第3-1話 ゴーレム遣いVSスク水勇者(1)

「や、やっと撒けたか……」

 午前の授業が終わった昼休み。俺は校舎の屋上に一人身を隠していた。

 非常に、非常に面倒なことになった。あの公衆面前のキス事件以降、姫さんから日中ずっと付き纏われることになったのだ。

 俺に出会えたのがよっぽど嬉しかったのか、それとも、恋する乙女の恐ろしさというのだろうか。姫さんからのアプローチはそりゃもう熱烈そのものだった。

 誰の計らいか、俺の隣の席を陣取った姫さんは授業中も休憩中も構わずその身をべったりと寄せてきやがった。まるで付き合いたての恋人のようである。親愛なる子犬のように擦り寄ってくる姫さんを何度引き剥がすもすぐにくっついてくる。磁石かよ。一人で気持ちを整理する時間が欲しいと言っても聞いてくれやしねえ。

 さらに厄介なのは周囲の反応だった。平たく言えば、俺の周囲数メートルが魔界と化したのだ。恋敵を作るよりは熱愛を確定させたいのだろう。やたら熱心に応援してくる恋愛脳の女子たちの囀りに加え、興味本位で冷やかしてくる野次馬女子たちの喧騒。

 一方、男子達は一人残らず殺意交じりの嫉妬の感情を向けてきやがる。その男女の温度差がやばいのなんのって。なんで話したこともねえ男子に顔面数センチ前でメンチ切られねえといけねえんだ。しかも順番待ちしてんだぞ、あいつら。そりゃ逃げるわ。戦場で飯が食えるかっての。

「はぁ、なんでこんなことになるんだ……」

「お困りのようだね」

「おおおおおうっ!?」

 背後からかけられたナオの声に、俺は悲鳴を挙げて飛び上がった。

「ななな、なんでいるんだテメエ!? ビビるだろうが!?」

「長い付き合いだからね。峰樹が隠れるところくらいお見通しさ。ここにいなければ後は排水溝のパイプの中かなあ」

「んなとこにはいねえよ」

 俺は軟体動物かよ。

「いやあ、お姫様来ちゃったねー」

「来ちゃったじゃねえよ……洒落にならねえんだよ……」

 ほんと、今朝から散々だ。俺の日常は一体どうなったんだ……。

「まさか、お前の仕業じゃねえだろうな……?」

 給水塔の日陰に腰かけながら、弁当箱の包みを開いている友人にジト目を向ける。

 何を隠そう、こいつはこの国を代表する大財閥――仲上財閥の御曹司であり、簡単に言ってしまえば、ヤバいくらいの金持ちなのである。どれくらいヤベー金持ちかというと、つい最近仲上グループが電機メーカーの南西芝と自動車メーカーのHONYOTAを買収したくらい。あるいは、東京ディスリーランドとユニバーサルストライキジャパンを私有しているくらいといえば分かるだろうか?

 にも関わらず、某世界的SNSサービス会社MouthBookのCEOのように、私財一兆円を慈善団体に募金するようなチャリティ精神など欠片も持ち合わせていねえ。自分の快楽目的のみに権力を注力するからタチが悪い。そのせいで俺は何度迷惑を被ったか。俺が姫さんを前にしても全然緊張しないのはこいつのせいだろうな。金持ちも人だって、身をもって体験してんだ。いや、こいつは悪魔だけどさ。

「もうっ、被害妄想はやめてよね。僕がいくら常軌を逸する大金持ちだと言ってもさすがに他国の姫様を無理やり転校させてきたりなんて」

「……そうだよな。できないよな」

「できなくもない」

「できるのかよ」

「金の力は偉大だよ」

「やかましいわ!」

「総理大臣も指先一つで不信任決議(ダウン)できるよ」

「こええよ!」

 お前の家はどんだけ金を持ってんだよ。合法な分、暴力よりタチが悪いわ。

「ところで峰樹はこんなところで無防備晒していいの?」

「は? なんで?」

「だって、一国のお姫様に抱き付かれ、告白された挙句白昼堂々周囲に見せつけるようにキスまで交わしたんだよ。君は今この学校のひがみの中心にいるんだ。普通に考えて命の危険だよね」

「どの国の常識だよ。そりゃ妬む輩もいるだろうけどさ。命までは狙わねえだろ。大げさすぎるってーの」

「君がそう思うのならそれでいいけれど。たとえば……ほら、向こうの校舎を見てごらんよ。弓道部員が今まさに君に憎しみの矢を放とうと弓を構えてるよ」

「うおぉぉぉ!!?」

 直後、勢いよく飛んできた無数の矢を寸でのところで回避した。

「あぶ、あぶねええぇ!?」

「言ったでしょ。みんな怒り湧いているんだよ。君を殺そうと全校生徒が一致団結しているんだ。みんな凶器片手に校舎中を探し回っているんだよ」

「そこまで大事になってんのか!?」

「彼らのスローガンは『五臓六腑悉く殲滅せよ』だよ」

「五臓六腑言いたいだけだろ!」

「ひどいよねー。誰かが広めたんだよ、きっと。しかも、この過剰な反応。相当な尾びれを付けて広めたに違いない。一体誰の仕業なんだろうね。まあ、僕の仕業なんだけど」

「お前のせいか!」

「峰樹は矢が刺さったくらいじゃ死なないって教えてあげたんだ」

「死ぬわ普通に! なんつーこと吹きこんでんだ! そしてよく信じたな、弓道部員!」

「いや、あまり信じてないようだったよ」

「じゃあ殺す気でやりやがったのか!?」

 嫉妬の力、恐ろしすぎだろ。なんでキス一つで殺人案件にまで発展すんだよ。くそっ、やるなら俺よりこの非常事態に一人緑茶を啜ってる隣のクソ金持ちを轢き殺せよ……!

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