第55話 7月29日 2

 俺たちは旅館の部屋に到着した。

 畳張りの和室で、確かに三人で寝るには十分な広さだ。

 風呂とトイレ、冷蔵庫などは室内に一通り備え付けられており、部屋の真ん中には机と座椅子が置かれている。

 一階なので窓から見えるのは海ではなく庭だが、これはこれで落ち着いていて良い雰囲気だ。

 部屋の片隅に荷物を置いて、まずは一息つく。


「旅館と言えばー……まずはお茶請けだよね」


 陽奈希は真っ先に、机の上に置かれたお盆に目をつけた。

 お盆には、人数分のお茶菓子が置かれている。


「これ、おまんじゅうかな?」


 陽奈希はお茶菓子を一つ手に取ると、俺と沙空乃に見せてきた。


「相変わらず、陽奈希は甘いものに目が無いな」

「海に行こうと思ってましたが……その前に一度休憩しましょうか」


 甘いものを前に目を輝かせる陽奈希の様子を見て、俺と沙空乃は思わず笑顔で顔を見合わせた。


「私がお茶を入れるので、二人は座っていてください」

「悪いな」

「ありがとう、沙空乃!」


 一足先に座椅子に腰掛けていた陽奈希の向かいに、俺は座る。

 陽奈希は早くも菓子の包装を開けていた。


「やっぱりおまんじゅうだったね」

「茶色い感じを見るに、黒糖でも入ってるみたいだな」

「かもね。さっそくいただきまーす」


 陽奈希はお茶が沸くのを待たずして、饅頭をひと口かじった。


「んー……移動で疲れた体に甘いあんこが染みる……」

「それはよかったな」


 微笑ましく見守る俺の前で、陽奈希はもきゅもきゅと饅頭を食べ進める。

 あっという間に、食べ終わってしまった。


「陽奈希、俺のも食べるか?」

「えっ、いいの?」


 俺に差し出された饅頭に対して、陽奈希の視線が釘付けになっている。


「あ、抜け駆けはずるいですよ渉くん」 

「抜け駆けって、何の話だ」


 ポットに水を入れて戻ってきた沙空乃に、俺は疑問を返す。


「私だって、陽奈希に甘いものを餌付けして、かわいく綻んでいる表情を目に焼き付けたいんですから」

「餌付けって、なんか引っかかるなぁ……」


 不服そうな陽奈希だが、視線は俺の手にある饅頭から離れていない。


「目に焼き付けるだけで良いのか?」

「いえ、カメラで撮影したいですね。ちょっと持ってくるので、待っていてください。確かキャリーケースの中に……」


 俺の問いに対し、沙空乃は大真面目に答えて荷物の方に向かおうとする。


「あの……おいしいから、渉と沙空乃も食べよう? わたしは独り占めするよりも、二人と同じ味を共有した方が嬉しいな」


 いまだ名残惜しそうな視線を饅頭に向けている陽奈希だったが、ぶんぶんと首を横に振ると、そんなことを口にした。

 

「聞きましたか、渉くん! さすがは陽奈希です! 大好きなお菓子を我慢して私たちにくれるとは、まさに天使です!」


 感動した様子で駆け寄った沙空乃が、陽奈希に抱きついた。


「わっ! 沙空乃、くっつきすぎだよー」


 陽奈希はやや驚いた様子だが、それほど拒んでいる様子はない。

 沙空乃の髪が頬の辺りを擦って、くすぐったそうにしている。

 じゃれつく双子姉妹の姿を見て、俺は確信する。

 沙空乃の大袈裟な反応は、陽奈希に抱きつくための口実なんだろうな、と。

 ……まあ、二人とも楽しそうだし、このままでいいか。



◇◇◇◇


どうもりんどーです。

お待たせしました&今回は短めですみません。

海回を書くつもりだったのですが、旅館と言えばお茶請けだなと思ったのでついこの話を書いちゃいました。

次回は海に行くはず……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る