第48話 双子姉妹の誕生日 2

「それで、何を作るんだ?」


 俺と沙空乃さくの陽奈希ひなきの三人は制服の上からエプロンを着用し、キッチンに立った。


「まずは、オムライスとグラタンですね。私と陽奈希の好きな料理なんです」


 沙空乃がオムライス好きという話は前から知っていた。陽奈希の方はグラタンが好物なのか。

 やっぱり二人とも子供舌な気が……まあこれは言わずにおこう。


「いつもはお母さんが作ってくれるけど、今年は二人でお互いの好きなものを作ることにしたの」

「母の味を再現しよう、というわけです」 

「だったら、俺はどっちも少しずつ手伝うような感じの方がいいのか?」


 天宮あまみや家の味というものを知らない以上、細かい味付けには手を出せなさそうだ。

 それでも野菜を切ったりとか、出来ることは色々とあるだろう。


「うーん、そうだね。お願いしてもいい?」

「ああ。一応これでも、普段から自分の飯くらいは作ってるからな。任せてくれ」

わたるくんの好きそうな肉料理や、付け合わせのサラダ用にも食材を買ってありますから。そっちも三人で作りましょうね?」


 俺たちはそんな会話を交わして、さっそく料理にとりかかった。




「それにしても……このキッチン、かなり広いよな。三人で料理してるのに、窮屈さを感じないし」 


 沙空乃や陽奈希と協力しながら料理をする中、俺はふと口にする。

 俺の家のキッチンの優に倍を超える広さがあって、さっきから作業のしやすさを感じていた。


「ふふ、気づきましたか。実はこのキッチン、我が家のちょっとした自慢なんです」

「このお家を建てた時に『家族みんなで楽しく料理を作れるように』ってお母さんがオーダーメイドしたんだって」


 得意そうにする沙空乃と、補足をしてくれる陽奈希。

 どうやら、母親だけが毎日立つことになりがちな場所であるキッチンを、家族のコミュニケーションの場にしようという狙いがあるらしい。


「なんかいいな、幸せな家庭って感じがして」

「ふふ、そうかもしれませんね。ですがそれを言うなら、私は今まさに幸せな気分を満喫中ですよ?」

「あ、わたしもわたしも」


 二人とも料理をする手を止めて、にこやかに見つめてくる。

 その視線にこそばゆさを感じて、俺も手を止めた。


「……そうなのか?」

「年に一度の誕生日に、沙空乃と渉と一緒の時間を共有して、同じことをしてるんだもん。 幸せに決まってるでしょ?」 


 陽奈希は屈託のない笑顔を、まっすぐ俺に向けてくる。

 沙空乃もまた、陽奈希の言葉に同調するように、穏やかな笑みで見つめてきた。

 ……もうだいぶ見慣れてきたはずなのに、未だに心臓がドキリと跳ねてしまう。

 それくらい、二人の笑顔は魅力的だった。


「……ああ、確かに幸せだな」


 噛み締めるように漏らした俺の声に、沙空乃と陽奈希は嬉しそうに顔を見合わせる。


「来年も再来年も、ずっとこんな風に三人で誕生日を祝えたら……きっと今以上に、幸せあんでしょうね……」

「ずっと三人かー……5年後とか10年後にはどんな関係になってるのかな、わたしたち」

「もしかしたら、それこそ……幸せな家庭というものを、築いているかもしれません」

「ちょっと気が早い気もするけど……そんな未来にも、憧れちゃうね?」


 楽しそうに、沙空乃と陽奈希はまだ見ぬ将来に思いを馳せる。

 ……今はまだ、大好きな二人と一緒にいられたらそれでいい、程度のことしか考えられないけど。

 俺たち三人の関係が続けば続くほど、具体的な話にも向き合っていく必要が出てくるんだろう。

 そんな将来に、全く不安がないかと言えば嘘になるけど。

 沙空乃や陽奈希と一緒なら、そんな不安や困難にも、立ち向かっていけるんじゃないかという気がしてくる。

 

◆◆◆ 


 しばらくして、料理が出来上がった。

 皿に盛り付け、テーブルに並べ、誕生日パーティ用のちょっとした飾りつけをして、完成だ。

 二人の好物であるオムライスとグラタンをメインに、肉料理や色鮮やかなサラダなどが置かれている。

 

「ふぅ……こうして見ると、けっこう様になってる気がするね?」

「はい。見た目はお母さんの料理にも負けず劣らずです。あとは味次第ですが……」


 一仕事終えたような気分で、俺たち三人は改めてテーブルの料理を眺める。


「そっちも心配いらないだろ。沙空乃も陽奈希も頑張ってたし」

「頑張ってたのは、渉も同じでしょ?」

「そうです。ここまで立派な料理ができたのは、三人で協力したからこそです」


 俺たちはそんな風に、お互いの苦労を労い合う。 


「……だな。じゃあ早速、パーティ開始といくか?」 

「おっと、その前に……写真を撮らせてください」

「あ、じゃあわたしも撮ろうかな」


 まだエプロン姿の沙空乃と陽奈希は、それぞれスマホを取り出して、食卓の様子を写真に収める。


「誰かに見せたりするのか、それ」 

「私は両親に、今日のことを写真に撮って見せると約束していましたからね。個人的に、思い出として残しておきたいというのもありますけど」


 どうやら沙空乃は、あらかじめ写真を撮ると決めていたらしい。

 一方の陽奈希は、その場の流れで撮り始めたのか、特に考えていなかったようだ。シャッターを押す手を一度止めて、考え込む。

 

