第46話 こういうのも、一途っていうんですかね
俺は公園で偶然出会った他校の一年生、三ノ
三日後に控える
「何か物を贈る、ってことならやっぱり身に付けるものが定番じゃないですか?」
平日の昼過ぎということで、客足がまばらなモール内を歩きながら、三ノ宮さんはそう言う。
現在俺たちがいるのは、服や化粧品やアクセサリーなどを取り扱う、モールの中でも女性向けのショップが多く集まっている区画だ。
「確かに俺も、なんとなくそんなイメージはしてたけど……それって、どういう理由があるんだ?」
「例えば彼氏を身近に感じられますし、友達に自慢したりもできるので」
「なるほどな……」
「そういう意味では、マグカップみたいな日用品は全くナシではないけど、学校に持っていけないから優先度は下がるかもですね」
三ノ宮さんは女子高生ならではの目線で、アドバイスしてくれる。
「あとは値段的な話ですけど……何を贈るにせよ、
安すぎる場合を言及しないのは、論外ってことか。
「どちらにせよ、二人分となると予算的に高価なプレゼントなんて無理だな……情けない話だけど」
「いやあ、高校生なんてそんなもんじゃないですか?」
三ノ宮さんは、けらけらと笑う。
「でも……彼女が二人いて、しかも双子ってなると難しいですねー」
「同じ物を買うか、それぞれ別の物を買うかってところから始まるからな……」
周りの店をなんとなく眺めてみても、残念ながら俺の知識では何が良くて何が悪いのかなんて区別がつかない。
「もしくは似てるけどちょっと違う、カラーバリエーションみたいな感じで揃えるのもオシャレかも?」
「あとは、沙空乃と陽奈希も毎年お互いにプレゼントを贈りあってるから、そこと被らないようにもしたいってのもある」
「いっそのこと、当日に本人たちとデートしながら直接買う、ってやり方もありだったかもですね?」
「一理あるけど……7月7日は平日で学校があるから、ゆっくりデートしてる余裕もないんだよな。夕方からは、二人の家でパーティをすることになってるし」
沙空乃と陽奈希の誕生日は毎年、双子姉妹と両親を合わせた家族四人でホームパーティをして祝うのが慣例だったらしい。
が、今年に限って、これまでは無理をしてでもスケジュールを調整していた二人の両親が「外でデートしてくる」などと称して不在なのだとか。
その代わり……というわけじゃないだろうけど、俺が招待された。
今年は双子姉妹と俺の、三人だけで誕生日を祝うわけだ。
……ひょっとしたら、二人の両親に気を利かせてもらったのかもしれない。
いつかちゃんと、挨拶しよう。
「へー……当日の予定はもう決まっちゃってるから、それまでに用意する必要があるわけですか」
「ああ、そういうことだ」
頷く俺に対し、三ノ宮さんは悩ましげに唸り声を漏らす。
「うーん……改めて考えると難しいですねえ、プレゼント選びって。結局私、彼女さんたちと会ったことないから、無難なことしか言えないし」
「俺からすれば、それで充分ありがたい話だけどな。何か他にもないか? 女子目線ならではの、注意点みたいなこととか」
俺の問いに対し、三ノ宮さんは含みのある笑いを浮かべた。
「あまりにも渉先輩のセンスからかけ離れたものを選ぶのもNG……かな?」
「それは……どういう理由で?」
「だって、他の女の気配がしちゃうでしょ?」
「ああ……確かに、自分で選んだ感じが無いプレゼントは駄目だよな。実際手伝ってもらってるんだから、しょうもない見栄なのかもしれないけど」
俺がそう納得すると、三ノ宮さんは目を瞬かせた。
「いや、私が言いたいのはそういうことじゃなくてですね?」
「じゃあ、どういうことだ?」
今一つ話を理解できていない俺に対し、三ノ宮さんはなんとも言えない顔をして。
「……こうなったらいっそ、私のセンスをバリバリに出しちゃった方が好都合かもしれません」
目を逸らしながら、ぼそりと呟いた。
「ま、そんなコスい真似して略奪しても、長続きしなさそうだから私はしませんけどね」
「あー……そうか?」
得意げな顔をする三ノ宮さんだったが、結局俺には何の話をしているのかピンと来なかった。
「やれやれ……」
そんな俺の心中を察してか、三ノ宮さんは呆れたような顔をする。
「改めて本題に戻りますけど、やっぱり身に着けられるものと言えばアクセサリーですかね」
機嫌を損ねてしまったか思ったけど、そういうわけではなかったらしい。
三ノ宮さんは気を取り直して、アドバイスを続けてくれる。
