第4-2話 ディベルトヘルズ教団の野望(2)

「まあ、頃合いっちゃ頃合いだな。姫さん、そろそろ昨日の事件のこと話してくれるか?」

「はい!」

 行儀よくこくりと頷くと、姫さんは座布団に座り直した。それに続くように、俺とナオもちゃぶ台を囲って座る。

「察してはいたけど、やっぱり昨日のアレはお姫様に関係するヤツだったんだね」

「魔術師も思いっきり姫さんを名指ししてたしな。それに、どうやら姫様が言うには、俺が神様から与えられた使命――邪悪の化身の復活とやらもあの魔術師と関連しているらしい」

「おー、ひとまず一歩前進したみたいだね!」

 その一歩に対する代償は大きかったがな。関係あるって分かっても昨日は話聞ける精神状態じゃなかったし。

「どこから話せばいいですかね。……そうですね、昨日現れた魔術師の正体から話しましょうか。結論から言いますと、昨日、学校に現れたのは、我が国の秘宝を狙って現れた秘密組織の者です。その組織名は、ディベルトヘルズ教団。ディベルトヘルズとは私達の国の言葉ですね。日本語では、そうですね、なんかすごそうな教団です」

「……なんて?」

「なんかすごそうな教団です」

「すまん、もう一度」

「なんかすごそうな」

「いや、もういい。分かった。理解した」

 ああ、たぶん、アレだろ。名前で相手を油断させる狙いとかあるんだろう。

「彼らの目的はこれです」

 姫さんは胸に下げていた宝石を手に取り、その後ろにある小さなくぼみを細い指先で押した。すると宝石が……ぱかっと二つに割れた。なんだ、その無駄機能は。

 それはともかく割れた中から出てきたのは、さらに小さな球状の宝石だった。翡翠色の宝石で、中には欠片程度の大きさの、星のような模様が四つほど見える。

「これはドラゴソボールといいます」

「せめて隠す努力をしろ」

 版権とか色々あるんだぞ。

「この宝石はなんでも願いを叶えてくれる宝石なのです……と、唐突に言われても信じられないですよね……」

「大丈夫だ。信じられないけど、信じられる」

「願いの叶え方は簡単です。この世に散らばったドラゴソボールを全て集めて、特別な呪文を唱えると、なんでも願いを叶えてくれる神様の使いが姿を現すのです」

「知ってるぞ、名前はあれだろ、シェンロ――」

「神蟹(シェンカニ)です」

「蟹!? なぜ蟹!?」

「何言ってるんだい、同じ甲殻類だろ」

「龍って甲羅あるっけ!?」

 どちらかと言えば爬虫類じゃないか!?

「ご存じないかと思われますが、我が国では蟹は平和の象徴として親しまれているのです」

「……まさか蟹の手が平和のピースだからか!? その解釈は安直すぎやしないか!?」

「峰樹、落ち着いて。さっきから狼狽えすぎだよ」

「てめえは落ち着きすぎだ!」

 片手間に静々と抹茶を立ててんじゃねえよ。

「前述の通り、願いを叶えるためには、ドラゴソボールを全て集める必要があります。その数、百八つ」

「無駄に多いな」

 本家(?)のボール何回分だよ。集めるの嫌になるわ。……いや、なんでも願いが叶う手間がそれだけだったらむしろ少ない方なのか?

「そのうちの百七つをすでに奴らは集め終わっています」

「マジかよ!? よく集めたな!? 大変だったろ!」

「諜報部隊からの情報だとガチャコンプのようで楽しかったと」

「なんで楽しんでんだよ」

「ガチャコンプは課金の闇だよね」

「お前は何の話をしてるんだ」

 課金ってなんだよ。スマホゲームじゃねえぞ。

「なぜ彼ら教団が世界に散らばるボールを集められるのかと言いますと、彼らはドラゴソボールの位置を探知できる機械を持っているためなのです。私は彼らの野望を阻止するために、ボールの放つシグナルを封じることのできるこの特殊な宝石の中に封印しているわけです」

「そのマトリョシカにはちゃんと意味があったんだな」

 遊び心かと思ってたわ。

「彼らの願いは絶対に阻止しなければなりません。なぜなら、なんかすごそうな教団の目的は世界征服だからです」

「そりゃまた王道な……」

「彼らは神蟹の願いを使用し、この国をマイタケの名産地にするつもりです」

「なにゆえに!?」

「キノコは美味しいからね」

「納得するところなのか!?」

「彼らの手によって、私たちの国も辺り一面マイタケ畑とされてしまいました」

「前例があるのか!?」

「国土の九割がマイタケと化したらしいね」

「お前知ってんのか!?」

「領土のほぼ全域がキノコで埋め尽くされた我が国の家計はもはや火の車で……」

「輸出しろよ!? 売れば儲かるだろ!? 美味しいんだったら!」

「峰樹、需要と供給を考えなよ。いくらマイタケが美味しいからってキノコ一品で一国の財政を養えるはずないだろ」

「くそ! ツッコミが追い付かねえ!」

 頼む。表向きだけでもいい。まっとうな話をしてくれ。

「彼らが現れたのは三年前。組織の手によって、我が国の事業の九割が破壊されたのです」

 まあ、そりゃ確かに国土の九割がマイタケになったら事業も回らんだろうな……。

「それだけではありません。マイタケのせいで、私の実の父である国王は亡くなり、優しかった兄上も行方不明になったのです」

「マイタケでか!?」

「はい。王宮の専門家によると、王はマイタケアレルギーで死に至り、兄はマイタケの胞子が脳に侵入して精神崩壊したのだろうと……」

「マジかよ」

 マイタケ怖すぎるだろ。

「かくいう私も渦中では彼ら組織の者に誘拐されていたようなんです。おそらく私の持つこのドラゴソボールを狙っての犯行だと聞かされています」

「そうなのか!? ……ん? ようなんですって言うのは?」

「その、記憶がないんです。王宮の魔術師が仰るには誘拐時に掛けられた気絶の呪術による影響ではないかとのことだったのですが……私はこれは父上が欠けてくださった魔法だと思っているのです。組織との闘いは熾烈を極めたと聞いています。たくさんの兵士が亡くなりました。私もその渦中でそれを目撃していたのだと思います。父上はそんな私を悲しませないように、前だけを向いて進めるように……この魔法をかけてくださったんだと、そう信じているのです」

 姫さんは、胸にぶら下げられた宝石を両手で握り絞めた。

「父上も兄上もいなくなった今、我が国を救えるのは私しかいません。祖国の専門家は、マイタケの呪いを解くことができる手段が一つだけあると仰いました。それは、我が国に伝わる『伝説の勇者様』だけだと。私は組織にかけられた忌まわしき呪いを解くため、国の復興のために、我が王家に伝わる占いのみを頼りに勇者様を探していたのです。あれから三年間、ずっと、探していたのです……」

 俯いたまま姫さんは、ちゃぶ台の上に乗せていた俺の掌をぎゅっと握った。

「お願いします、勇者様。私は、私の国を助けたいのです。だから、どうか、どうかお力を貸してくださらないでしょうか……」

「おお、おい!? 頭なんか下げなくていいって!?」

 逼迫した声でそう告げると、姫さんは畳の上に両膝をついて土下座をした。

 う、うーん。こんな美人にこんなことされると断れないよなあ……。

 それに姫さんの祖国を想う気持ちは本物だ。無下にするわけにもいかないな。

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