第49話 双子姉妹の誕生日 3

 沙空乃さくの陽奈希ひなきに連れられて、俺は天宮家の2階にある沙空乃の部屋に来ていた。

 二人がこの部屋で何をするつもりだったのか。俺が渡した誕生日プレゼントを、どういう風に勘違いして受け取ったのか。

 俺だって、恋人たちを相手にそれが分からない程、間抜けではないつもりだ。

 しかし、沙空乃と陽奈希が、自分の意図しない方向に暴走していたのも事実なわけで。

 それに便乗するつもりは、俺にはなかった。

 だから俺は流れに身を任せてしまいたい衝動を堪えた上で、勘違いしたまま突っ走る双子を諭し、落ち着かせることに成功。

 渡した誕生日プレゼントには「深い意味」はないと納得してもらい、今に至る。


「そ、そうでしたか……もしかしたら、なんて思ってしまったのですが……」

「確かに、まだちょっと気が早かったかも……?」

 

 沙空乃と陽奈希の反応は、気が抜けているようにも、気落ちしているようにも見える。


「色々と準備しないといけないこともありますからね……いざという時に責任を取る経済力は、今の私たちにはありませんから」

「そっか、そういうことを考えるのも重要だよね」

「はい。ですから今回のことはがっかりするのではなく、むしろ喜ぶです」


 てっきり落胆させたかと思っていたら、前向きな発言が沙空乃の口から発せられた。

 陽奈希もその言葉に同意して、うんうんと頷く。


「渉がわたしたちのことを、大切に想ってくれてる証拠だもんね」

「ええ、そういうことです。渉くん、ありがとうございます」


 俺は沙空乃と陽奈希から、嬉しそうに感謝されてしまった。


「……まあ、納得してくれたなら何よりだ」


 据え膳食わぬは……という言葉はある。

 けど、勘違いに付け入るのはやはり、間違っていると思う。

 二人と本当にそういうことをする時は、もう少し堂々としていたい……というのは、俺のしょうもない見栄かもしれない。

 正直な話をすれば……二人の言う通り、リスク的なものを回避するための道具を用意していなかった、という理由もあるけど。

 ……今後はちゃんと常備しておいた方が、がっかりされないんだろうか。




 一段落してから、俺は改めて沙空乃の部屋を見渡してみた。

 ざっくり表現するなら、女の子らしい雰囲気とでも言えばいいんだろうか。かわいらしい小物や、ぬいぐるみのようなものが部屋のあちこちに置かれている。

 普段学校で見る、凛々しくて他の生徒に慕われる存在としての沙空乃と比べれば、意外に映るかもしれない。

 けど、素の彼女を知る俺から、すればあまり違和感はない。

 実は甘いものや少女漫画などが好きな沙空乃が、ファンシーなアイテムを好むというのは、分かる気がする。


 それよりも個人的に問題なのは、いつもなら沙空乃が接近してきたり密着してきた時に漂ってくる甘いにおいが、常時部屋に満ちていることだ。

 ここは沙空乃の部屋なんだから、当然と言えば当然なのかもしれない。

 しかしこんな場所にいたら、落ち着く暇がない。幸福感が、過剰すぎるという意味で。


 他に見受けられる特徴としては、沙空乃の華々しい活躍を象徴するように、数々のトロフィーや賞状が飾られていることだろう。

 それと、陽奈希の写真がいくつか飾ってあることか。

 流石にいかがわしい盗撮写真みたいなものはない……少なくとも、見える範囲には。普通にカメラ目線で撮られた、かわいらしい陽奈希の姿が額縁に収められている。

 そんな額縁の数々の中に、真新しいものが一つ。そこには、俺の写真が飾られていた。

 そのこと自体は、まあいいとして。


「……なんで寝顔なんだ」


 こんな写真、いつの間に……文化祭前日に、三人で一緒に寝た時か?


「その写真、渉の寝顔がばっちり撮れててかわいいよねえ」


 思わず呟いた独り言に、陽奈希が乗ってきた。


「かわいいって……俺としては、恥ずかしい限りなんだけど」

「そうですか? 私たちとしては、かなりお気に入りなんですが」

「実はその写真、わたしも部屋に飾ってるんだよ? 沙空乃は写真を撮るのも上手だから、分けてもらったの」


 沙空乃と陽奈希は、無邪気にそう語る。

 

「……飾るんだったら、せめて起きてる時の写真にしてくれ」

「ふむ……ではせっかくですし、今日撮った写真も飾っておくことにしますか」

「あ、じゃあわたしもー」


 結局この寝顔写真は取り下げてくれないのか。

 ……でも、どんな形であれ恋人の部屋に自分の写真が飾ってあるというのは、悪い気分じゃない。

 本当に好かれているんだと、実感できる気がするから。




「さて。せっかくの誕生日パーティですし、何かゲームでもしたいですね」


 話が変わって、沙空乃がそんな提案をしてきた。


「ゲームか……何か用意してるのか?」

「毎年誕生日は、家族でボードゲームとかトランプをしてたからね。道具だったら色々あるよ」


 陽奈希は俺の疑問に答えつつ、沙空乃に視線を投げかける。

 

