第32話 贅沢な独り占め

「むぅー……未だに納得できません……」


 そう言って露骨に不服そうな膨れ面をしているのは、お淑やかで知られる校内一の美少女、天宮あまみや沙空乃さくのだ。

 廊下をすれ違う生徒たちは、普段はあまり見られない彼女の表情を前に、物珍しそうな視線を向けている。


「ごめんごめん。でもお店のルールだから……ね?」


 双子の妹にして瓜二つの美少女である陽奈希ひなきが、沙空乃さくのに向けて子供を慰めるような声を掛けながら、頭を撫でる。


「……もっと撫でてくれたら許します」


 現在、沙空乃がコスプレクレープ喫茶を出入り禁止となった少し後。

 自業自得とはいえ、追い払って放置ではかわいそうだからと、俺と陽奈希は休憩を貰って沙空乃と合流したんだけど……この調子ならもう大丈夫そうだ。

 

「それと、一緒に写真を撮ってください」

「え、この格好で……? それはちょっと……着るのだって、けっこう恥ずかしかったし」


 陽奈希は今、沙空乃たっての希望でテニスウェアを着ている。当然、普段沙空乃が部活の際に着用しているものだ。


「渉くんから告白された時に着ていたと聞いて、一度テニスウェア姿の陽奈希を見てみたいと思っていたんですよ……!」


 スッとカメラを構え、陽奈希が照れているのもよそに撮影を開始する沙空乃。


「も、もう……勝手に撮り始めないで……!」

「お店で撮った分は消されてしまいましたからね、ごめんと言うなら代わりに撮らせてもらわないと気が済みません」


 沙空乃はまず、色々な角度から陽奈希だけの写真を撮ると。


「さあ渉くん、お願いします!」


 俺にカメラを押し付けるような勢いで渡し、陽奈希の隣に並んだ。


「お、おう……」


 ……こんな人通りのある廊下のど真ん中で、本性を晒してしまって良いんだろうか。

 まあ、本人が楽しそうだからいい……ということにしておこう。

 今日の沙空乃は、なんか色々と吹っ切れている気がする。


「よし、撮るぞー……」


 恍惚とした表情で双子の妹にくっついてポーズを取る沙空乃と、なんとも言えない笑みを口元に浮かべる陽奈希。

 ……確かにこのテニスウェア、スカートの丈はやたら短いし、シャツもタイトなのでボディラインがはっきりと浮き上がっている。

 陽奈希が恥ずかしがるのも無理はないけど……沙空乃って、いつもこんなの着てるのか。

 

 ……っと、ピントが少し下の方に寄ってしまった。

 顔の方に、レンズを向け直して。


「3,2,1……」


 俺はカウントダウンの後、シャッターを押した。


「ありがとうございます。見せてもらってもいいですか?」

「あ、ああ……ほら」


 沙空乃はすかさず俺の方に寄ってくると、すぐ隣に立ってカメラの画面を覗き込んでくる。

 ……一応人前なんだから、もうちょっと距離感を気にしてほしい。


「沙空乃って昔から、時々こんな感じでべったりくっついてくるんだよねえ……」


 反対側に寄ってきた陽奈希が同じように画面を覗き込みながら、あははと笑う。

 ……だから、姉妹揃って近すぎませんかね。

 とはいえ、当人たちが気にしていないことを俺がとやかく言うのも、変な話ではある。

 俺は好きな人たちに挟まれている高揚感やら、周囲の人々が向けてくる好奇の視線をないがしろにして、会話に応じる。


「あー……まあ、姉妹仲が良いってことなんじゃないか」

「ええ、その通り。これくらい仲のいい姉妹なら当たり前のことです」

「うーん……そういうものかな?」


 当然のように宣う沙空乃に、陽奈希はきょとんとした顔をする。

 ……沙空乃のは、ちょっと度が過ぎていると思う。


「はい、昔から私たちはこんな感じだったではないですか」

「そっか……それもそうだね……?」


 あまりよく分かっていない様子のまま、陽奈希は言いくるめられていた。

 

