第2-3話 超ハイスペックなお姫様現る。しかし、その趣味は――?(3)
「おーい、入っていてくれ」
先生は両手を打ち鳴らした。すると、がらりと教室の扉が開いて、おずおずと一人の女性が入ってきた。純白のドレスに身を包むその女性の姿をみなが視界に収めた瞬間、
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
黄色い歓声が教室に響いた。
あまりに率直な反応過ぎて『お前ら現金だな』と呆れツッコミを入れたくなるところだが、あいにく今度は女子の声も混じっている。前置きで先生があれだけ称賛するだけはある。転入生は正真正銘の美少女に違いなかった。
まず目につくのは、腰まで伸びたその緋色の髪だろう。人目を惹く鮮やかな深紅は、彼女の纏う澄んだ雰囲気と相まって、清らかな紅蓮を連想させる。彼女の瞳もまた煌めく宝石のように紅く、素肌は白く艶やか。背筋をピンと伸ばして真っすぐに立つ姿勢の良さが、彼女の高級感を際立たせている。
童顔だが、外人特有の整った顔立ちが年齢以上の洗礼された美しさを醸し出している。美人でもあり、可愛さもある、育ちのいい、優しそうなお姫様だ。当然、男子からの人気はうなぎ登りだろう。
しかして、当のお姫様は多少の緊張を見せながらも、穏やかな笑みを浮かべている。純白のドレス姿なのは、単に制服の発注が間に合わなかったからだろう。胸元には赤い宝石のネックレスをかけている。しかし、それ以外に凝った装飾品は身に着けていない。自然体の魅力を自覚したファッションというよりは、単に無邪気なだけだろう。
総評すれば、『温室育ちのご令嬢』と言うのがしっくりくるだろうか。その前に『とびっきり美人の』と修飾が付くだろうが。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
しかし、お前らはいつまで歓声挙げてんだよ。
「ふおおおおおおおお~~~ぅん~~~! おっ~おっ~うぅ~ん~!」
委員長に至っては変な遠吠え挙げてやがるし……。
いやまあ、ほんとすげえ綺麗だし、一国の姫さんがいきなり手の届く日常に現れて狂喜乱舞する気持ちは分からなくもないがさ。容姿よりも肩書よりも、もっと重要なことがあるだろう。まったく。
「あ、あの、初めまして。私、デストロイヤー王国から来ました、リーゼ=デストロイヤーと申します。急なお誘いでしたので、このような服装しか用意できず申し訳ありません。本国では不肖ながら姫をさせていただいておりますが、こちらではそのような立場に甘えるつもりはありません。気軽にリーゼと呼んでください」
桃色の唇から流暢な日本語が紡がれる。ふわりとしたウィスパーがかった声だ。耳に優しいその声色は、言葉の一音一音すらも綺麗な音楽のように聞こえてくる。現にクラスメイト達は目をハートにしてその声音に聞き入っている。……だがな、そう夢中になってるところ悪いが一つツッコませてもらうぞ。デストロイヤー王国ってなんやねん。
「小国ながら我が国は日本とは古くから親交があり、特に御国の学生生活には私自身もずっと興味がありました。しかしながら、残念ながら今まで旅行以上の機会には恵まれませんでした。しかし、この折に御校から一か月ほどの体験留学というお話をいただき、是非この機会にと喜んで参加させていただきました。好きな日本料理はからあげで……」
続いて語られる自己紹介にみなが聞き入る中、俺は頬杖ついたまま姫さんに向けていた視線をすっと下に落とし……ただただ深いため息をついた。
「それでは短い間ですが、よろしくお願いしま――」
そんなこんなで短くも長い自己紹介が終わろうとした、その時。突然彼女の胸元に吊るされていた赤い宝石が眩い光を放った。そして、非常にまずいことに、俺の右手の紋章もまるで共鳴するかのように青白い光を挙げていた。
……なんの冗談だ、これは。
「あなたは……あなた様はまさか……!」
綺羅やかな瞳に涙を浮かべて、火照った頬を両手で覆う姫さん。
彼女は極度に興奮した面持ちながらも上品さを忘れない器用な歩き方でスタスタと俺の傍に寄ってきて、大胆にも、俺の右手に触れた。すると魔法が解けたかのように、ぱらりと右手に巻かれていた包帯がほどけた。大衆の前に曝け出された、女子のスクール水着の紋章。それを視界に収めるや否や、姫さんは俺の足元に跪き、その紋章を仰ぎ拝むかのように自らの頭上に掲げた。その嫋やかな手は喜びに打ち震えている。
「祖国の占術のみを頼りに彷徨い探して数年……やっと、やっと会えた……! あなたが、あなた様が、伝説の勇者様なのですね!」
「人違いじゃないか?」
「いいえ、間違いありません。あなた様の右手に刻まれたこのスクール水着の紋章。我が国に代々伝わる伝説そのままです!」
「マジかよ」
お前の祖国はなんつー伝説を残してんだ。
「あの、勇者様、私、一生のお願いがあるのです。聞いていただけませんか?」
「お、おう? いいけど、何を――むぐっ!?」
……え、え?
気が付くと、唇を何かで塞がれていた。むにゅりとした柔らかい感触。瑞々しい果実のようなそれが姫様の唇であることに気付くのに、数秒かかって……。
「んぐう!? ぷ、は!? な、なにをするんだ!?」
慌てて引き剥がすと、とろんと蕩けた瞳がこちらを覗き込んでいた。
「私を、勇者様のお嫁様にしてくださいっ!」
「は、は、はあ!?」
突然の出来事に脳の処理が追いつかず、戸惑うだけの俺。
同じく、衝撃の出来事を目撃して凍り付いた教室が解凍するのに数秒。
そして、
「「「はあああああああああああ!!?」」」
男子達のけたたましい絶叫が教室に響き渡った。
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