第50話 双子姉妹の誕生日 4
天宮家で双子姉妹の誕生日パーティが催される中。
俺は沙空乃の部屋で、今日の主役である沙空乃と陽奈希と共に、王様ゲームに興じていた。
「「「王様だーれだ!」」」
お決まりの掛け声に合わせて、俺たちは王様を決めるためのカードを引く。
「さて、誰が最初の王様でしょうか?」
沙空乃と陽奈希は、裏向きのカードをひっくり返し、それぞれ確認する。
「わたしはー……あ、違った。2番だ」
「む……私は1番でした」
「ってことは……」
二人の視線が、俺のカードに集まる。
「……いきなり俺が王様か」
俺が引いたカードには、派手なデザインとともに「王様」と書かれている。
「次は誰にどんな命令をするか決める番だね!」
「さっそくどうぞ、渉くん」
沙空乃と陽奈希は、命令が書かれた方のカードの束を、ノリノリで差し出してくる。
二人とも命令される側だから、ここはもうちょっと嫌がるようなリアクションをするのが普通のはず。
妹のあられもない姿を見られると信じて疑わない沙空乃と、このゲームの醍醐味をまだ理解しきれていない陽奈希、ってところか。
「じゃあ、無難に一番上から……」
俺は一枚カードを引き、ゆっくりと表を向けて命令の内容を確認した。
これは……最初からなかなか面白い命令が来たかもしれない。
「さあ渉くん、早く命令を読み上げてください!」
待ちきれないとばかりに身を乗り出してくる沙空乃を前に、俺はつい口元が緩んでしまう。
何故なら、今回の命令は。
「『1番の人は、3ターン後まで猫の口調で喋り続ける』だ」
「なっ……」
沙空乃は絶句した。
「1番ってことは、沙空乃だね? 猫口調かー、どんな感じだろ」
一方の陽奈希はにこにこと、純粋に楽しんでいる様子だ。
「むぅ……もっと、陽奈希や渉くんの恥ずかしいところを見たり、二人といちゃいちゃできるような展開を想定していたのですが……何故こんなことに」
……悔しさのあまりか、本音が漏れてますよ沙空乃さん。
「まあ、くじ引きみたいなものだからな。そう都合良くはいかないだろ」
「うぅ……それにしても猫口調とは……渉くん、そういう趣味があったんですか……?」
「いや、ランダムだから趣味も何もないだろ」
妙な疑惑をかけられたので俺は即座に否定する。
が、沙空乃はなおも恥じらいと懐疑が混ざったような視線を向けてくる。
どうして俺が、ちょっと変わった性癖の持ち主みたいな扱いを受けているんだ。
……そりゃあ、引いた時に「面白そうだ」って思ったのは事実だけど。
「ダメだよ沙空乃、カードを引いた時点で命令は有効なんだから。王様に従って、猫にならないと」
思惑が外れて憂き目に合う双子の姉を、陽奈希は無邪気に追い詰める。
「むぅ……陽奈希はいじわるです、にゃ……」
沙空乃は耳まで真っ赤にしながら、渋々といった様子で『1番の人は、3ターン後まで猫の口調で喋り続ける』王様の命令を実行し始めた。
まだ取ってつけたような感じも否めないが……これはこれで、新鮮だ。
学校のアイドル的存在であり、凛々しくて気品溢れる優等生として皆から慕われている天宮沙空乃が、語尾に「にゃ」とか付けているんだから。
……このゲーム、なかなか楽しいかもしれない。
「「「王様だーれだ(にゃ)」」」
そのままの流れで、王様ゲームは二回戦に突入した。
「ふふん、今回の王様は私ですにゃ。これで二人を恥ずかしい目に合わせられますにゃ」
少しずつ猫口調が板についてきた沙空乃が、得意気に宣言する。
ようやく思惑通りにことが運び始めて、機嫌が良さそうだ。
「じゃあ王様、命令を決めてねー」
「任せてくださいにゃ。今回の命令は……」
陽奈希に促されて、沙空乃は命令が書かれているカードの束から一枚引く。
表を向けて命令の内容を確認した途端、それまで嬉々としていた沙空乃の表情が曇った。
