第51話 双子姉妹の誕生日 5

 天宮家で開催中の王様ゲームにて。

 三回目の王様を決めるくじ引きが行われた。


「また渉くんが王様ですにゃ」


 沙空乃は猫口調を継続中だ。


「いいなあ……わたしも王様やってみたい」

「所詮はくじ引きだからな。その内順番が回ってくるだろ」


 羨ましそうにする陽奈希だが、別にこのゲームの王様なんてそんなに大したものじゃない気がする。前回の沙空乃みたいな例もあるから、必ず美味しい思いができるとも限らないし。


「さあ、次は命令を決めるカードを引く番ですにゃ」


 今のところ憂き目にばかり遇っている沙空乃が、めげずに勧めてくる。


「ああ。どれどれ……『1番は身に着けているものを一枚脱いで王様に差し出す(持ち帰り可)』ってなんだこの命令……!?」 


 言われるがまま引いたカードには、これまでよりも過激に思える命令が記されていた。

 しかも、何故かこの命令だけ、手書きで。


「んー? これって、沙空乃の字だよね?」

「うっ……」


 カードを覗き込んできた陽奈希の指摘に、沙空乃が言葉を詰まらせる。

 ……なるほど。

 沙空乃としては、この命令を自分で引いて俺か陽奈希の身に着けているものを入手しよう、という魂胆だったんだろう。

 あるいは俺か陽奈希のどちらか一方が、もう一方に衣類を渡す時の反応を楽しんだりする目的もあったのかもしれない。

 そのために、予備のカードか何かにわざわざ自分で命令の内容を書き記し、仕込んでおいた。

 ……と、ここまで推測していて、俺は複雑な気分になった。

 恋人の考えを察することができるのは本来悪いことではないはずなんだけど、この場合は沙空乃の独創的な趣味が伝染したみたいで素直に喜べない。


「ったく……」


 内心呆れながら沙空乃の方を見ると、自らの思惑通りに事が運んで喜ぶような気配は微塵もなく。

 顔を赤くし、困ったように俯いていた。

 ……これはもしかして。


「あー……ちなみに陽奈希は何番を引いたんだ?」

「えっと、2番かな」


 予感が的中した。


「ってことは、1番は……」

「うぅ……何か脱いで、渉くんに……?」


 今回1番を引き、命令の対象になったのは、沙空乃だった。

 

「う、うーん……なかなか難しいねえ」


 場の雰囲気に当てられてか、陽奈希も少し頬を赤く染めながら、悩ましげな声を漏らす。

 現在、沙空乃は制服姿だ。

 夏服なので身に着けているものと言えば、上はワイシャツ、下はスカートくらいしかない。どちらかを脱いで渡すことになれば、半裸になってしまう。

 後は強いて言うなら下着とかもあるけど……これを選択肢に入れるのは流石に一線を超えている。


「まあ、なんだ。結局はたかがゲームなんだし、無理に従う必要は……」

「そういうわけにはいきませんにゃ……!」 


 俺が用意しようとした逃げ道は、沙空乃本人によって強く否定された。


「ここで命令をにゃあにゃあにすることを認めてしまったら、この後私がおいしい思いをできるような命令を引けた時に、二人に逃げられてしまいますにゃ……!」


 どうやら沙空乃は自滅続きのこの状況でも、当初の目的を達成することを諦めていないらしかった。

 そのためには、自分が更に恥ずかしい思いをするのも辞さない構えだ。

 沙空乃のよく分からない覚悟に俺が気圧される横で、陽奈希は「『にゃあにゃあ』って、『なあなあ』って意味なのかな……?」と興味深そうにしていた。

 ……なんというか、二人ともこのゲームを満喫してるよな。

 ともあれ、こうも沙空乃に意固地になられると、王様の命令を実行するしか道がない。

 とは言え沙空乃が身に着けているものの内、どれを選んでも防御力的なものが著しく低下してしまうような……いや、待て。

 一つだけ、沙空乃が恥ずかしい思いをせずに済む方法がある。

 

「そうだ。靴下辺りなら無難じゃないか?」

「わ、渉くんは靴下が好きなんです……にゃ?」


 名案だと思ったが、沙空乃からは面食らったような反応をされた。


「いや、別に俺の趣味とかそういう話じゃなくてだな……」

「大丈夫です、断ったりはしません……王様の命令は絶対ですにゃ」


 変な雰囲気になりながらも、沙空乃は靴下を片方脱ぎ、手渡してきた。

 俺は謎の敗北感を覚えながらも、それを受け取る。

 ……微妙に生暖かい。

 脱いだばかりだから、当然と言えば当然だけど。


「に、においとかは嗅がにゃいでくださいね……?」

「か、嗅ぐわけないだろ!」


 沙空乃の要らぬ心配を否定しつつ、俺はとりあえず靴下をポケットにしまっておいた。





「……先程から渉くんが得するような展開ばかりですにゃ」


 沙空乃が不満そうに、俺の方を見てくる。


「たまたまだ、そんな目で見られても困る」


 むしろ色々仕込んでいたのは沙空乃の方だろう、とは言わないでおく。


「それより、まだ続けるのか? なんだか雲行きが怪しくなってきた気がするんだけど」

「沙空乃の猫口調が三ターンの間ってことだったから、次で終わりだよね? だからもう一回やって、それで最後ってことでいいんじゃないかな」

「次がラストチャンスですにゃ……!」

「その前に、他にも沙空乃が手書きした命令がないか確認させてもらうぞ」


 ひょっとしたら、服を脱いで渡すよりも過激な命令が混ざっているかもしれない。

 そう思った俺がカードの束に手を伸ばすと、沙空乃が横槍を入れてきた。


「ま、待ってください! 私が自分で抜いておきますにゃ……」


 沙空乃はカードの束を掴み取り、そこから何枚か抜き取る。

 わざわざ俺の機先を制してきた辺り、実は抜き取ったフリをしているだけって可能性もあるけど……その時は引き直せばいいか。 

 この慌てぶりから察するに、ただ見られて困る命令を自分で排除したかっただけ、って気もする。

 ……見られて困るなら、最初からやらなければいいのに。



 

