第3-4話 ゴーレム遣いVSスク水勇者(4)
俺は……おそらく巨人に踏み潰されたのだろう。
そしたらどうなるか、お察しだろう。ビルの下敷きになるようなもんだ。間違いなく、ぺちゃんこ。お陀仏様だ。
しかし、おかしなことに痛みは感じなかった。あまりのショックに脳が痛みを遮断したのだろうか。それとも俺はもう死んじまって幽霊にでもなっちまったっか? そんな疑問を抱きながら目を開けると――俺は淡い光に包まれていた。
最初に気付いたのは、身体を覆う違和感だった。さっきまで着ていたはずの学校指定の制服がなくなっていた。代わりに着ていたのは……胴体にフィットする紺色の衣装。そう、女子のスクール水着だった。
水泳の授業でよく目にする、上下が一体化したワンピース型の水着だ。ナイロンやポリエステルよりも柔らかな感触が、肩口から股間部にかけて素肌を優しく包み込んでいる。そして、そのスクール水着がキラキラと輝いていた。深海で煌めく夜光虫を想わせる静かで冷たい光。けれど、どこか温かみを感じさせるその紺色の光は、まるで満点の星空を着衣するかのような安心感を俺に与えてくれていた。
「は、ははははは……」
地面に横たわったまま、乾いた笑いが喉元から漏れてくる。なんつー恰好だとか、そんな細かいことはもうどうでもいい。今もなお俺を踏みつけ続けるゴーレムの足。その踏みつけを防いでいる俺の右腕にほんのわずかばかり力を込める。
「グオオオオオオオオ!?」
途端、眼前を覆っていた巨体がぐらりと傾く。戦隊モノの巨大怪獣が合体ロボに押し崩されたかのような、純粋な力による転倒だ。バランスを失った巨人がグラウンドに腰を落とす。接地面で砕けた岩石が小雨のように降り注ぐ。
「すげえな、ほんとに強え」
ほんの少し力を込めただけなのに、なんなく押し倒せるとは。
これが最強の魔装神器『スクール水着』の力か。
「なんで、こんなデザインにしたんだよ……」
もっとあったろ……。剣とか、縦とか、鎧とかさ……。それがなんでスクール水着なんだ。なんで勇者を辱めようとするんだ……あのイカれた神様は……。
「それはそれとして、だ」
しな垂れた心を整理しつつ、ゆっくりと立ち上がる。同じく体勢を整えなおした眼前の巨人。感情があるかは分からんが、そこなしげ俺に怒りを向けているように思える。
「グオオオオオオオオオ!!」
猛々しい咆哮と共に巨人の両肩がパカリと開く。そこから現れた射出口が俺に向けられる。勢いよく放たれたのは……岩石のマシンガンだ。巨岩が俺目掛けて大量に打ち出される。一発一発が人間大を優に超える大きさだ。スピードも野球投手顔負けの剛速球。しかし、俺の目にはそれらはまるでスローモーションに映っていた。
ステップを踏むように地面を軽く蹴る。それだけで身体は軽々と宙を舞う。まるで重力から解き放たれたようだ。体が軽い。漫画で描かれる英雄にでもなった気分だ。なんでもできる。そんな確信が胸の奥から溢れ出てくる。
俺はムーンサルトさながらに岩石の弾丸を回避して地面に着地する。同時、着地狩りに放たれた巨人の拳を軽やかなステップで回避する。そのまま、わずかに重心を傾けるように巨人に向かって疾駆する。時速にして百キロは出てるんじゃないかっていう高速移動(スプリント)。一瞬にして巨人の股下にまで辿りついた俺は、勢いそのまま、巨人の右足を思いきり殴りつけた。
――ドゴガゴォ。
右腕の先から爆破したかのような轟音が迸る。粉々になった岩が散弾銃をぶちまけたかのように前方へと吹き飛んでいく。片足をもがれた巨人はぐらりと膝をつく。しかし、どういった仕掛けかは知らんが、砕けた先からその足は再生していった。再生能力かよ。この岩石巨人の肩にいたローブを着た男。おそらく、あいつをなんとかしなきゃならないのだろう。
