第36話 仲が良いのは分かるけど

 ミスコン出場が決定した沙空乃と陽奈希は、準備のために控え室へと案内されていた。

 普段は空き教室として持て余されているそこで二人が衣装に着替えている間、俺は部屋の外で待機している。


「会場の方を見に行ってみたけど……かなり賑わってるみたいだぞ」

「やっぱり、沙空乃が出場するおかげかな? 校内一の美少女なんて言われるくらいには、誰からも慕われてるし」


 扉に背中を預けながら室内に向けて言うと、陽奈希の声が返ってきた。 


「む……人気の話をするなら、陽奈希だって負けていないですよ?」

「そう……なの?」


 褒めたはずの双子の姉から異議を唱えられて、陽奈希は戸惑いの声をあげる。


「ええ。文化祭を始め、様々なイベントで皆さんが楽しめるように陽奈希が頑張ってきた姿を知る人は、あなたが思っている以上に多いですから」

「そっかー。だとしたら、ちょっと嬉しいかも……?」

「ふふ。何より陽奈希はこの通り、世界の誰よりもかわいいですからね。ミスコンが賑わっているのは、全て陽奈希のおかげと言っても過言ではありません!」

「うーん……それは過言じゃないかな?」


 ……相変わらずのシスコンぶりだな、沙空乃は。

 一人で盛り上がって、陽奈希が置いてきぼりになってるしーー


「渉くんも、そう思いますよね!?」


 他人事のように聞いていたら、沙空乃の矛先がこっちに向けられた。


「あー……」

「やっぱり渉は、沙空乃のおかげだと思うよね?」


 次いで、陽奈希からも同じように問いかけられる。

 ……沙空乃ほどあからさまではないけど、陽奈希も大概、姉のことが好きすぎると思う。


「……どっちのおかげってよりは、二人のおかげじゃないか?」

 無難な答えではある。けど、実際俺はそう思っているし、『美少女双子姉妹が飛び入り参加!』なんて触れ込みで集客しているようだし、間違ってはいない。


「…………」

「…………」


 無言。

 ……あれ。答え方、間違えたか?


「ふふ。そっか、わたしたち二人のおかげか……うん、そうだね」

「ええ、渉くんがそういうなら、そういうことにしておきましょうか」


 少しして聞こえてきたのは、喜色の混じった姉妹の言葉と、小さな笑い声。

 ……もしかして、最初から俺にこういう台詞を言わせたかったんだろうか、二人は。


「だとしたら、一杯食わされた……のか?」


 室内に聞こえないように、一人呟く。

 ……まあなんにせよ、二人が楽しそうならそれでいいか。

 本番直前、しかも自分達目当てで多くの客が詰めかけている状況なのに、この余裕っぷりは流石校内の有名人だ。


「渉ー、入っていいよー」


 下らないことを考えていたら、室内の陽奈希から呼び掛けられた。

 どうやら着替え終わったらしい。


「ああ、わかっーー」

「な、なあっ……!? ちょっと待ってくださ……」


 返事をしながら扉を開くと、慌てたような沙空乃の声が聞こえてきたが……その声に違和感を覚えた時にはもう、手遅れだった。

 扉を開けた先。控え室には、衣装に着替え終わってにこにことこちらを見る陽奈希と。

 半裸に近い状態で立ち尽くす、着替え途中の沙空乃がいた。

 

「あ、あぅ……」


 耳まで真っ赤にしている沙空乃は、混乱しているのかその場でフリーズしている。

 露わになった白い肌と均整の取れた肢体に、俺は釘付けにーー


「わ、悪い……!」


 ーーなりそうになったところで、慌てて顔を背けた。

 が、その先にあった鏡にも沙空乃の姿が写っていて、ばっちりと目が合った。


「ひゃ、ひゃあ……!?」


 いよいよ目が離せなくなりそうになったところで、我に反った沙空乃が奇妙な声を発しながら衝立の後ろに隠れた。


「う、うぅ~……なにを考えているんですか陽奈希……!」


 仕切りの向こうから聞こえてくる、恨みがましい沙空乃の声。


「えへへ。渉に誉めてもらっちゃったし、サービスしてあげようかと思って」

「だ、だったら自分のを見せればいいでしょう……!」


 ……いや、それはそれで目のやり場に困るというか、どうしたらいいか分からなくなるというか。


「んー……それもそうだね」


 そんな俺の内心とは裏腹に、陽奈希は納得したように頷いてから、こっちを見た。

 ……今度は何をやらかすつもりなんだ。


「えっと、どうかな……似合ってる?」


 陽奈希は身に纏った衣装を見せつけるようにその場でくるりと回転した。

 レース生地で拵えられた、ミントグリーンのドレスをはためかせながら、陽奈希ははにかむ。


「ああ。明るくて、清楚な雰囲気があるというか……とにかく、陽奈希らしくてよく似合ってると思う」

「えへへ……渉ってば、べた誉めだねえ……?」

「べ、別に……感じたままを口にしただけだ」

「ふふ……そっかー、ありがと」 


 言っていて自分で恥ずかしくなるような台詞だったけど、陽奈希が嬉しそうだから良しとするか。

 ……それにしても。

 陽奈希のこんな姿を真っ先に見れる俺は、贅沢な人間だと思う。 


「あのー、手伝ってもらってもいいですか? 背中のファスナーが思うように上げられなくて……」


 陽奈希の晴れ姿に見とれていると、仕切りの向こうから沙空乃の声が聞こえてきた。

 何やら困っている様子だ。


「だって。渉、手伝ってあげて?」

「いや、俺が……?」


 俺にはドレスの着方についての知識なんてないし、どう考えても陽奈希の方が適任だと思うんだけど。

 さっき沙空乃のあられもない姿を目撃してしまったとなると、尚更気まずさもあるし。


「私としては、できれば陽奈希にお願いしたいのですが……」


 沙空乃も同じように考えているらしい……が。


「えー……沙空乃は、渉じゃ嫌なの?」

「むぅ……嫌というわけではありませんが……」

「心のどこかでは『渉にやってもらいたいなー』って思ってたりするんじゃない?」

「そ、そんなことは……」

「ここは、自分の気持ちに素直になった方がお得だと思うよ?」

「……で、ではお願いします、渉くん」


 割とあっさり、陽奈希に言いくるめられていた。


「ふふ。渉ってば、頼りにされてるねえ」

「もうっ、陽奈希がけしかけたんでしょう……!」


 楽しげな陽奈希に、沙空乃はそう反論した後で。


「……まあ、間違ってはいませんけど」


 ぽつり、と呟きを漏らした。

 ……独り言のつもりかもしれないけど、ばっちり聞こえてますよ沙空乃さん。

 どうやら陽奈希も聞き逃さなかったらしく、俺を見てやたら嬉しそうに笑いかけてくる。


「……仲が良いのは分かるけど、あんまりからかい過ぎるなよ?」

「あはは……沙空乃の反応がかわいいから、つい」


 この調子だと、あまり反省はしていなさそうだけど……とりあえず置いておこう。

 俺は頼まれた通り、沙空乃がいる仕切りの方へと向かうことにした。

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