「アクセサリーって、ネックレスとかのことか?」
「それだと二人分はお財布的に厳しいかもしれません。ブレスレットくらいにしておくのが、値段的にも無難かもしれませんね。かわいいし、いつでも着けていられますし」
「あとは……コスメもいいですね」
「コスメ……って例えばこういうのだよな」
俺はちょうど目の前を通りがかった化粧品専門店の店頭に陳列されていた、口紅……というよりはリップクリームらしき商品を指し示す。
「ああ、良いかもですね。ここに置いてあるブランドなら、一つ4000円程で収まるでしょうし。リップなら化粧に厳しい校則がある学校でも使えそうですからね」
「ちなみに、どんなのが良いんだ? 種類とか色とか」
店の前で足を止めてみるが、リップと言ってもブランドや色が豊富で、やっぱり俺には差が分からない。
「学校でも使うことを考えたら、ナチュラルな色合いがオススメです。あとは流行りの色なんかを店員さんに聞いてみる、とかがセオリーでしょうけど……」
そこまでいってから、三ノ宮さんは続きを言い淀むような素振りを見せた。
「けど、なんだ? もしかして、セオリーじゃない選び方みたいなものがあるとか?」
「はい、そんなところです。聞きたいですか?」
三ノ宮さんは意味ありげに目を細めて笑う。
……そんな聞き方をされると、やはり気になってしまう。
「そう、だな。せっかくだし聞かせてくれ」
「分かりました。ズバリ……どのリップを着けてる彼女さんたちとキスしたいか、で選ぶやり方です」
「な……」
俺は驚きかけてから、考え直した。
当たり前だけど、リップと言えば唇に塗るためのものだ。
彼氏である俺は、彼女である沙空乃や陽奈希の唇に、キスをしたりもする。
だったらその時に、彼女たちの唇がより魅力的であった方が良いと考えるのは、おかしな話では……いや。
「……それって結構変というか、変態っぽいと思われないか?」
「直接伝えなければ問題ナシです。ま、仮に伝えたとしても、好きな人にキスしたいって言われて嫌がる女の子は稀だと思うんで、多分大丈夫です」
「そういうものか……」
三ノ宮さんの言葉に、俺は微妙に納得しきれない。
「何より、この選び方ならちゃんと渉先輩らしさみたいなものが表れますよ」
……その「らしさ」は性癖的な何かじゃないだろうか。
まあ、キスしたいか云々は一度頭の片隅に置いておくとしても。
どんな色が二人に似合いそうか、実際にここに並んでいるリップを着けた沙空乃や陽奈希を想像しながら選ぶのは、方向性としては間違っていないだろう。
「ふむ……」
俺は化粧品に対する知識なんて全く無いなりに、並んでいるリップを見比べる。
それらをつけている、沙空乃や陽奈希の姿を思い浮かべていると。
「…………」
キスをする際の唇の感触、息遣い、仄かに甘い女の子のにおい。沙空乃と陽奈希、二人分が、それぞれに。
つい、余計な記憶が、脳内に甦ってくる。
……駄目だ。やっぱり俺は変態なのかもしれない。
◆◆◆
邪な思考をどうにか振り払い、数分悩んだ末に、俺は一つ4000円ほどのリップクリームを二つ購入することにした。
どちらも全く同じブランド、同じ色だ。
直接沙空乃や陽奈希に確認したことはないけど、普段から二人とも同じ化粧品を使っているような印象だったから、変に別々のものを選ぶよりも間違いないだろう。
瓜二つの容貌をした双子だから、自然と似合いそうなものが同じになる、なんて理由もある。
安くはない出費だけど、初めての記念日だしそれなりの物はプレゼントしたいから、後悔はしていない。
「ずっと悩んでたのに、決めるときはあっさりでしたね。他を見て回ったりはしないんです?」
レジで支払いを終え、プレゼント用にラッピングされた品物を受け取る俺の横で、三ノ宮さんはそんな疑問を口にする。
「まあ、色々見ても目移りするだけだろうし……こういうのは直感に頼るのが一番だろ」
「ふーん……そんなに彼女さんたちとキスしたいんですか」
面白がるような視線を、三ノ宮さんは向けてくる。
「……勝手に決めつけるなよ」
「なんと言おうが無駄ですよ、どんなリップをつけた彼女さんとキスしたいか想像しながら買い物をした渉先輩」
店の出口に向かう途中、たった今購入したリップが陳列されていた辺りで、俺をからかっていた三ノ宮さんは足を止めた。
「ところで、そんな渉先輩に質問があるんですけど……私には、どれが似合うと思います?」
「……あー、すまない。ピンと来ないというか、選べないというか」