とはいえ動きを止めて十分だ。俺は両脚に力を籠めて巨人の凸凹した壁面を蹴り上がる。途中、ゴーレムに握られた姫様の前を通り過ぎる。
「怖いよな。待ってろ、すぐ助ける」
「……はい! 勇者様!」
巨腕を蹴って一気に巨人の左肩へと上り詰める。逆肩に立っている黒いローブの男が、着地する俺をあんぐり大口開けて出迎えた。
「貴様は……何者だ!」
「どうやら伝説の勇者らしいぞ」
「お前のような気持ち悪い勇者がいるかッ!」
「………………」
いや……至極ごもっともなご指摘なんだけどさ。
そう真正面から言われると傷つくというか……。
「抜け目なく攻撃してきやがるし……」
間髪入れず心臓目掛けて飛んできていた黒い棒状のモノを片手でキャッチする。それは鋼鉄の槍だった。視線を上げると、何もない空中から大量の鋼鉄槍が生成されていた。……これってどう見ても魔術だよな。いや、ゴーレムもだし、ローブ男も自分で魔術師とか言ってたけどさ。
「まあ、今更驚きもしない、か」
「なっ!?」
言うや否や、ワンステップでもう一方の肩へと飛び移る。魔術師とか見るから超常現象だったが、今の俺も十分超常の域だしな。つーか、今日一日で幾度もとんでも現象に遭遇してきたせいか、抵抗なく受け入れてしまう自分がいた。
「その身体能力……その気持ち悪い衣装はまさか武装魔術か!? だが……私の土俵で戦おうとしたのが運の尽きだ! 串刺しになれッ!」
魔術師とやらが指を鳴らすと、彼の足元がモゴモゴと蠕動しだした。岩石が液体のように溶けだし、溶鉱炉のごとく渦を巻く。そして、強烈な一槍となって俺の腹部に突き刺さった。しかし、鋼鉄の棘はボロボロと崩れ落ちる。スクール水着の布地に阻まれたのだ。俺の腹には蚊ほどのダメージもない。
「し、至近距離からの全力攻撃も効かないだと!? くそ、ふざけた冗談だ!」
ガチで冗談みたいな恰好してるしな。
「だが、引かんぞ! 私は接近戦魔術も極めているのだ!」
魔術師は懐から小瓶を取り出した。中には赤い液体が入っている。小瓶の蓋を開けて、中身を空中から垂らす。零れ落ちる赤い液体は、液体であるにも関わらず、分散することなく一塊の球状を保って浮いていた。まるで重力場のように、周囲の空気を――空気場から集めた微細な鉱物を集めて圧縮する。そうして生成されたのは赤黒い鋼鉄の大剣だった。魔術師はそれを両手で握ると、大剣の側面に小さな五つの魔法陣が輝き出した。そして、達人を想わせる洗練された動き上段に構え、俺に向かって勢いよく振りぬいた。
その切っ先が俺の腕に触れたとき、五つの魔法陣が眩い輝きを放つ。剣先から迸る五種類の魔術。轟炎が燃え上がり、暴風が巻き起こり、紫雷と極氷が弾け、砂嵐が巻き起こる。それら全てを纏った極大の衝撃が俺を襲う。
しかし、受け止めた俺の右腕には傷一つない。むしろ、相手の大剣がボロボロと歯零れさえしていた。
「きょ、極大魔術を五つ重ねた一撃だぞ!? 貴様、一体なんの武装魔術を使っているのだ!?」
「俺が聞きたいくらいだ」
さすがに恐怖を感じたのか、魔術師が大剣片手に後ずさる。どうやら今のがこいつの最大攻撃だったらしい。しかし……男の士気とは別に、その手に握る大剣は壊れた部分がみるみると再生していた。やはりこいつの魔術で生成したモノは破壊しても自動再生するようだな。
……ん? 割れた大剣の隙間から何かが輝いているのが見えるな。もしかして……。
「わわ、私は引かないぞ! かかってくるがいい、返り撃ちにしてやる!」
「ん……」
俺を睨み付ける瞳から敵意は消えていない……が、その足は震えていた。強がっているだけで戦意を喪失しているのが一目見て理解できた。
本当はこいつをぶちのめせば勝負ありなんだろうが……怯える人間を攻撃するのは躊躇われるな。それに今の俺の攻撃はどれだけ手加減をしてもかなりの威力になるだろう。下手すりゃ殺人案件になりかねん。
