第45話 近づく記念日と、後輩女子の恩返し

 夏休み前最大の山場である、期末テストが終了した。

 山場とは言っても俺は赤点を取るほど成績が悪いわけじゃないから、大して心配とかはしていなかったけど。

 むしろ今回は沙空乃さくの陽奈希ひなきと一緒に勉強した分、前回より少し点数が上がったような手応えはある。

 実際どうだったかは答案が返ってくるまで分からないけど、それはそれとして。

 現在、7月4日金曜日。

 いよいよ夏の暑さが本格化し、陽射しが頭上を照りつけてくる昼下がり。

 午前中のみでテストを終えた俺は、一人で駅前にある公園の隅に設置されたベンチに座っている。

 目前に差し迫るとある重大なイベントに向けて、準備をしようとしているところだ。

 7月7日。

 この日付を聞いたら、世間一般では七夕をイメージするかもしれない。

 けど俺……というか俺たちにとっては、もう一つ別の意味を持つ。

 天宮あまみや沙空乃と天宮陽奈希。俺の恋人である双子姉妹の、誕生日だ。

 6月中旬にあった文化祭から付き合い始めた俺たち三人にとって初めての記念日が、もうすぐある。

 今日はテストが終わって早々にもかかわらず、沙空乃は部活、陽奈希はクラス委員長としての仕事があるとかで、忙しいらしい。

 そこで俺は、二人に知られないよう密かに誕生日プレゼントを購入しようと、それなりに賑わっている駅前の方にやってきた……までは良かったんだけど。

 何を買えばいいか、迷っていた。

 というか、さっぱり分からなかった。

 当然だ。女の子に贈り物をした経験なんて、十七年程度の人生で殆どないんだから。

 一応妹のいろりには毎年誕生日プレゼントをあげたりはしているけど、それも大体本とか図書カードが多かった。

 だから男として、女の子に贈るプレゼントへのセンス……みたいなものを問われたことはない。


「流石にもうちょっと下調べしてくるべきだったか……? けど、テストのせいでそんな時間なかったしなあ……」


 威勢よく繰り出したものの出鼻を挫かれた俺は、コンビニで買ったアイスコーヒーをストローで啜りつつ、スマホを使って『誕生日プレゼント 彼女 高校生』みたいなワードで検索を繰り返していた。

  

