第3-2話 ゴーレム遣いVSスク水勇者(2)

「……にしてもナオは嫉妬しないんだな」

「僕は自分の好きな人以外興味ないし。それに彼女、峰樹のタイプじゃないって知ってるから」

 ……さすが俺の幼馴染だ。俺の好みをよく分かっている。

 確かに、あの姫さんは凄い。顔も綺麗だし、スタイルも抜群。性格も優しいし、軽く接しただけでも育ちの良さが伝わってくる。さすがは一国の姫様ってだけはある。女性としても人間としてもこれ以上はないってくらい素敵な人に違いない。でも、なあ……。

「胸がないんだよなあ」

 俺は大きくため息をついた。

 そう、あの姫さんには女性として最も重要なものが欠けているんだ。

「ほんと、なんで胸がないんだろうな?」

「僕に聞かれても困るよ」

「胸のない女性なんて苺とクリームとチョコとスポンジのないバースディケーキじゃねえか」

「蝋燭しか残ってないね」

「能も爪もない鷹みてえなもんだ」

「もはやハトだね」

「モラルを欠如した政治家だ」

「人として大切なものが欠けてるよね」

「お前も同類だろうが!」

「ソンナコトナイヨー?」

 ああ、残念だ。非常に残念だ。

 あれで胸さえあれば逆玉もやぶさかではなかったのに。

「まったく君は相変わらずのおっぱい魔人だね」

「そうか? 普通だろ?」

「超S級モデル並みの美貌を持ち、性格も素敵な一国のお姫様から熱烈なアプローチを受けてなお『胸がない』ってだけで見向きもしない男性は決して普通じゃない」

「何言ってんだ。胸のないヤツに恋するなんて無機物に恋するようなもんだぞ」

「冗談だよね?」

 ん? なんでこいつは病人を憐れむような目を向けてきているんだ?

「……まあ、君の妄執的な性癖の話はもういいよ。それより、勇者ときて姫様と来れば、次は悪の組織のお出ましだよね! きっとこれから悪の組織に捕まった姫様を救うため、全身全霊を賭けて戦うシチュエーションが始まるんだよ! ワクワクするねっ!」

「アホかお前は。あのね、何度も言うがここは現実だぞ。いくらなんでもそんな超展開あるわけないだ――」

 そのとき、謎の地響きを感じた。

 ゴッ、ゴッ、ゴッ、と。

 足踏むような地鳴りが辺りに響く。ドスンドスンと。一定のリズムを刻みながら、その激音はこちらに近づいてくる。一音ごとに全身が数センチ宙に浮かぶ。まるで巨大な何かが歩いているような強烈な震動だ。それが数秒続いていたと思うと……遙か先の山影の裏から岩石の巨人が姿を現した。

 そんな超展開、あるわけないだろ。ないよな? ないといってくれ……!

『どこにいるんだ! リーゼ姫よ!』

 それは校舎を軽々と超える大きさの岩石の巨人だった。その肩には黒いローブを着た人影が一人立っており、スピーカーを通したような大きな声を発していた。籠ってはいるが、その声色から察するに性別は男だろう。

『秘密組織が取得した情報ではこの辺りに潜んでいると聞いたが……見つからないな!』

 そりゃ、そんなでかい図体してたら隠れるに決まってんだろ。

『おい、リーゼ姫よ! もしこの辺りに隠れているのなら出てこい! さもなくば魔術で創り上げた私のゴーレムがこの辺の建物を適当に破壊するぞ!』

 八つ当たりもいいところじゃねえか!

『脅しではないぞ! 手始めに目の前の校舎を適当に破壊してやろう!』

 マジかよ!? なんでよりによって俺の学校を!?

 しかし、俺の嘆願虚しく岩石の巨人は律儀に道路を踏み歩きながら、学園のフェンスを蹴り破って敷内に入り込んできやがった。そのままグラウンドを通って校舎の眼前に立った巨人は、その剛腕を大きく振り上げた。

『いくぞー!』

「マジかよ!? おい、止めろ!? 中に何人いると思ってんだ!?」

『やるぞー!』

「馬鹿なことをするんじゃねえ! みんな死んじまうだろ!」

『いくぞー! いくぞー!』

「や、止めてくれ! ほんとシャレにならないから!」

『やるぞー、ほらほら、やるぞー!』

「……やるなら早くやれよ!」 

 こちとらお前が声挙げる度、背筋びくってなってんだぞ!

『うーむ、これだけ脅しても出てこないとは、本当にこの辺りにはいないのかもしれんな。しかし、やると言った手前途中で止めるのは沽券にかかわる。やはりみせしめは必要かな?』

「んな、適当な理由で!?」

 ついぞ巨大な右腕が振り下ろされ……校舎を貫く直前でピタリと止まった。

『修繕費って経費で落ちるのだろうか』

「優柔不断もいい加減にしろ!」

 ほんと心臓に悪いわ! 自腹で払う可能性に怯えるなら最初からするな! てか、そもそも払うのかよ! 公共物破壊しまくっといていまさらそれかよ! 中途半端に悪人ぶるなら悪人なんかもうやめちまえよ!

『どうしよう……魔術師の威厳が……でも、修繕費って高いしなあ……』

 なんだこいつ、頭抱えて悩んでやがるぞ。

 ……うん、今までの挙動で理解した。こいつは馬鹿だ。なんで姫さんが追われてるかは知らんが、追手が馬鹿とかほんとツイてるな。隠れてたらぜってー見つからないぞ。姫さん、隠れとけよ。絶対隠れとけよ。

「待ちなさい!! そこのあなた!!」

 直後、グラウンドの真ん中に颯爽と姫さんが姿を現した。

 おい、なにやってんだ。隠れとけよ。

『貴様がリーゼ姫か!』

「その通りです! 私が来たからにはこれ以上の悪事は赦しませんよ!」

 いやいやいや、どうみても敵うわけねえだろ! 早く逃げろよ!

「どやあ!」

 かっこいいこと言えたーってドヤ顔かましてる場合じゃねえよ!

 ……いや待て。あそこまで自信満々なんだ。彼女にも何か特別な力があったりするのか?

「それではいきま――ふえぇ!? 助けてください!?」

「展開速すぎだろ!」

 クレーンゲームの景品よろしく三秒で捕まりやがったぞ、あいつ。某桃の姫でももうちょっと抵抗するだろ、こんちくしょう!

「ふえぇ! 助けてくださいー! 勇者様! 伝説の勇者様助けてください!」

 うえ……ピンポイントで助けを求めてやがる……。確かにあんな化け物普通の人じゃなんともならんかもしれんがさ……。

「いやー、なんか凄いことになったね」

「なんかで済ませられる事態じゃねえぞ」

「じゃ、僕は避難するから頑張って倒しなよ!」

「オイコラ、待て。どうやって倒すかくらい教えてくれ」

「え? なんで僕に聞くのさ?」

「嫌なくらいお前の予想が当たってるんだ。助言の一つくらい寄越しやがれ」

「なんか変身したりして戦ったりするんじゃないの?」

「適当か!」

「じゃあ頑張って~」

 言うや否や、ナオはすっと煙のように姿を消した。忍者かお前は。

「ちっ、仕方ねえな」

 こうなりゃ、やるしかないか。

 俺は覚悟を決めて、眼前に佇むゴーレムを見上げた。

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