第38話 勘違いと迷い
沙空乃と陽奈希から告げられた発言に、俺は困惑しきっていた。
「俺が……二人の恋人…?」
「はい。だって渉くんは、言ってくれたじゃないですか」
沙空乃はさも当然のように、そして上機嫌そうに、首肯する。
「渉くんは、私と陽奈希が喧嘩していた時に『好きな人と一緒に文化祭を楽しみたい、三人で一緒に笑いたい』と言ってくれましたよね?」
「ああ……今日のことを誘った時だよな」
「ええ。私と陽奈希のことが好きで、一緒にいたい……つまりあれは告白、ということですよね?」
思い返すように言う沙空乃は、実に幸せそうだ。
……つまり、これって。
文化祭を一緒に回ろうと誘った時のやり取りが、告白だと勘違いされていた、ってことだよな。
『付き合ってほしい』とか『恋人になってほしい』なんて言い回しをした覚えはないけど。
確かに『好き』とか『一緒がいい』みたいなことを口にしてはいた。
……なるほど。
「そういう風に取れなくもない……のか?」
けどやっぱり、腑に落ちないような。
「渉くんの反応や雰囲気も良い感じでしたし……ふふっ、今思い返してもドキドキしてきます」
納得しきれていない俺をよそに、かわいらしく照れる沙空乃。
そんな姉を、陽奈希は横からくすくすとからかう。
「実は憧れのシチュエーションだったりした? 沙空乃って、意外と少女漫画とか好きだもんね」
「は、恥ずかしいからやめてください……渉くんに子供っぽいと思われてしまうではないですか」
……二人が盛り上がっているこの状況の中、どう説明したものか。
難しいところではあるけど、これ以上事態を複雑化させないためには、ありのままを伝えて誤解を解くしかないだろう。
「二人とも、ちょっといいか?」
俺の声に、「んー?」「なんでしょうか?」と二人の注目が集まる。
「その……確かに俺は沙空乃と陽奈希のことが好きだ」
そう口にした瞬間、その場にそこはかとなく浮わついた空気が流れ出した。
「うんっ、ありがとね」
「……改めて言われると、やはり照れますね」
こうも一々喜ばれると、俺としては嬉しさよりも後ろめたさが勝ってしまう。
しかし今はそんな気持ちも振り払って、話を続ける。
「ただ、あの時も言ったけど……俺はさ。お互いを思い合っているのに、俺のせいで話が拗れて落ち込んでいる二人の姿を見て、自分が許せなかったんだよ。だから絶対に俺が解決しないと、って気持ちで頭が一杯だったっていうか……」
俺の態度からただならぬ気配を感じたのか、沙空乃と陽奈希は静かに話を聞いてくれている。
「とにかく……あの時の言葉には、『沙空乃と陽奈希が仲直りして、また笑顔になってほしい』って以上の意味はなくて……俺としては、告白したつもりは無かったんだ」
俺が言い終えると、沙空乃の顔色が一変した。
「そ、そうだったんですか……? もしかして私、とんでもない勘違いを……」
沙空乃はうわ言のようにそう呟いたきり、呆然としてしまった。
どうやらかなりの衝撃だったらしい。
……これ、どうやって埋め合わせしたらいいんだろう。
しかも沙空乃だけでなく、陽奈希も同時となると……と危惧しながら双子姉妹の妹の方を見ると、思いの外冷静な様子だった。
「なあ、陽奈希も沙空乃と同じような勘違いをしてた……んだよな」
「え? まあ、うん。沙空乃もそんな感じで言ってたし……ちょっと引っ掛かってはいたけど、せっかくだし乗っかっておこうかな、みたいな?」
頷きはするものの、やはり陽奈希の口調はどこか軽いように感じられる。
もしかして、陽奈希は薄々察していた……のか?