「やっぱり一旦帰って出直すか……? こんな暑い中、昼間から公園にいる物好きなんて俺くらいだし……」


 猛暑によるストレスからか、つい増えていた独り言を、俺は中断する。

 ふと、ある光景が目に留まったからだ。


「……って思ったけど、そうでもないな」


 他校の生徒と思われる制服を着た高校生……か、もしかしたら中学生かもしれない小柄な女子が、遠くの方で何やら木を見上げて手を伸ばしていた。

 俺が座っているベンチから百メートルくらい距離があるから、一見しただけだと何をしているのか分かりにくかったけど。

 目を凝らすと、その女の子の目的が分かった。

 木の上に、子猫がいる。

 身体と同じくらいの太さの枝に、ちょこんと乗っかって微動だにしていない、真っ白な猫。

 きっと、器用に登ったまでは良かったものの、あそこから降りれなくなったんだろう。

 どうやらあの女の子は、その猫に気づいて助けようとしているらしい。

 が、残念ながらどう見ても身長が不足していた。 




「あのさ、手伝おうか?」


 見過ごすのも気に病まれたので、俺は木の上の猫を見上げる女の子に話しかけた。


「は、はいっ!?」


 後ろから話しかけたから、驚かせてしまったらしい。

 黒髪のショートボブにまだあどけなさの残る顔立ちをした女の子は、肩を跳ねさせながら振り返った。


「助けるんだろ? あの猫」

「……うん。もしかして、手伝ってくれるとかそういう話?」

「ああ。だから、そういう話をしてる」


 頷く俺に、女の子は目を輝かせた。


「ホントに!? 正直めっちゃ助かるー……私じゃ背伸びしても届かないし……途方に暮れてたんですよー」

「とはいえ俺も直接手が届く高さじゃないし、木登りとかも難しいだろうからな……」

「えー……じゃあ、どうするんです?」


 遠くから見た時は分からなかったけど、近づいてみると子猫がいるのは木の上とは言っても三メートルもない程度の高さだ。

 怯えた様子で動けなくなっている子猫だけど……全く打つ手がない、という雰囲気でもなさそうではある。


「俺が君を肩車する……とかはどうだ?」

「なるほど……それなら届くかもしれませんね!」


 名案だ、とばかりに女の子は強く賛同した。




「よし。じゃあ、持ち上げるぞ?」

「はい、お願いします!」


 頭上から、元気な声が返ってきた。

 それを合図に、女の子を肩車したまま中腰のような体勢になっていた俺は、力一杯立ち上がった。


「よっ……!」

「うわっ、高……! でもこれなら届きそうかも……」  


 期待のできそうな声が女の子から聞こえてくるが……この体勢、あまり長くは持ちそうにない。


「なるべく早めで頼む……!」

「あとちょっと……あ、掴めました! 降ろして大丈夫です!」

「了解……!」


 限界が近かった俺はその場に崩れるように、しかし女の子を落とさないよう気を使いながら腰を落とした。


「ふぅ……一件落着。怪我もないみたいだし……見てください、かわいいですよ!」


 俺の上から降りた女の子は、助けた子猫を両手に抱え、見せびらかしてきた。

 高所から解放されたおかげか、子猫はすっかりふてぶてしい顔をしている。 


「ったく、さっきまで怯えてたくせに……」


 俺が苦笑しながら、子猫の頭を撫でようと手を伸ばしたところで。


『にゃあ~……』


 子猫は器用に女の子の腕の中から抜け出すと、気まぐれにどこかへと走り去ってしまった。

 首輪もなかったし、どうやら野良だったらしい。


「あっ……行っちゃった。助けてあげたのに、つれないなあ……」 

「あれはあれで、元気そうだからいいじゃないか」

「はは、そうかもですね」 


 子猫を見送りながら、俺と女の子は笑い合う。


「それにしても……」


 女の子はひとしきり笑い終わると、品定めするような視線を俺に向けてきた。


「……よく見るとまあまあかっこいいし、初対面の人間を助けてくれるくらい優しいし、意外と私を持ち上げられるくらいの力もある……けっこう優良物件……?」


 真剣な顔つきでこちらを凝視しながら、女の子は何やらぶつぶつと独り言を口にしている。


「あー……どうかしたか? まだ何か困ったことでもあるとか?」  

「……あ、遅くなっちゃったけど、ありがとうございました。子猫を助けるお手伝いをしてくれて」


 俺に声をかけられると、女の子は改まった様子でお礼を言って小さく頭を下げた。


「いや、君のおかげでもあるだろ? 俺だけだったとしても、助けられなかっただろうし」

「それでも、私は感謝してるので……よかったら、お礼させてください!」


 無邪気に笑って、女の子はそんな話を持ちかけてくる。

 

「だから別に、必要以上に恩を感じる必要は……」

「いいじゃないですかー! あ、とりあえずあそこのカフェに行きましょう!」


 がし、と女の子は俺の腕を引っ張ってきた。

 ……なんだこの子、急に押しが強くなってきたような。


「まずは名前から教えてください! それ以外にも私、あなたのことを色々知りたいです!」


 ぐいぐい、と女の子は俺をその場から連行しようとしてくる。

 小柄な体格そのままの腕力しかないので、その気になれば振りほどけそうだけど……こっちがちょっと力を加えたら怪我をさせてしまいそうに思えて、少し気が引ける。

 結局俺は、名前も知らない女の子の気迫に流されて、そのままカフェまで連れていかれた。


◆◆◆


「私の名前は三ノさんのみやなずなって言います。甘菜あまな女学園の高校一年生で、彼氏は絶賛募集中ですっ!」


 駅前でよく見かけるチェーン店のカフェにて。

 俺は先程の女の子……三ノ宮なずなと、テーブル席で向かい合っていた。

 現在、その三ノ宮さんから自己紹介を受けている。


「高校一年……」


 つまり炉と同い年。

 ……病弱で育ちの遅かった妹よりも、更に一回り小さい高校生がいたとは。

 ちょっとした驚きだ。


「あ、今『ホントに高校生かよこの子』とか思ったでしょ?」


 三ノ宮さんはあくまでもにこやかに、そんな指摘をしてくる。


「あー……いや」

「別に気にしてませんよ。むしろこういうのも稀少価値だと思ってますし!」


 気まずさを感じる俺だったが、三ノ宮さんは不快に思ったわけではなかったらしい。

 

「……さっきみたいに高さを求められる場面では、不便だったりするけど」


 舌を出して、茶目っ気を見せる三ノ宮さん。


「身長はともかくとして……甘菜女学園って言ったら、この辺じゃ有名なお嬢様学校だったよな? そんなところに通ってるってことは、三ノ宮さんも成績優秀なお嬢様だったり?」


 甘菜女学園は県内でも屈指の名門女子高だ。

 基本的に裕福な家庭の出身でないと入学できない。かといって単に金持ちなら良いという話でもなく、入試の難易度も高いと聞いたことがある。


「うーん、まあ一応は? 私よりもお金持ちで頭が良い同級生とか、いくらでもいますけどね」

「それでもあの学校に通ってるって時点で、すごいことなんじゃないか?」

「はは、ありがとうございます。けど、全寮制で門限が厳しいし、女子校だから出会いの機会も限られていて、大変なことも多いんですよ?」

「なるほどな……」


 女子校ならではの悩みってやつか。

 小中高と共学の公立校にしか通ったことがないので、同性しかいない環境というのは馴染みがない。


「私の話はこれくらいにして……そろそろそっちの話を聞かせてくださいよ!」


 それが本題だ、とばかりに三ノ宮さんはテーブルに身を乗り出してくる。


「あー……俺は伊賀崎いがさきわたる。西高に通ってる、二年生だ」

「へー……西高って、この辺の公立だと一番頭良いとこですよね? ていうか渉先輩って呼んじゃって大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」