「わー、やっと王様になれた!」


 四回目の王様を引いたのは、陽奈希だった。


「ふふ、おめでとうございますにゃ」

「さてさて、命令の方は……『1番の人が、その場にいる自分以外の好きなところを三つずつ語る』だって」


 陽奈希は命令の内容を読み上げると、俺と沙空乃に対し、交互に視線を向けてくる。


「私は2番ですにゃ」

「ってことは当然渉が……」

「……ああ、俺が1番だ」

「おー、これは面白いことになりそうかも?」

「渉くんもおいしい思いばかりじゃにゃくて、恥ずかしい思いもするべきですにゃ」


 命令の対象が俺だと分かると、沙空乃と陽奈希は揃ってにやにやし始めた。

 それもそうだろう。

 何せ俺は今から『沙空乃と陽奈希の好きなところを三つずつ語る』という命令を遂行しなくてはいけないんだから。

 本人たちの前で、面と向かって。

 ……とんだ羞恥プレイだ。


「ったく、なんなんだこの命令は……」

「王様の命令は絶対だからね、逃げるのは無しだよー」


 面食らう俺に、陽奈希は笑顔で釘を刺してきた。

 ……まあ、ここまでの流れから考えても、やるしかないんだろうな。


「じゃあ……まずは王様の陽奈希から」

「う、うん……!」


 陽奈希はごくりと息を呑み、身構える。

 俺はそんな陽奈希を前にして、腹を括った。

 こうなったら、思っていたことを全部ぶつけてやろう。


「一つ目は……学校やクラスの皆のために全力で頑張る、献身的なところが好きだし、尊敬してる」

「そ、尊敬なんて、照れるよ……大体、わたしが頑張れてるのは渉が隣で支えてくれてるからこそだし……」


 真っ正面から気持ちを伝える俺を前に、口ごもる陽奈希。


「二つ目は、いつも明るくて無邪気なところが好きだ。陽奈希の笑顔を見てると、こっちまで元気になれる……って言ったらいいのかな」

「えへへ……そんな風に言われると、にやにやが止まらなくなっちゃうなあ……」


 言葉の通り、陽奈希の頬はふにゃふにゃに緩んでいる。


「三つ目はいつも側にいて、俺を癒してくれるところが好きだ。何かと世話を焼いてくれて、ありがとう」

「わたしこそ……いつも一緒にいてくれてありがとう、渉」


 三つ目を言い終えた時には、陽奈希の顔はすっかり上気していた。

 同時に俺の体温も、急激に上昇しているのを感じる。

 陽奈希が嬉しそうだから何よりだけど、これが沙空乃の分も続くのか……。

 ふと沙空乃の方を見てみると、待ちきれないとばかりにそわそわしていた。 


「ふう……よし、次は沙空乃の番だな」

「は、はい……!」


 俺は一つ深呼吸をしてから、緊張した様子の沙空乃と向き合う。


「一つ目は、文武両道で美人な優等生っていう……皆が憧れる『天宮沙空乃像』が俺も好きだし、そんな憧れに応えようと努力する沙空乃のひたむきさも好きだ」

「ひ、ひたむきだなんてそんな……買い被りすぎです……」


 沙空乃は照れたように顔を背けるが、なんだかんだで満更でもなさそうにも見える。

 猫口調がどこかに吹き飛んでいるけど、それを指摘するのも野暮な気がしたので、そのまま続けることにした。


「二つ目は、凛としたイメージと違って、実際には喜怒哀楽豊かなギャップ……かな。笑ったり怒ったり、自信家だったり……感情的な姿を俺に見せてくれることが嬉しいし、好きだ」

「あぅ……渉くんの前だとどうしても、どきどきして本音を隠すのが難しいんです……」 


 そう、まさにこんな風に。

 こういう胸の内をポロリと打ち明けてくれるところが好きだ。


「三つ目は、案外甘えたがりなところがかわいくて好きだ」

「っーーーー! 私、そんなに甘えていたでしょうか……? もしそうなら、自重した方が……? いえ、この場合は好きだと言ってくれているのですから、もっと甘えるべき……?」


 三つ目を言い終えると、沙空乃は動揺を露わにし、自問自答を始めてしまった。

 こっちとしては、これからも存分に甘えてくれると嬉しい……なんて気の利いた言葉をかけられたら良かったんだけど。

 俺は俺で、そんな余裕は残っていなかった。

 恥ずかしいことを、言いすぎて。 




◆◆◆


 更新遅くなってしまってすみません。

 一旦この形で公開させてもらいますが、実は書ききれていない内容があるのでもしかしたら後でもう少し追加するかもしれません。

 ひとまず今月はスニーカー大賞に出すための作品に取りかかりたいので、恐らく本作は更新できません……が、スニーカーに出す予定の方も結構自信のあるラブコメなので公開できたらぜひ読んでみてください。

 ……今のところ間に合うか怪しいですが。

 それでは、今後ともよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る