第3-3話 ゴーレム遣いVSスク水勇者(3)

 んと、姫さんは今巨人の右手に掴まれてるのか。現状向こうは俺のことに気づいていないみたいだし、現実的に考えて、バレないように近づいてよじ登って助けるくらいしか手はねえか?

「あっ! 校舎の上に勇者様がいます!」

『なにっ!?』

「速攻か!」

 身内のせいで計画がいきなり頓挫したんだが!

『あれは貴様の仲間か!』

「そうです! 勇者様の手にかかればあなたなんてイチコロですよ!」

『ならば先手を打って叩き潰してやる!』

 言うや否や、すぐさま岩石の巨人が校舎に向かって片腕を振り上げた。……おい待て、止めろ!? マジでやる気か!? ほら、さっきみたいに逡巡しろ! つーか一生迷っててくれ! 頼むから!?

『はい、どーん』

「ぐおおぉっ!!?」

 直後、巨人の左拳が俺のいる校舎の真下の空き教室を貫いた。

「おい、おいおい嘘だろ!?」

 足元の空間を失って、屋上の床がぐらりと傾斜してゆく。それやもう転覆し始めた客船の看板にでも立っているかの気分だ。当然、俺の身体も地面へ向かってずり落とされていく。そうして空中に投げ出されそうになった俺はとっさにフェンスの支柱を掴んだ。ひいぃ、足が浮いてやがる!?

 しかし、このフェンスも長くは持たないことは明白だ。フェンスおろか土台ごと今にも崩れ落ちそうだからな!? なら、一か八かだ! 俺は宙に浮いた身体を前後に揺らし、勢いよく校舎の方に向かって身を投げた!

「うおおおお!」

 四階から落下しながらも、俺は両手でまだ無事な校舎の窓枠を掴んだ。よし、上手くいった! すぐ傍の廊下の窓が開いてるから上手くいくと思ったんだ! よし、このまま教室に戻るぞ……と、そのまま窓から這い上がろうとしたところで、

「やあ、峰樹くん」

「……………」

 窓から顔を出した男と目が合った。うちのクラスの委員長こと竹倉平三郎だった。俺を見つめるその瞳には一切の光がない。にも関わらず、口元はニタニタと笑っている。額に巻かれた鉢巻には『峰樹を殺す』と赤太い文字が刻まれている。

「大丈夫か、峰樹くん!」

「いて!? 痛え! 窓を閉めようとするな!」

「今助けるぞ!」

「やめろ! 指を剥がそうとするな!?」

「早く上がってくるんだ!」

「手の甲に肘を打ち付けんな、って、ぐおおおお!?」

「……堕ちたな!」

 お前に落とされたんだよ! ……ちくしょう! 委員長のヤツ、満面の笑みを浮かべてやがる! あいつ、生きて帰ったら覚えてろよ……! いや、死んでも化けて出てやるからな!

「うおおおおおおおおおおお!? ぐえっ!?」

 いって、え。なんとか、生きてるか……?

 窓を掴もうと校舎の近くに寄れたのが幸いしたのか、花壇の真ん中に落下したらしい。どうやら柔らかい土がクッションになったみたいだ。すげえな、俺、あそこから落ちて生きてるのか。九死に一生レベルの奇跡だぞ。

「おい、そこのお前! 大丈夫か!?」

「待ってろ! 何があっても俺たちが助けるんだゾ!」

「ん? あれ例の男じゃないか?」

 グラウンドから見ていたのか、救援にやってきた男子生徒たちが、俺の顔を見て立ちどまった。制服のポケットから指名手配書のような紙を取り出して、そこに映された男の顔と俺の顔を交互に見比べる。そして、

「なんだ、ゲロカスクソ野郎か」

「処刑の手間が省けて好都合だ」

「虫けらみたいに醜く潰されればいいんだゾ」

「みんなして冷たくないかな!?」

 こんな命がけの場面で見捨てられるほど憎らしいのか俺は!? あ、本気で去っていきやがる!? ガチで放置する気だあいつら!

「くそ、もうこうなりゃやけだ!」

 身体に塗された瓦礫の破片を手で払い落し、ゆっくりと立ち上がる。伝説の勇者がなんだとかほんとわけわからねえが、もう知らねえ。ここまでお膳立てされたら俺だって信じてやるさ。

 俺が生きていることに気付いたのか、巨人がこちらを向いたまま片足を踏み上げやがる。そのビルのように聳える巨体を見上げる。どう考えても一個人で立ち向かえるもんじゃねえが……本当に俺が勇者だってんなら死ぬことないだろ。

「行くぞ、この野郎ッ!」

 吠えるとともに俺は巨人に向かって駆けだした。それに合わせるかのように巨人が振り上げた片足を振り下ろす。岩盤の足の裏が頭上から迫る。しかし、体格差が幸いしたのか、臆さず前に出た俺を見失ったのか、巨人の足はさきほどまで俺が立っていた場所を踏み抜いた。背後から伝わる爆風を追い風に、すかさず巨人との距離を詰める。そして、その勢いそのままに俺は右腕を振り上げて、地に着いたもう片方の足先に向かってその拳を叩き付ける。

 踏みつけ攻撃を掻い潜り、巨人の足先を勢いよく殴りつけた。

「………………」

 ……びくともしねえ。

 そんな間の抜けた感想が頭に浮かんだ――次の瞬間、激痛が全身を襲った。巨人が眼前の足を蹴り上げたのだ。グラウンドの土ごと蹴り飛ばすその蹴りは、物凄い勢いで俺を吹き飛ばした。ミサイルでも爆発したんじゃねえかと思うような爆音が耳を劈く。吹き上げる衝撃波に全身が宙を舞う。

「ぐ、ああああああああ……!?」

 飛び散った砂石の中をもみくちゃになりながら落下する。上も下も分からねえ。滝つぼに落とされたかのような錯覚とともに、俺の身体はべちゃりと地面へと落下する。

「ゆ、勇者様!?」

 遥か頭上から姫さんの悲色に染まった声が聞こえてくる。俺は、生きているのか……? 間一髪で直撃は免れたみたいだが……。くそ、全身がいてえ……。まともに身体が動かねえぞ……。

「グオオオオオオオオオオ」

 眼前の巨人が吠える。そして、グラウンドに横たわったまま動けない俺へ向かって、緩慢な動きでドスドスと歩いてくる。おいおい、まさかとどめを刺すつもりか。

『踏み潰せ、ゴーレムよ!』

 巨人の足の裏が俺の視界を埋め尽くす。直撃しなくてこの有様だ。踏み潰されたりなんかしたら……どうなることか。

「は、ははっ」

 死ぬだろ……。

 くそっ、何考えてたんだ俺は。常識で考えてこんな巨人に勝てるはずなんかなかったのに。伝説だの、勇者だの、嫌に持ち上げられたせいだ。クソ、煽てられて木に登ったブタかよ、俺は。あんな言葉、真に受けるんじゃなかった……。恨むぞ、あの、

「変態じじい――」

 そんな恨み言を掻き消すかのように、鈍い轟音が俺の視界を包んだ。

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