「今年はどうしよっか?」

「そういうことなら、私に良いアイデアがあります」


 沙空乃はそう言って、クローゼットから二種類の遊び道具を取り出してきた。


「これは?」

「ツイスターゲームと王様ゲームです」

「へー……なんだか、今までやってきたゲームとはちょっと違う雰囲気がするね?」

「……そんなことはありませんよ? まあ、両親とやるようなゲームではないのは事実かもしれませんけど」

 

 澄ました顔で、沙空乃は陽奈希に答える。

 ……なんだろう。ゲームのチョイスが微妙に合コンっぽい気がするというか、下心が見え隠れしているような印象だ。そんなものに参加した経験はないから、イメージで語っているけど。

 ツイスターゲームは物理的に密着すること請け合いだし、王様ゲームも恥ずかしくなるような命令が飛び出してきそうな気配が強い。

 ……沙空乃、絶対分かってて選んでるよな。

 さては、陽奈希や俺の反応を楽しむのが目的か。


「…………」

「な、なんですか。渉くんは私たちとこういうゲーム、したくないんですか?」


 冷ややかな眼差しを送る俺に、沙空乃はたじろぎながらも挑発的に応じてくる。


「……いや、そうは言ってないけど」


 俺は俺で、どうしようもなく、好きな人の前では正直な男だった。

 ……そりゃあ俺だって、陽奈希のかわいい反応は見たい。

 状況によっては、俺と陽奈希で楽しもうとしている沙空乃が、逆にボロを出すような場面だってお目にかかれるかもしれないし。


「ふふん、素直なのは良いことですよ渉くん」


 俺の答えに、沙空乃は満足げに鼻を鳴らした。


「んー? よく分からないけど、わたしは王様ゲームの方がやってみたいかも!」


 そんな俺と沙空乃のやり取りを不思議そうに見守っていた陽奈希が、王様ゲームのパッケージを手に取った。


「では、そちらにしましょうか。渉くんも、それで問題ありませんよね?」

「……ああ」


 思惑通りに事が運んだからか、あるいはこの後のことが楽しみで仕方がないのか。

 沙空乃は上機嫌そうに、にこにこと笑っていた。 




「ルール……と言ってもそれほど複雑ではありませんが、一応説明しますね」


 三人で床に座り、開封された王様ゲームのキットを囲む中、沙空乃が切り出した。

 王様ゲームは即興の場合、割り箸などをクジ代わりにするだけでもできそうなイメージだけど、今回は市販のものが用意されている。


「まずはこの三枚のカードの中に、一枚だけ王様と書かれたカードがあるので、それを引いた人が他の二人に命令をできる王様になります」


 沙空乃はキットの中から、トランプほどの大きさのカードを三枚取り出して見せてきた。

 それらのカードにはそれぞれ、「王様」「1番」「2番」と書かれている。

 キットの中には大人数でも遊べるように「3番」以降の数字が書かれたカードもあるみたいだけど、今回は3人なので不要だろう。


「命令かー、内容はどうやって決めるの?」

「王様になった人が命令を自由に決められる、というのが定番ですが、今回は命令についてもこの中からランダムで選んでもらいます」


 沙空乃が次に提示してきたのは、先程とは別のカードだ。

 三、四十枚はあるだろうか。裏向きで束になっている。

 

「ちなみにこのカードには、どんな命令が書いてあるんだ?」

「それは実際にやってみてからのお楽しみということで」


 何気なくカードの束を確かめようとしたら、沙空乃が先に掴み取り、はぐらかしてきた。

 これら全てに異なる命令が書いてあるのだとしたら、かなりバリエーションが豊富だ。  

 それでいてジャンルは、いかがわしい方向に片寄っているんだろうな。

 沙空乃が用意したものだし、きっと間違いない。


「じゃあ、さっそく試してみようか!」


 シスコン過ぎる双子の姉の本性を、未だに知らないんだろう。

 待ちきれないとばかりに発せられた陽奈希の一声で、王様ゲームの幕が開けた。




◆◆◆


お待たせしてすみません。

本当は今回で誕生日回を終える予定だったのですが、時間的余裕がないのとこれ以上読者の皆様を待たせてしまうのは申し訳ないのでもう一分割します。

次回更新は今週末を予定しています。

ちょっとだけネタバレすると、次回は楽しい王様ゲームで沙空乃が自爆します。

今後とも本作をよろしくお願いします!

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