第53話 7月22日 <下>


 俺たちが今日、部室に集まったのには、目的がある。

 沙空乃さくのいろりと会いたがっていたというのも理由の一つではあるが、それはあくまでついでに過ぎない。


「さて、そろそろ本題に入るか」

「貴重な夏休みにどこへ旅行に行くかですね」

「わたしたちが付き合ってから初めての夏休みだし、思い出は大事にしたいよね」


 長机を囲んで、俺たちは会議のように話す。


「わたしは山の方の避暑地にある温泉でゆったりしたいな!」

「そうですか? 私はやはり海に行きたいですね。夏といえばやっぱり海です」


 沙空乃と陽奈希ひなきが、口々に提案をする。


「珍しく二人の意見が対立したな」

「むぅ。それなら、どっちも行くっていうのはどうかな? 夏休みは長いんだし、それくらいの余裕はあるよね」

「確かに日程的な余裕はあります。でも陽奈希は大事なことを忘れていますよ」

「え、なにかな?」

「私たちは高校生ですからね。夏休み中に二回も旅行に行くお小遣いは持ち合わせていません」


 沙空乃の言葉に、陽奈希は愕然とした表情を浮かべた。


「た、確かに……じゃあ、海か山、片方にしか行けないってこと?」

「そういうことです」

「そっかー……だったら、どっちに行くか渉に決めてもらうのはどうかな」

「ええ。私もそれがいいと思います」


 双子姉妹が俺の方を見た。


「正直……どちらも捨てがたいな」


 沙空乃か陽奈希、どちらかの希望を諦めるのは難しい決断だ。

 何か、決め手になる要素があれば、話は別だけど。


「渉くんも、海に行きたいですよね? 眩しい太陽と白い砂浜、冷たい海で一夏の思い出を作りましょう」


 悩む俺の様子を見て取ったのか、沙空乃が積極的にアピールしてきた。


「実は、陽奈希に着てもらいたい水着があるんです。渉くんも、陽奈希の水着姿、見てみたいですよね?」


 ……そんなことを言われると、つい想像してしまう。

 沙空乃はあくまで陽奈希に水着を着せることに囚われているようだが、当然二人とも着ることになる。

 水着姿の双子姉妹か。

 正直、とても見たい。

 が、不純な動機だけじゃない。

 沙空乃や陽奈希と、海でのひとときを過ごす。

 きっと素晴らしい思い出になるだろう。

 俺が沙空乃の案に心惹かれていると、陽奈希が対抗してきた。


「ううん、ここは山にすべきだよ! わたしが行きたい所では、有名なお祭りと花火が開催されてるんだから。皆で浴衣を着てお祭りを回ったら、楽しいと思うよ?」

「なるほど、それは確かに」


 今度は、双子姉妹が浴衣を着た様子を想像してみる。

 銀髪美少女という、比較的派手な特徴を持つ二人だが、和風な格好もきっと似合うだろう。


「お祭りには屋台があるから、クレープが食べられるし!」

「旅行先でもクレープとは、さすが陽奈希だな……」

「で、でもそれだけじゃないんだよ? あのね……」


 少し恥ずかしそうに、陽奈希が耳を貸すよう促してくる。

 俺が従うと、陽奈希は耳打ちしてきた。


「露天風呂付きの個室に泊まったら、三人でお風呂に入れるよ?」

「なっ……」


 それは刺激的すぎる提案だ。二人の前で想像してみるのは、罪悪感が湧いてくるくらいには。

 

「む、色仕掛けとはずるいですよ陽奈希」

「沙空乃だって、水着の話とかしてたもん」


 良からぬ気配を感じ取った沙空乃に対し、陽奈希が言い返す。


「どうしたものかな……」


 どちらの願いも叶えてあげたいところだが、俺はただの男子高校生だ。圧倒的に資金力が足りない。

 ……双子姉妹と付き合うというのは、簡単じゃないな。


「あ、それなら炉にいいアイデアがあるけど」


 読書をしていた炉が、会話に入ってきた。


「なんでしょう、炉さん」

「炉ちゃん! 教えて教えて!」


 沙空乃と陽奈希は、炉に期待の眼差しを向ける。


「あ、えっと……海の家を運営してる親戚のおじさんが、夏休みにバイトを募集してたのを思い出して。ちょうど三人欲しいって言ってたから、そこに行ってきたらどうかと思ったんです」


 慕っている双子姉妹に注目されて、炉はやや緊張した様子で口にした。


「それなら海に行けるし、バイト代がもらえるから山にも行けるということですね」

「さすがは炉ちゃん、そのアイデア乗った! 渉もいいよね?」


 解決策が見つかって、沙空乃と陽奈希はは嬉しそうだ。

 炉も慕っている人たちに褒められて、満更でもなさそうにしている。


「ああ、決まりだな」 


 こうして、俺たちの夏休みの予定が決まった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


あとがき


お久しぶりです、りんどーです。

長らく放置しており申し訳ありません。

最近執筆に対するモチベが高く、気が向いたので久々に本作も書いてみました。

作中は夏休みを舞台にしているので、季節感は真逆ですが……その辺はご愛嬌ということで。

更新ペースはお約束できませんが、昔用意したプロットがあるので、それをもとに少しずつでも書いていこうかなと思います。

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