第二章

第4-1話 ディベルトヘルズ教団の野望(1)

 さて、まずは昨日の出来事の顛末について話そう。

 結論から言うと、昼休みを騒がせた巨大岩石の騒動は、科学部の実験の暴走という話で片づけられた。もともと古聖森々学園は世界中の業(カルマ)が集められた、超人変人だらけの学園だ。校舎の一つや二つが破壊されることなんて日常茶飯事であり、破損した物は土木建築部が好き勝手に修理することも相まって特に大きな話題になることもなかった。いや、普通もっと話題にするだろってツッコミたくなるくらい話題に上がらなかった。それは幸運だったと割り切ろう。

 問題は俺の処遇である。……グラウンドのど真ん中で、女子のスク水姿で大騒ぎした俺の処遇である。当然全校生徒に目撃されていたことだろう。ともすれば世間の反応は何を言わんやだが、周囲の認識はさらに斜め上を行っていた。例として、以下に学内にて俺が実際に耳にした女子たちのひそひそ話を抜粋しよう。


『ねえ、今日の昼休みのアレ見た』

『女子のスク水着てたヤツよね』

『あの人、毎日昼休みにスクール水着を嗜んでるらしいわよ』

『うわ……きもっ……』


 思い返すだけで涙が出てくる……。

 そう、俺は『女子のスクール水着を着るのが趣味な超人』だと解釈されたのだ。趣味ではないといくら主張しても聞いては貰えなかった。てか、みんなして逃げていきやがる。反面、怪我の功名と言えばいいのか、親の仇かと俺に向けられていた男子達の嫉妬が収まっていた。代わりに、ひどく距離を置かれたが。

「俺は……悪くない……」

「大丈夫ですか、勇者様」

 自宅のリビングの机に突っ伏した俺を姫さんが心配そうに覗き込んできた。昨日の事件の応対のためか、今日の学校は休みになった。気持ちを整理する時間が得られたことは素直に嬉しいが、周囲の誤解を解く時間が失われたことがつらい。ちなみに、なぜ姫さんが俺の家にいるのかは正直知らん。昨日のいざこざでめっきり意気消沈してしまってだな。なんか昨晩ずっと慰めてくれていた気がするが、あまりのショックに記憶がねえんだ。

「落ち込まなくてもいいんですよ? とても素敵だったのですから」

「ありがとう……落ち込むよ……」

「ええっ、なんでですか!?」

 姫さんは頬を膨らませた。昨日からいくらか密なコミュニケーションを取ったせいなのか、今の俺は姫さんの性格を少し理解できてしまっていた。どうやら彼女はスクール水着に対する感性がうちの国のソレとは正反対に異なるみたいだ。つまりだな、スクール水着を本気で素敵な衣装だと思ってやがるってことだ。

「そうだよ、峰樹。そこまで落ち込む必要はないよ。よくあることじゃないか」

「……ねえよ。少なくともまっとうな生き方をしている間は絶対ない」

「人の噂も七十五日って言うじゃないか。後百五十日の辛抱だ。がんばりなよ」

「倍に増えてんじゃねえか」

 五か月も延々と噂され続けたら首吊って死ぬわ。

「なんだかんだ言って峰樹は頑張ったんだ! 褒められこそすれ貶される謂れはないよ!」

「お気遣いありがとう。ところで……なんでいるのかな?」

 どこからともなく現れ、あまつさえ台所の引き出しから勝手にお菓子を取り出し食ってやがったナオの首根っこを捕まえる。俺はお前を呼んだ覚えはねえぞ。

「ほんと、どこから潜り込んだんだお前」

「どこからだっていいだろ」

「よくねえよ。不法侵入だぞ。れっきとした犯罪だ。ほら、白状しやがれ」

「ばりぼりばり」

「菓子食いながらしゃべるな!」

 どれだけ神経太いんだ、てめえは。

「だって正直に言ったら怒られるし」

「勝手に人ん家入ってきてる時点でアレだろ。ほら、とっとと吐け」

「峰樹の部屋の壁を破って侵入した」

「俺の部屋ああああああああ!!!」

 窓から顔を出して二階の外壁を見る。自室辺りの横壁が見事なまでに崩壊していた。

「てめえ、何てことしやがる!?」

「大丈夫大丈夫。後で綺麗に直しておくから。脳内お花畑の純情乙女もドン引きするくらいファンシーな部屋にして」

「普通に直せ」

 てか、直すくらいなら最初から壊すな。

「あの、あなた様はどちら様なのでしょうか?」

 姫さんがナオの顔を見ながら、おずおずと話しかけた。

「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は仲上ナオ。峰樹の幼馴染だよ。今日は峰樹が心配で様子を見に来たんだ。よろしくね」

「まあ! 勇者様の幼馴染だったのですね! そうとは知らずご無礼を。私はリーゼと申します。こちらこそよろしくお願いします!」

 姫様は嬉しそうにナオと握手した。なんか仲良さげだな。

「わざわざ足を運んで慰めに来てくださるなんて、ナオさんは勇者様と親しい仲なのですね」

「唯一の理解者と言っても過言ではないよ」

「過言だろ」

 むしろ傷口抉りに来たんだろ、てめえは。

「やはりそうなのですね! 私、嬉しいです! 他にも勇者様のスクール水着姿の良さを分かってくれる人がいてくれて!」

「えっ?」

 ナオは目を点にした。

「ふふっ、私気付いていたのですよ、昨日勇者様とゴーレムとの闘いの一部始終をナオ様がビデオで録画していたのを。それは勇者様の雄姿を後で見直すためじゃないのですか?」

「そ、そうだね。とても素敵だったからね」

「では早速一緒に録画映像を百回ほど見直しましょうか!」

「わーい、うれしいよー」

「目が笑ってねえぞ」

 そこまで見事に口元だけ笑ってるヤツ初めて見たわ。

「てか、お前やけに姫様に優しいな。なんだ、逆玉でも狙ってるのか?」

「今更お金なんて欲しくないよ。ただの善意じゃないか。異国の地で女の子が一人頑張っているんだよ。助けてあげるのが善良な市民ってもんだよ!」

「はい、本音は?」

「この無邪気な笑みを無様な泣き顔に染め上げたい」

「…………」

「ただ泣くだけじゃさ、ダメなんだよ。満足できないんだよ。希望と絶望の落差が大事だっていうかさ。こう、煽てて持ち上げて幸せの絶頂から一気に絶望に落とすんだよ。そのとき表れる純粋な感情、表情、落差がね、最高に興奮するんだ」

「悪質すぎて引くわ」

 相変わらずのサディストだな、お前。

「人のこと言えた義理じゃないでしょ。君はおっぱいに執着しすぎだよ。もっと女の子の普通な魅力にも気づいてあげるべきだよ」

「俺は普通だ」

 巨乳好きは性癖として結構メジャーだろ。

「うふふっ」

「どうした姫さん、急に笑い出して」

「すみません。勇者様が元気になったのを見て、つい……」

「ん……」

 確かに、言われてみれば気分が戻った感じがするな。……いや、こいつ相手に落ち込んでる余裕なんてないだろ。傷口の上でタップダンス踊るようなヤツだぞ。こいつ見かけたらうつ病にかかってても首絞め殺す自信あるぞ、俺は。

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