「沙空乃? どんな命令だったの?」
「……1番が2番を膝枕して頭を撫でる、ですにゃ」
沙空乃は歯がゆそうに言いながら、カードを見せてきた。
「わたしは2番だから、渉は1番だよね? つまり……」
「俺が陽奈希を膝枕して撫でる、ってことか」
俺と陽奈希は確認し合い、見つめ合う。
「にゃぜこんな命令に……ここは王様である私が、渉くんか陽奈希に膝枕してもらう場面のはずにゃのでは……いっそ、膝枕する側でも良かったのに……」
その横で、沙空乃は不満そうに身をわなわなと震わせていた。
さっそく、王様となった沙空乃の命令が実行されることになった。
「前にわたしが渉を膝枕したことはあったけど……その逆は初めてだね?」
ベッドに座る俺の脚に頭を乗せながら、陽奈希が見上げてくる。
ここは沙空乃の部屋なので、当然ベッドも沙空乃が普段寝ているものだ。
恋人のベッドの上……ということで特別な緊張感みたいなものを覚える一方、俺の膝の上にいるのは別の恋人だった。
「せっかく王様ににゃれたのに、二人のいちゃいちゃを見せつけられるだけとは……」
沙空乃は渋い顔で、俺と陽奈希の様子を見守っている。
「んー……けっこう気持ちいいねえ、これ……」
陽奈希は幸せそうな声を漏らしながら、ゆっくりと寝返りを打つ。
自分の膝の上に好きな人が無防備に収まっている、この光景。
以前陽奈希に膝枕してもらった時とは、違う心地良さがある。
……こうしていると、陽奈希が小動物みたいに見えてくるな。
「わたるー……王様の命令は、膝枕をして頭を撫でる、だよー……」
陽奈希は眠そうに間延びした声で、催促してくる。
「ああ……言われてみればそうだったな」
「んふふー……」
言われた通り頭を撫でると、陽奈希は目を細めて気持ち良さそうな反応を示す。
……いちいち反応がかわいいな。
それと、髪がさらさらで触り心地が良い。
……いつも思っていたけど、何を食ったらこんな髪になるんだろうか。
気づけば俺は、陽奈希の髪に指を通して、その感触を味わっていた。
微塵も絡まずに毛先まで指が抜けられる程、陽奈希の銀髪は綺麗に整えられている。
「もう……女の子の髪はデリケートなんだから、あんまり弄くり回しちゃダメなんだよー……」
つい、さらさらとした髪の感触に夢中になっていると、陽奈希から緩みきった声で抗議された。
「っと、悪かった……」
「ふふ……やめなくてもいいんだよ? 渉はだけは、例外だから」
慌てて俺が髪から手を離そうとすると、陽奈希はそっとその手に触れてきた。
「例外があるものなのか……?」
「うん。だってわたしが髪を綺麗にお手入れしてるのは、渉のためだもん」
陽奈希は俺の膝の上でリラックスしながら、柔らかい笑みを向けてくる。
「っ…………!」
……こういう台詞は、いつ何回言われても弱いし、慣れない。
だってそうだろう。
好きな人が、自分のために綺麗でいてくれようとしているとか。
そんなことを言われて、喜ばない男はいないと思う。
「ったく……」
こみ上げてくる愛おしさを紛らわすように、俺はまた陽奈希の頭を撫でる。
「ふぁ……渉の膝枕が心地良すぎて、眠くなってきちゃった……せっかくだしこのまま……」
翻弄される俺の気を、知ってか知らずか。
陽奈希は口元を手で押さえながら欠伸して、マイペースに寝返りを打った。
そんな陽奈希の、視線の先には。
「むー……」
俺と陽奈希のやり取りを見せつけられ、蚊帳の外になっていた沙空乃が、寂しそうに拗ねていた。
「……って思ってたけど、これ以上は沙空乃がかわいそうかな」
陽奈希は苦笑いしながら、身を起こした。
◆◆◆
想定より長くなったのでもう1話やります
次回は来週の平日のどこかで、なるべく早めに
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