第35話 私でも、ちょっとした賑やかし程度にはなるでしょう?
昼食を終え、今度は体育館に設けられたメインステージを覗きに行こうという話になった。
相変わらず、双子姉妹に左右を固められながら校庭を歩いていると。
「おや、あの子は……?」
遠くの方に目を向けながら、沙空乃が呟いた。
その視線の先を見ると、一年生と思われる女子が、何やら困った様子で右往左往している。
「知り合いなのか?」
「ええ、テニス部の後輩です。そう言えば、……あの子も文化祭の実行委員でしたよね?」
「うん。確か今日はメインステージの運営担当だったような……」
沙空乃の問いに、文化祭実行委員の一人である陽奈希が頷く。
「何かトラブルでもあったのでしょうか?」
「あの感じだと、そうなのかも……」
二人とも、それなりに交流があるらしい後輩を心配しているようだ。
「なら、ちょっと事情を聞いてみるか」
「そうだね……おーい!」
陽奈希はぶんぶんと手を府って、後輩に呼びかける。
後輩の女の子は、既知の先輩である陽奈希や沙空乃に気づき、どこか安堵したような顔を浮かべながら駆け寄ってきた。
「陽奈希先輩、沙空乃先輩……!」
後輩女子は救いを求めるような眼差しを双子姉妹に向ける。
「随分困った様子でしたが……何か問題でもあったのですか?」
「やっぱり、メインステージの方でトラブルとか?」
口々に尋ねる沙空乃と陽奈希に対し、後輩女子は乱れた呼吸を整えてから答えた。
「先輩たちは、この後メインステージで校内の女子生徒によるミスコンが開催されるのはご存じですか?」
「ええ、まあ。そういうイベントがあることくらいは」
「実はそのミスコンに出場予定だった人が、急に体調が悪くなったりクラスの出し物が忙しかったりで、半分近くの方が直前で出場キャンセルになってしまいまして……今、参加者が足りていないんです」
「つまり、今のままだとミスコンが今一つ盛り上がりそうにないってこと?」
「はい……このままだと、イベント自体が失敗してしまいそうで……」
陽奈希の問いに、後輩女子は悲嘆混じりに答える。
「しかも今回は、この学校のOGである有名なデザイナーさんにお願いして、豪華な衣装をお借りしたりもしているので、失敗するわけにはいかないんです……」
「それは……そのデザイナーさんのメンツを潰してしまうから、ですか?」
「はい……」
よほど重圧を感じているのか、後輩女子の声は今にも消え入りそうなくらい弱々しい。
「そう言えば、そんな話もあったねー……確かその人、毎年けっこうな額の寄付金を学校に納めてくれているお得意さん? らしいから、校長先生もわざわざ実行委員会の集まりに顔を出して『しっかりやるように』なんて言ってきたっけ」
「そんな大人の事情みたいなのを、一方的に生徒に押し付けられてもな……」
おかげでこの女子はプレッシャーに押し潰されそうになっているし、教育者としてどうなんだ校長よ。
「むむ……」
「……? どうしたんだ沙空乃」
ふと横を見ると、沙空乃が何やら考え込むような素振りを見せていた。
「……要するに、ミスコンが盛り上がれば何も問題ないんですよね?」
「はい、そうですけど……」
「では、私がミスコンに出場するというのはどうでしょうか。飛び入り参加が可能なら、ですけど」
凛とした微笑を後輩に向けながら、沙空乃はそう切り出した。
「沙空乃先輩が、ミスコンに出てくれるんですか……?」
「ええ。私でも、ちょっとした賑やかし程度にはなるでしょう?」
「に、賑やかし程度なんてとんでもない! 沙空乃先輩が出場してくれたら、優勝大本命ですよ!」
息を吹き替えしたように、後輩女子の顔が明るくなった。
「そういうことなら……わたしも出場しちゃおうかな? 運営面で実行委員の人手が足りないなら、そっちを手伝うけど」
面白そうだとばかりに、今度は陽奈希がそう言い出した。
「陽奈希先輩も、ぜひ! 運営の人手は私以外にもいますから!」
「そっか。じゃあわたしたち二人分の参加手続き、お願いしてもいいかな?」
「はい! さっそく宣伝の準備もしてきますね! 校内でも超有名な美少女双子姉妹が覇を競う……最高に盛り上がること間違いなしです!」
後輩女子はそう言い残すと、意気揚々とした足取りで走り去っていった。
「ふふ、がんばってくださいね」
沙空乃はそんな後輩の背中を、優しげな顔で見送ってから。
「はっ……!」
何やら、我に返ったように目を見開いた。
「んー? どうしたの沙空乃、何か問題でもあった?」
「はい……せっかく三人でデートしていたのに、私の一存で別の予定を作ってしまって……本当に申し訳ありません。陽奈希にも付き合わせることになってしまいましたし……」
沙空乃はしゅん、と肩を落としている。
どうやら、『三人で文化祭を回る』という約束よりも他のことを優先したのを気にしているらしい。
「別に謝るようなことじゃないだろ? 困ってる後輩のために自分ができることをしたんだから、むしろ胸を張るべきだ」
「そう……でしょうか」
「ああ。さっきはかっこいい先輩って感じで、沙空乃らしかったと思うぞ」
「うんうん、流石わたしのお姉ちゃんって感じでかっこよかったよ!」
俺の言葉に陽奈希も笑顔で追随する。
「かっこよかった、ですか……ふふふ」
沙空乃は俺と陽奈希に誉められて、満更でもなさそうに照れ笑いを浮かべている。
「それにわたしが出場するのも、沙空乃に付き合わされたんじゃなくて、自分が出たかったからだし……けっこう楽しみにしてるんだよ?」
「そうなんですか? 陽奈希って、人前で目立ちたがるタイプではなかったはずですけど……」
「だって、渉に晴れ姿を見てもらえるでしょ?」
陽奈希はくすりと笑いながら、俺に目配せしてきた。
「な、なるほど……」
「沙空乃だって、華やかな衣装を着てるところ、渉に見てもらいたいでしょ?」
「そ、それは……」
陽奈希の問いに、沙空乃は恥ずかしそうに視線をさまよわせた後、こくりと頷いた。
「はい……私も、渉くんに晴れ姿を見てもらいたいです」
ぎゅっと、隣に立つ俺の手を握りしめながら。
……気持ちはよく分かったし嬉しいけど、これは反則だと思う。
主に、かわいすぎるという意味で。
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