ、背後で壁が切り刻まれる音がした!? くそ、こんなところで死にたくねえぞ!
「ひ、ひとまずここに!」
二階に着くと、俺は適当な部屋に飛び込んだ。そのまま息をひそめようとして。
「……ってなんだこりゃああああ!?」
部屋の内装に目を剥いた。その部屋は四方全てが金銀の壁紙で包まれていた。どこを見ても金銀ギラギラな調度品。宮殿にでも迷い込んだかと思ったわ。当然、俺はこんな部屋を作った覚えはない。こんなことしやがるのは……!
「クソ、ナオのやつか! あいつ、人の家に勝手に部屋を作ってやがったのか!? しかもこの生活感、あいつこの部屋に住んでやがるな!? ……待て! なら壁を壊す必要性は!? 隣にいたんならドアから来いよ!? なして俺の部屋を壊す必要があんだよ!? ――って、うわあああああ!!?」
その声で居場所がバレてしまったのか、真横の壁が斜めに刻まれて崩れ壊れた。……オイ待て、隣って俺の部屋だよな!? なんで今日一日で両壁に穴が開くんだよ!?
「なんだ、この目に悪い部屋は。貴様、センスの欠片もないな」
「なぜ俺がディスられなければならないんだ!」
せめてナオに言えよ! 俺も言いてえよ、クソが!
「おい、おいおいおい、待て! お前はあれだろ、見た感じ剣士なんだろ!? だったら何か掟みたいなのがあるんじゃないか! こう、一般人を殺してはいけない、みたいな!」
「よく知っているな。確かに私たちは人道に反することは行わない」
「よしよし! じゃあ一般人である俺を殺すことは!」
「人道に反する……と言うとでも思ったか?」
「くそ! 話が通じねえ!」
一方的に距離を詰めてきやがる。その分俺も後ずさるも……その背後は壁である。当然じりじりと追いつめられてゆく。
「やめ、やめろって! 俺はまっとうな市民だぞ!? 人道に反するだろ!?」
「来世はまっとうな人間に生まれ変わるのだな!」
「ひ、人の道はどこにあるんだああああああ!?」
「君の後ろにできるんじゃない?」
そのとき、背にしていたドアが開いた。その拍子にかろうじて俺は剣撃を回避する。開いた扉の先から現れたのはナオだった。
「話は聞かせてもらっていたよ。君は人道に反することはしないんだよね。じゃあ、人のものを壊したら弁償するのは当然だよね」
「む……?」
言われて気付く。女剣士の斬撃の影響で周囲に飾られていた金ピカのインテリアや調度品が悉く破壊されていた。
「ふん、その程度払ってやる。財政困難とはいえ一国の姫の護衛をしておるのだぞ。金など多分に持っておるわ」
「そう? 少なく見積もってもこれくらいするんだけど?」
「どの程度もこの程度も――」
スマホのディスプレイを見た小恋夜がカチンと固まった。
「あ、壊れた備品を加えるとこれくらいの値段になるよね」
「……………………」
少女の肩がぷるぷると震え出したぞ。
「いやあ、小恋夜さんがお金持ちでよかったよ。一家が軽く百世帯くらいは路頭に迷う金額だからねえ。もし足りないってなったら、こりゃあもう体で支払うしかないよね」
「……う、うぅ……ぐすっ……ぐす……」
小さく泣きだしたぞ。
「す、すまない。その額を払うだけの私財は持ち合わせていない。か、体で払おう」
小恋夜は、震えた手つきで衣服を脱ぎ出そうとした。
「ちょ、そんなことしなくていいぞ!? ナオも本気で言ってるわけじゃないよな?」
「『借金少女、豪華客船一週間の旅 ~恥辱の船上パーティ編~』」
「おい」
「『強気な女剣士、敗北の媚薬漬け ~筋肉紳士とランデブー~』」
「こら」
「『くっ、殺せ! 無情の感度3000倍! ~旬の触手を添えて~』」
「やめんかい!」
俺はナオの頭を小突いた。
「とにかく! この件はチャラだ! ナオも文句ないよな?」
「うん、まあ冗談だったし」
「ほ、本当にいいのか? その、凄い値段だったが……」
「気にしないよ。損害なんて商品料金に上乗せして国民に転嫁すれば気付かれないし」
解決方法に社会の闇を感じるのはひとまず置いておこう。
「そういうわけだ。気にすることはないぞ」
「く、くぅ……敵に情けをかけられるとは……この私一生の不覚……」
礼の一つも言わないのはアレだが、まあ、悔しい気持ちも理解できるしな。
「でだ、本題に戻るが……その前に下の部屋に戻るか」
「そうだね、こんな金銀ピカピカした部屋でまともな話し合いができるわけないよね」
「お前がやったんだからな?」
後で部屋の修繕費はきっちり請求してやるからな。
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