「うーん……じゃあわたしは、明日友達に自慢しちゃおうかな? 『沙空乃や渉と一緒に、こんなの作ったよー』って」


 にこにこと言って、撮影を再開する陽奈希。

 ……明日はクラスでからかいの的になるんだろうな、俺。


「さて、料理の撮影はこれくらいにして……次は、三人で写真を撮りましょう」 


 ひとしきり料理を撮り終えると、沙空乃がやけに立派なカメラを持ち出してきた。

 ……これ、確か文化祭の時に陽奈希のコスプレ姿を収めるために新調したとか言っていたヤツだよな。

 沙空乃にとって、それだけ気合いの入った写真が撮りたいってことなんだろう。


「記念撮影かー、いいねえ。どんな感じで撮るの?」

「そうですね……やはりパーティの様子が分かるように料理を前面に置いて、三人で食卓を囲んでいるような配置がいいのではないでしょうか」


 沙空乃の案の元、俺たちは食卓の模様が写るような位置に三人で座った。

 当然のように俺が真ん中に据えられ、その左右に沙空乃と陽奈希が陣取る。

 視線の先には、三脚に設置されたカメラがあった。


「……これだと、俺が祝われてるみたいじゃないか?」

「ですが、これが一番収まりのいい配置なんです」

「両手に花って感じで、渉も悪い気はしないでしょ?」


 俺の素朴な疑問に、沙空乃と陽奈希は口々に答える。

 二人の言うことは、もっともではあった。


「では、そろそろ撮りますね? 陽奈希は自分の思う一番かわいい表情を、渉くんはかっこいいキメ顔をお願いします」


 沙空乃はテーブルの下でシャッターのリモコンを構えながら、陽奈希と俺にそこそこハードルの高い要求をしてくる。

 

「いきますよ。3、2、1……」


 しかし、生き生きとした沙空乃の姿を前にしたおかげだろうか。

 俺も陽奈希も、自然と沙空乃に満足してもらえるような表情になっていた。  

 ……注文通り、かっこいいキメ顔だったかは、別として。


◆◆◆


 料理を食べ終わると、二人のお母さんの手作りだという誕生日ケーキが出てきた。

 本格的な、ティラミス風のミルクレープだ。 

 それもおいしく頂いて、食後のコーヒーを飲みながら、俺たちは会話を交わす。 


「今年もケーキだけは、お母さんに作ってもらったんだ」

「なんか、すごく手が込んでたよな。お店で買ってきたって言われても納得の味だったし」


 その力の入れようからも、沙空乃と陽奈希がお母さんに愛されていることが伝わってくる。


「私たちの誕生日は毎年、ミルクレープなんです」

「やっぱり、クレープ好きな陽奈希に合わせてか?」

「うん。毎年味が違うから、なかなか飽きたりしないんだよねえ」


 ……陽奈希がクレープやそれに類する食べ物に飽きる姿なんて想像できないけど。

 ほっこりと緩んだ表情をしているところに水を差すのは悪いから、言わないでおこう。


「ケーキも食べ終わりましたし……そろそろ毎年恒例の、プレゼント交換と行きましょうか」


 沙空乃はコーヒーを飲み干すと、立ち上がってリビングの隅に置かれた棚の方へと向かう。

 どうやらそこに、陽奈希用の誕生日プレゼントを用意しているらしい。

 