 興味津々といった様子で捲し立ててくる三ノ宮さんに、俺は圧倒される。

 ……陽奈希も明るくて元気な性格ではあるけど、三ノ宮さんはまた少し違ったバイタリティみたいなものを感じる気がする。

   

「さっきから思ってたけど、三ノ宮さんってやたらフランクっていうか……初対面の俺に対してもけっこう親しげだよな」

「あ、こういうの苦手だったり?」

「いや、苦手ってわけじゃないけど……お嬢様って感じはしないなと思って。悪い意味ではなく」

「つまりフレンドリーだね、って褒めてくれてるわけですか」


 三ノ宮さんなりに、俺の言葉を解釈してくれたらしい。


「礼儀作法の時間に『はしたない』とか叱られてる身としては、ちょっと嬉しいかも」


 そんなことを言って、陽気に笑う。

 礼儀作法の時間って。

 やっぱりお嬢様学校にはそういうのもあるのか。


「ま、そんな話は置いといて。もっと渉先輩の話を聞かせてくださいよー」

「俺の話……って例えば?」

「今日はこんな暑い中、昼間から公園で何してたんですか? 学校の方は、期末テストで早く終わったとかだと思うけど」

「実は……彼女の誕生日プレゼントを買いに来たまでは良かったんだけど、何を買うか決めてなかったからとりあえずスマホで調べてたんだ」


 若干の情けなさを自覚しつつ、俺は事の経緯を話す。


「あー……やっぱ彼女くらいいるよねー……」


 途端に三ノ宮さんのテンションが、少し下がった。


「ちなみに、どんな人なんです? 写真とか見せてくださいよ」

「写真か……」


 スマホを取り出しながら、俺は気づく。

 言われてみれば、まだ沙空乃や陽奈希と一緒にあまり写真を撮っていない。

 そうした思い出作りは、これから三人でやっていくとして。

 とりあえず今は、沙空乃からラインで送られてきた双子のツーショットを見せよう。

 ちょうど昨夜も届いていたし。

 寝る前に撮ったのか、写真に映る双子姉妹は、揃ってパジャマ姿をしている。

 眠たそうな眼差しの陽奈希と、そんな妹を恍惚とした表情をしながら見つめる沙空乃。

 ……これ多分、二人が俺だけに見せるためにわざわざ撮ってくれた写真だよな。

 他人に見せるには、ちょっと無防備すぎる姿をしているし。


「……? どうしたんです?」


 俺が双子のパジャマ写真を見せるか躊躇っていると、三ノ宮さんが不思議そうな顔で見てきた。

 ……そう言えば、沙空乃と陽奈希がミスコンで同時優勝した時のツーショットがあったっけ。


「えーっと……ほら、これだ」

 

 俺はドレス風の衣装を来て並び立つ沙空乃と陽奈希の写真をスマホに表示し、三ノ宮さんに見せた。


「おー、双子ですか? 二人ともすっごく綺麗でかわいい……この人たち、もしかして西高で有名だっていう美少女双子姉妹? なんか聞いたことあるかも」


 どうやら沙空乃と陽奈希の名前は、近隣の他校にまで轟いているらしい。

 ……改めてすごいな、二人とも。


「それで、この二人のどっちが渉先輩の彼女さんなんです?」

「その……二人ともだ」

「え……二人ともって、ええ!?」


 少し言いにくさを感じながら告げると、案の定驚かれた。

 が、すぐに三ノ宮さんは真剣な顔で考え込むような素振りを見せて。


「……でも。それならむしろ、まだ私にもチャンスがあるかも……?」

「ん? チャンス?」

「いえ、こっちの話です」


 漏れ聞こえてきた独り言を拾ってみたが、三ノ宮さんは詳しく答えてくれなかった。


「で、今日はこの二人の誕生日プレゼントを買いに来た、と」

「ああ。けど彼女にプレゼントを贈ったりするのは初めてだから、よく分からなくて」

「まあそうですよねえ……もし良かったら、私が手伝ってあげましょうか? プレゼント選び」


 うんうん、と共感するような素振りを見せながら、三ノ宮さんはそんな提案をしてきた。


「いや……けど、いいのか?」

「渉先輩としても女子の意見があった方が参考になるだろうし、子猫の件のお礼ってことで」

「だから、わざわざお礼をしてもらうほどのことじゃないって……」

「うん。だからこれくらいなら、渉先輩も受け取りやすいだろうし、正直一人で選ぶよりも助かるでしょ?」


 俺の遠慮を解きほぐすように、三ノ宮さんは笑顔を向けてくる。


「そう……だな。じゃあ、お願いしてもいいか?」

「はい! ではではさっそく、駅前のショッピングモールに行きましょうか!」


 三ノ宮さんは満足そうな表情を浮かべると、意気揚々と立ち上がった。

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