「仕方ないな。こいつ、ちと借りるぜ」
「なっ!?」
さっと男の持っていた鋼鉄の大剣を奪い、巨人の肩から飛び降る。その刃を巨体の胸元へと突き立てる。肩口から胸までを袈裟切りにするように、巨体がざっくりと半分に割れる。剥き出しになった心臓部にはバスケットボールほどの大きさの赤い宝石が輝いていた。宝石は薄い膜に包まれており、固形でありながら液体のように時折脈打っている。俺の推測が正しければ、こいつを壊せば暴走も止まるはずだ。
「すまんが、大人しくなってくれ」
鋼鉄剣を横薙ぎに振るう。奔る剣閃。宝石を覆っていた被膜が破れ、ドクドクとした生暖かい液体が流れ出す。そして、その返し刀で、曝け出された輝く紅い宝石を叩き切った。
「はっ、ははははっ!! 何をするかと思えば、愚かな! 貴様が切ったのは賢者の石! 正真正銘の魔術兵器だ! その程度の攻撃などすぐに再生して――」
しかし、男の主張に反して巨人は無残に崩れ落ちていく。
「再生……しない……だと!? く、くそ!? 化け物め!? こうなればリーゼ姫を人質にして――って、ぐえっ!?」
おっと、事前に投げておいた岩がやっと当たったようだな。軽く放ったつもりだったんだが、十秒近く飛んでたな。
「ったく、女の子をなんだと思ってんだ」
男が気絶すると制御を完全に失ったのか、辛うじて崩壊を堪えていたゴーレムが本格的に崩れ始めた。ガラガラとした崩落音の中に交じって、一人の女性の悲鳴が聞こえてくる。俺は先回りしてグラウンドに立ち、空から落ちてきた女性――姫さんを両腕で抱き留めた。俺の腕の中で姫さんは尊敬の眼差しを向けてくる。
「素敵です、勇者様!」
「そ、そうか?」
確かにこれだけの巨体を前に大盤振る舞い。我ながらなかなか勇者っぽかったんじゃないだろうか。だけど、姿が姿だしなあ……。
「あの、できればそんなに見つめないで欲しい。ほら、このかっこ変だからさ」
「なぜですか、勇者様。とてもお似合いですよ?」
「マジかよ」
褒められるとは思わなんだわ。
え、今俺女子のスクール水着姿なんだよな? 似合ってたら逆に凹むんだが……。
「う、うぅ……」
そのとき背後で唸り声が聞こえた。どうやら気絶していた魔術師が意識を取り戻したようだ。頭を覆っていたローブが脱げている。とても若い顔立ちの青年だった。おそらく年齢は十代半ばか。銀の髪に蒼い瞳をしていることから異国人であることは確かだ。
青年は地面に倒れたまま、きょろきょろと周囲を見回した。そして敗北したという現状を理解したのか、すぐさま立ち上がり、敵意満々の表情で俺に片手を向けたが……魔力か何かが尽きたのか、鉄塊の生成ができないようだ。攻撃手段を失ったことを自覚した青年は、項垂れて肩を震わせた。
「んと、まだやるか?」
「…………すけて……」
「ん?」
「助けておにいちゃああああああああん!!」
「はあ!?」
顔を挙げた青年はぽろぽろと悔し涙を流していた。耳たぶまで顔を真っ赤にした彼は涙交じりにこちらを睨み付けた後、そのまま校外へと一目散に走り去っていった。
「え、ええぇ……」
逃げていきやがった……。
「えっと……その、どうすんだこれ……」
こうもあっさり事態が収まると、なんていうか、逆に反応に困るというか。
とはいえ、魔術師の青年が去ると、グラウンド中に散らばっていたゴーレムの破片が、まるで光でできていたかのように細やかな粒となって消えていった。
後に残されたのは、俺の腕に抱きついて瞳をハートマークにさせている姫さんと、校舎の窓から遠巻きに困惑の目を向ける全校生徒。そして、校舎の陰から録画ランプを点灯させたスマホを覗き込みほくそ笑んでやがるクソ金虫だった。
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