「りょうかーい、ちょっと待ってねー……」


 陽奈希もまた、テレビの前に置かれたソファの方に向かい、その下を覗き込む。

 二人とも、パーティ中にすぐ渡せるように、手近な位置に隠していたようだ。

 程なくして、沙空乃と陽奈希はプレゼント用にラッピングされた小包を持って戻ってきた。

 どちらも同じサイズで、同じ店で買ったらしき見た目をしている。


「今年も相変わらず、ですね」

「また被っちゃったかな?」


 天宮姉妹は毎年誕生日に殆ど同じプレゼントを贈り合っている、とは聞いていたけど、今年もその例に漏れなかったらしい。

 沙空乃と陽奈希はそのことを確かめ合いながら、お互いのプレゼントを交換する。 


「では、開けますね?」

「うん。それじゃあわたしも……」


 沙空乃と陽奈希が贈りあったプレゼントの中身は、どちらもポーチだった。

 柄は多少違うようだが、ブランドや形は今年もまた、同じだ。


「包みを見た時点で想像はできていましたが、やっぱりですか」

「特に示し合わせてるわけでもないのに毎年被るって、不思議だよねえ……」


 表情だけは呆れているようにも取れる面持ちの沙空乃と陽奈希だが、口調は間違いなく、喜んでいる。

 そして二人とも、そのことをお互い理解している様子だ。


「改めて、ありがとうございます。ちょうど前に使っていたポーチが古くなっていたので、大事に使わせてもらいますね」

「こっちこそ、ありがとー。わたしも新しいポーチが欲しいと思ってたから、嬉しいよ?」


 沙空乃と陽奈希は、穏やかな笑みを交わしながら、お礼を言い合う。

 ……さて。

 二人のプレゼント交換も済んだところだし、そろそろ。    


「えっと……俺の方からも二人にプレゼントがあるんだけど、いいか?」 


 恋人である沙空乃と陽奈希に、初めて贈る誕生日プレゼント。

 俺は自分の声が、緊張で上ずっているのを自覚する。


「渉くんから……プレゼントですか……!」

「な、なにがもらえるのかな……!」


 沙空乃と陽奈希は、期待に満ちた眼差しをこちらに向けてくる。

 俺は二人の視線に更なる緊張を覚えながら、用意していたプレゼントを二つ鞄から取り出して、それぞれに渡した。


「わぁ……ありがとう、渉」

「開けてみてもいいですか?」

「もちろんだ。そのために用意したんだからな」

 

 俺が首肯すると、沙空乃と陽奈希は包みを開ける。

 プレゼントの中身は二人とも同じ。薄い桜色のリップだ。


「色つきのリップ……ですか。素敵なデザインですね」

「二人ともお揃いだー……! しかもこれ、有名なブランドのやつだよね?」


 ひとまず、好反応を得られたようだ。

 俺は密かに、胸を撫で下ろす。


「詳しい知識がないなりに、二人に似合いそうな色を選んでみたんだけど……どうだ?」

「口紅が校則で禁止されてる分、こういうナチュラルな色のリップは普段使いしやすいですからね。とても助かります」

「わたしたちの好みの色でもあるし……渉ってば、お目が高いねえ」


 沙空乃に次いで、陽奈希もまた喜びを露わにしながら、褒めてくれる。

 どうやら満足してもらえたみたいだ……と内心でガッツポーズしていたのも束の間。

 直前まで嬉しそうだった沙空乃が、神妙な面持ちで黙り込んでいた。


「……どうした?」


 もしかして、何か不満でもあったんだろうか。


「いえ、その……もしかして渉くんは、このリップをつけて潤いたっぷり色鮮やかな唇になった私たちとキスしたいのかな……なんて想像をしてしまいまして」


 沙空乃は遠慮がちに、頬を赤らめながら口にした。

 ……そういう発想がすぐに出てくるのはある意味、流石沙空乃というべきなんだろうか。

 いやまあ、プレゼントを買う際にそんな話を聞かされたのは、事実だけど。


「じゃあこれを選んだのは、渉の趣味ってこと……?」


 沙空乃の話を聞いた陽奈希が、狼狽えながらも熱っぽい眼差しで答えを求めてくる。


「ま、待ってくれ。別に俺は、そんな下心だけで選んだわけじゃないからな」

「そ、そうなんだ……」


 陽奈希は安堵したような、それでいて少しがっかりしたような声を上げる。

 一方の沙空乃は、俺の言葉に耳聡く反応を示した。


「……む? その言い方だと、否定にもなっていないような気がしますけど。『下心で』って。やっぱり渉くんは、私たちと……」


 うっかり、口を滑らせてしまった。

 こんなものは言葉の綾だ、と一蹴することはできる。

 けど、無意識の内に口を突いて出てくる言葉こそ、本音である……なんて考え方も、あるわけで。


「えっと、今はごはんを食べたばかりだから……また後でもいい?」


 否定できずにいる内に、二人は完全に「プレゼントには意味がある」と解釈したらしい。

 高揚した面持ちで、陽奈希は問いを投げ掛けてくる。 


「だから、俺は別に……」

「それに家で三人だけとなると、色々と歯止めが利かなくなりそうですし……そうこうしている間に両親が帰ってきたらまずいですから……」

 

 俺は訂正しようとしたものの、時すでに遅し。

 沙空乃もまた、急にそわそわしながら、思わせ振りなことを言い出した。


「さ、流石にリビングは危険だよね、色々と」

「で、でしたら……私の部屋にでも行きましょうか」


 二人とも、テンションがおかしくなっているというか、変なスイッチが入ってしまったというか。 

 妙にぎこちない調子で言い合いながら、席を立った。


「さあ、渉くんも」

「早く、来て?」


 半ば置いてきぼりのような状態になっていた俺を見かねたのか、沙空乃と陽奈希は左右の手を掴んで引っ張ってくる。

 二人の手の温もりは、いつもより心なしか火照っているように感じた。



◆◆◆


もう1話続きます

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