だとしたら、それはそれでどういうつもりなのか分からないんだけど……。
「うーん……純粋に仲直りしてもらいたかったって渉の気持ち自体は嬉しいんだけどさ」
逆に混乱させられていた俺に対し、陽奈希は悩ましげに切り出した。
「渉としてはまだ、具体的に誰とどうなりたいって結論までは出ていない、ってこと?」
「付き合うとか付き合わないって話なら……そうだな」
「じゃあ、わたしと沙空乃の両方と付き合うって発想自体、そもそもなかった?」
「それは、な。普通は思い付かないだろ」
校内一の美少女双子姉妹である、沙空乃と陽奈希。
そんな二人と同時に付き合う。
今まで考えたこともなかったけど……確かに俺は、二人のことが好きだ。
ならいっそ……って、それは流石に都合が良すぎるだろ。
何より、二人のためにならない気がする。
三人で付き合うなんて、イレギュラーすぎるし。
きっと、色々と問題や障害が付きまとうはずだ。
その中で、二人の笑顔が損なわれることだって、あるかもしれない。
しかし、だとしたらどうすればーー
「もしかして渉くんは、私たちのどちらかとしか付き合うつもりがない……んでしょうか」
俺が自問自答していると、沙空乃が不安そうな声を発した。
両方じゃないなら片方と……というのは、現実的な発想なのかもしれない。
望んでいるかどうかは、別として。
「うーん……」
そんな沙空乃の横で、陽奈希は何か考えるように唸り声を漏らす。
「渉は今、迷ってるんだと思うよ。その理由もきっと、わたしたちのことを考えてくれているからこそだと思うし……ね?」
そう言って、陽奈希は信頼しきった眼差しを向けてくる。
……迷っているのは事実だけど、果たしてそんなに上等な理由なんだろうか。
今は陽奈希の視線が、少し痛い。
「だからね沙空乃、こういうのはどうかな?」
物憂げな沙空乃とは対照的に明るい様子の陽奈希は、そう言って何やら姉に耳打ちし始めた。
俺に背を向け、双子だけで内緒話を始める。
「それで……こうしたら…………」
「……おお…………なるほど……」
得意げに何かを提案しているらしき陽奈希に、沙空乃が感心しているような声を漏らしている……ように聞こえる。
「それなら二人とも…………でしょ?」
「…………いいですね、それでいきましょう……!」
どうやら話が纏まったらしい。
背を向けていた双子が、再びこっちを向く。
さっきまで暗かった沙空乃の顔色が、すっかり良くなっていた。
「あの、渉くん」
「ああ、なんだ……?」
「渉くんがまだ迷っているというのなら……ミスコンで白黒つける、というのはどうでしょうか!?」
やや食い気味に、そう提案してくる沙空乃。
「えっと……つまりどういうことだ?」
気圧された俺が趣旨を呑み込めずにいると、陽奈希が補足してきた。
「要するに、ちょっとした勝負みたいなものかな。わたしたちの内、ミスコンで優勝した方のお願いをひとつだけ、負けた方と渉が聞くって内容の」
……その言い方だと、双子のどっちかが勝つ前提で話を進めているように聞こえる。
実際、大本命ではあるけど……それよりも。
「その条件だと……勝負に関われない俺は、問答無用でどっちかの言うことを聞かないといけないってことだよな?」
双子どうしはともかく、俺には不利すぎる内容だけど。
「そこは優勝したご褒美ってことで、いいでしょ?」
好きな人からかわいらしくおねだりされてしまったら、首を縦に振らざるをえなかった。
「……その条件は飲むとして、だ。話の流れ的に二人のお願いってのは、勝った方が俺と付き合うことを負けた方に認めさせる……みたいなことなのか?」
「うーん……微妙に違うかな。何をお願いするかは、勝った方次第だし」
「まあ渉くんが言うように、自分だけが渉くんと付き合うというのも、望むなら可能ではありますが」
双子は口々にそう言って、何やら意味ありげに笑みを交わし合う。
「けど、やっぱりそのやり方じゃ……」
下手をすれば、せっかく仲直りした双子の関係が、俺のせいでまた拗れたりしてしまわないだろうか。
……軽々しく勝負の条件を飲むと言ったことを、後悔し始めた。
「渉は心配しなくても大丈夫だよ?」
「ええ、私たちは昨日までみたいなことにはなりませんから」
俺の憂慮を見透かしたような、双子の声。
「それは、どういう……」
……意味なんだ?
と続けようとしたところで、控え室の扉をノックする音が響いた。
「すみませーん、先輩方ー。そろそろ出番なので、舞台の方までお願いできますかー」
双子の知り合いである、文化祭実行委員の後輩女子の声だ。
「おっと、もうそんな時間でしたか……」
「はーい、今行くねー」
後輩の声に答え、にわかに支度を始める沙空乃と陽奈希。
「待ってくれ、まだ話は終わって……」
「さて、と。とにかく渉は、わたしたちのこと応援しててね? それで、勝った方のお願いを聞くってことで、決定!」
「ふふっ、渉くんからのご褒美、楽しみです」
引き留めようとする俺の声を遮って、沙空乃と陽奈希は強引に話を打ち切ろうとしてくる。
「いやだから……!」
「じゃあ、また後でね!」
反論しようとする俺だったが、双子姉妹は有無を言わさず部屋を出ていってしまった。
……結局、二人の思惑を理解しきれなかった。
けど、現状の曖昧な関係に対して、何かしらの答えを出そうとしているのは、間違いない。
……俺だけが、いつまでもこのままというわけには、いかないんだろう。
改めて、俺がどうしたいのか、自問しようとして。
ピロン。
スマホの通知音が鳴った。
妹の
『至急、大事な相談があるから会いたい』
……悩みを相談したいのは、どちらかと言えばこっちなんだけど。
近頃反抗期気味の妹がわざわざこんな連絡を兄に寄越すんだから、よっぽどなんだろう。
……どうやら今日は、休まる暇のない一日になりそうだ。
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