第54話 7月29日 1
7月29日、金曜日。
俺は沙空乃と陽奈希と一緒に、特急電車に一時間ほど揺られて、綺麗なビーチが有名な海沿いの観光地へとやってきた。
親戚が経営する海の家でバイトをしつつ、海水浴を満喫するためだ。
日程は金曜日から月曜日までの三泊四日で、バイトがあるのは特に混雑する土日のみを予定している。
最寄駅に到着した後、バスに乗って向かった先は、海沿いに建ち並ぶ宿泊施設の一つ。
今回、俺たちが宿泊する旅館だ。
現在、午前11時頃。
キャリーケースを片手に、俺たちは和風な造りの引き戸を開けて旅館の敷居を跨ぐ。
「おお、よくきたな渉!」
「あらあら、すっかり大きくなって」
旅館のエントランスで俺たちを出迎えたのは、五十代くらいの男女。俺の叔父と叔母だ。
叔父は海の家だけでなくこの旅館の経営者でもあり、叔母は旅館の女将をやっている。
「お久しぶりです」
「おう、久しぶりだな! こうして会うのは十年ぶりくらいか? 年賀状で顔を知らなかったら、誰か分からなかったぞ!」
叔父はそう言って豪快に笑う。
これくらいのパワーがないと、三十年も旅館経営し続けることは難しいんだろうな。
「子供の頃に、家族で一度来たきりですからね」
「あの時は家族旅行だったのに、今は女の子を二人も連れてくるとは驚いた」
叔父は俺の両隣に控えていた沙空乃と陽奈希に言及する。
「天宮沙空乃です。短い間ですが、お世話になります」
「天宮陽奈希です、よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな! こんな別嬪の看板娘が二人もいたら、海の家の売り上げも期待できそうだ」
沙空乃と陽奈希の挨拶に、叔父は大仰にうなずく。
「ところでお前さんたち、渉とはどういう関係なんだ?」
……まあ、聞かれるよな。
「私たちは、渉くんの恋人です」
「へー、どっちが? あん? 私たち……?」
「はい! わたしたち、二人とも渉と付き合ってるんです」
叔父の問いに、沙空乃と陽奈希は笑顔で答える。
俺の方を見て、叔父がニヤリと笑った。
「ははーん……二人も恋人がいるとは、渉もやることやってんだなあ」
「まあ……おかげさまで」
「そうかそうか。俺も若い頃はーー」
「アンタは昔からワタシの尻に敷かれてたでしょ!」
叔父が何やら武勇伝を語ろうとすると、叔母が一喝した。
「この子たちは荷物持ってるのに、いつまで立ち話してるつもりなんだい。そろそろ部屋に案内してやりな」
「お、おう……」
叔母に言われて、叔父がしゅんとする。
なんとなく、この二人の上下関係のようなものが垣間見えた気がした。
「部屋の場所だけ教えてもらえれば、あとは自分たちで行きますよ」
「お、そうか?」
「はい。こっちはバイトに来た上に、部屋を用意してもらっている立場なので。案内までしてもらわなくて大丈夫です」
今回三泊四日で宿泊しながらのバイトをするにあたって、宿泊費用はなんとタダだ。
部屋を用意してもらった上に、食事まで出してくれるらしい。
更にはバイト代もきっちり払ってくれるというありがたい話なので、叔父や叔母の手はなるべく煩わせないようにしたいところだ。
「じゃあ、これが部屋の鍵だ。繁忙期だから一部屋しか用意できなかったんだが……恋人ってことなら問題ないよな?」
「えっ、それは……」
「はい、問題ありません」
「わたしも大丈夫だよ!」
俺が戸惑っている間に、沙空乃と陽奈希がさっさと返事をして鍵を受け取ってしまった。
「お、悪いねえ。まあ、布団を三つ敷くくらいの広さはあるから、そこら辺は安心していいぞ」
今日から数日間、沙空乃や陽奈希と同じ部屋で寝泊りするのか。
そう考えると、なんだか緊張してきた。
「ま、恋人だってんなら、布団は一つで十分かもしれんがな」
叔父はそんなことを言って、がははと笑う。
……もしかして、ここに宿泊している間に、沙空乃や陽奈とそういった展開になることもあり得るんだろうか。
両隣の双子姉妹の様子を伺うと、二人ともそれぞれに、少し照れたような反応を見せていた。
何とも言いがたい空気感が俺と双子姉妹の間に漂う。
「何セクハラしてんだい! さっさと部屋の場所を教えてやりな!」
叔母が大きな声を出しながら、叔父の頭を叩いた。
「いてえな……部屋の場所は、西廊下を歩いて突き当たりだ。海の家を手伝って欲しいのは明日からだから、今日は海で遊ぶなり部屋で寛ぐなり、好きにしていてくれ」
叔父の説明を受けて、俺たちは部屋に向かうことにした。
言われた通り、俺と双子姉妹は西廊下を歩く。
四日分の荷物が入ったキャリーケースはそこそこ重いので、まずは部屋に置きたい。
「渉くん」
「どうした……っ!?」
右隣を歩く沙空乃に名前を呼ばれたと思ったら、いきなり耳元に口を近づけられた。
「渉くんは、その……さっきの話みたいなこと、興味ありますか?」
吐息まじりの声で、囁かれる。
俺はそのこそばゆさに、思わず立ち止まった。
驚きながら沙空乃の顔を見ると、大胆なことをしてきた割には恥ずかしそうに視線を泳がせている。
「さっきの話って……」
「わ、渉くんの叔父さんが言っていたじゃないですか……恋人なら布団は一つで十分って」
沙空乃は耳を赤くして俯きながらも、そんなことを言う。
……何だこれ、俺の彼女がかわいすぎる。
心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、俺が答えに迷っていると。
左側から、軽い衝撃を感じる。
その正体は、俺の腕に抱きついてきた陽奈希だった。
「むぅ。抜け駆けはずるいよ沙空乃。わたしだって、興味あるんだから」
腕を抱く力を強めながら、陽奈希は拗ねた様子で頬を膨らませる。
……やっぱり、陽奈希もかわいいな。
俺はそんな沙空乃と陽奈希を前に、刺激的な夏休みになりそうな気配を感じていた。
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