「ははーん……私、先輩がどういう人なのか、少し分かった気がします」
実に歯切れの悪い俺の答えに対し、三ノ宮さんは不満そうな顔をすることなく、むしろどこか嬉しそうに、小さく笑った。
◆◆◆
目的を済ませた俺と三ノ宮さんは、ショッピングモールを出た。
「それにしても……ありがとう。今日は助かった」
「助かったも何も、お礼ってことでしたからね。子猫を助けてもらった件の」
お礼を言う俺に、三ノ宮さんは爽やかな表情で返してくる。
「そう言えば、元々はそんな話だったな……忘れてた」
「カフェに行ったり買い物をしたりしている内に、けっこう時間が経っちゃいましたからね」
言われてスマホの時刻表示を確認してみると、間もなく16時になろうかという頃合いだった。
「そう言えば、三ノ宮さんって寮暮らしなんだよな。門限とかって大丈夫なのか?」
「流石にまだセーフですけど……そろそろ帰らないとギリギリになっちゃいそうです」
三ノ宮さんはそう答えながら、スマホを取り出して。
「だからその前に、渉先輩。私とライン交換しましょう」
「ああ、分かった」
三ノ宮さんからの誘いに、俺は首肯する。
ちょうど手に持っていたスマホを操作し、ラインのプロフィールから友達追加用のQRコードを呼び出して……。
三ノ宮さんが、呆れたような眼差しをこちらに向けていた。
「うーん、先輩。もうちょっと気を使った方がいいんじゃないですか? こんな気軽に女の子と連絡先交換しちゃって」
「いや、誘ってきたのは三ノ宮さんの方だろ?」
「そうですけど……彼女さんたちからすれば、いい気はしないかもですよ? 逆ナンしてきた私と買い物デートしてるのも含めて」
「逆ナン……買い物デート……?」
そんな指摘を受けて、俺の脳内で歯車が噛み合うような音がした。
「そういう風に見られてもおかしくない状況だった……のか。確かに気が回ってなかったかもな」
今さら気づいた俺の反応を見て、三ノ宮さんはやれやれと額に手を当てる。
こっちはガッツリその気だったんだけどなあ、みたいな呟きが同時に漏れ聞こえてきた。
「なんとなーく察してはいましたけど、渉先輩。彼女さんたち以外の女の子のこと、異性として見てませんね? だから私の言動の意味も理解できなかったと考えたら、なんか納得ですし」
三ノ宮さんから向けられる、刺々しさを感じる視線。
「あー……もしかして、責められてる?」
「どちらかと言えば褒めてるんじゃないですか? ちょっと鈍感すぎな気もしますけど……彼女以外の女に目移りしないのは、悪いことではないですし」
そう答える三ノ宮さんの表情は柔らかいが、どこか諦めみたいな感情が混じっているようにも見えた。
「こういう場合も、一途っていうんですかねー? 先輩の場合、特定の相手が二人いるからだいぶ怪しいですけど」
確かに一途という表現が俺に当てはまるのかは分からない。
ただ、買い物中は「何を選んだら沙空乃と陽奈希が喜んでくれるか」しか考えていなかったのは事実だ。
恋人のプレゼントを買いつつ、他校の後輩女子とデート……みたいな発想は、微塵もなかった。
……なんだろう。
沙空乃と陽奈希の彼氏としては間違ってはいないはずなんだけど、三ノ宮さんには失礼なことをしたような気がする。
「その……悪かったな、色々と」
「いえいえ。今は渉先輩の眼中にないかもしれないけど、私は諦めませんよ! むしろちょっと惚れ直しました!」
三ノ宮さんは気を悪くする素振りもなく言うと、俺の手からスマホを引ったくった。
「惚れ直すって……あ、おい」
制止する俺の声には構わず、三ノ宮さんは自分と俺のスマホを操作し、勝手に連絡先を交換してしまう。
用を果たすと、三ノ宮さんは俺のスマホをひょいと投げ返してきた。
「じゃ、また連絡しますので! 無視しないでくださいよ!」
びしっ、と額の前で敬礼するようなポーズを取ってから、三ノ宮さんは小走りで去っていった。
その姿を見届けてから、俺は投げ渡されたスマホを確かめる。
ラインの連絡先に『愛しの後輩なずなちゃん』などという名前が追加されていた。
正直、今日あったばかりの三ノ宮さんがどの程度本気なのかは分からない。あまり仲良くし過ぎるのは、沙空乃や陽奈希を裏切るようなことにもなってしまう。
ただ、プレゼント選びを手伝ってもらった恩人である手前、あまり無下にもできないが、それはそれとして。
……この名前だけは、すぐに変更しておこう。
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