「ですが……最近はその当たり前が、どこかに行っていましたね」

「うん、そうだね……そう考えたら、こんな風に二人で写真を撮れてるのも、渉のおかげかな?」


 しみじみと呟く沙空乃に同意しながら、陽奈希は小首を傾げる。


「けど、元はと言えば俺が原因みたいなものだろ? だから俺がどうにかすべきことであって、俺のおかげってわけじゃ……」

「いえ。今回に関しては、私たちが姉妹揃って空回りしていたのが悪いんです」


 沙空乃は申し訳なさそうな様子で、俺の言葉を否定する。


「まあ、二人ともお互いのために行動しているつもりで、変な意地を張ってたところはあるよね……」


 陽奈希はその顔を苦笑に変えた。


「はい。喧嘩している内に引っ込みがつかなくなって、素直にしたいことを口に出せなくなっていたと言いますか……」


 うんうん、と頷く沙空乃。

 二人は俺を挟んだ状態のまま、何やら反省会みたいな会話を始めた。


「わたしとしては、策士策に溺れるって感じで、ちょっと失敗したかなー……とか思ってたりもしたし」

「私も冷静さを欠くあまり、陽奈希のしたいことをちゃんと理解できていませんでした……」


 沙空乃はしゅん……とした様子で小さく俯いてから、「ですが」と切り出してまた顔を上げた。

 柔和な視線で、俺を見てくる。


「だからこそ渉くんが『三人で文化祭を回ろう』と、ストレートに誘ってくれた時は……なんだか目が覚めるような心地でした」


 そう言って沙空乃が嬉しそうに微笑むと、陽奈希も同じように笑った。


「思えば……今回の喧嘩は、渉がどうにかするしかなかったのかもね?」

「確かに……私たちで言い合っていても、決着がつきそうにありませんでしたからね」


 双子姉妹は間に俺がいる中で、視線を通わせる。


「そう考えると、渉を振り回しちゃったのは申し訳なかったかな?」


 陽奈希が視線を、俺の方に向けてきた。


「いや、むしろ謝るのは俺のほうだ。ずっと考えをはっきりしないままだったし」

「うーん……じゃあ三人とも悪い、ってことにしておこうか!」


 陽奈希はそう言って、この話は終わりだとばかりに満面の笑みを浮かべた。


「しかし……渉くんのしたいこと、というのもなかなか贅沢な話ですね?」


 沙空乃もそれを察してか、茶化すような声色で話題を切り替えてきたけど。


「贅沢……って?」

「私たち三人で文化祭を回りたいということは、校内ツートップの美少女を独り占めしたいと宣言しているようなもの。これを贅沢と言わずしてなんと言うんですか」 


 ……なるほど。

 おっしゃるとおりで、返す言葉もない。


「それ、自分で言っちゃうんだ……」


 すっかり納得する俺の横で、陽奈希は呆れたような眼差しを沙空乃に向ける。

 が、沙空乃は逆に、にやりと挑戦的な笑みを浮かべて。


「おや、陽奈希はいいんですか? 渉くんに独り占めされなくて」


 そんなことを言いながら、いきなり俺の腕にするりと抱きついてきた。


「ちょっ……」

「あっ、沙空乃だけずるい!」


 俺が何か言うよりも早く、陽奈希が続けて反対側の腕に抱きついてきた。


「んふふー……」

「まったく、私の妹は今日もかわいいですねえ……」

 

 とろけるような表情をする陽奈希と、その様子をうっとりと見つめる沙空乃。

 二人とも、俺の腕にくっついたまま。


 ……確かに、この状況は身に余る贅沢だ。

 二人が校内でツートップを誇る美少女双子姉妹だから……というよりは、好きな人たちだからこそ。

 しかし……三人で仲良くとは言ったが、流石に人前でこれはやりすぎな気もする。

 けど、今日は二人がしたいようにさせてあげたいし……これでいいか。

 何より、俺自身こうしていたいし。


「ですが……贅沢なのは私も同じですね」

 

 脳内でちょっとした葛藤をしていると、沙空乃がふとそう呟いた。


「こんな風に……好きな人を二人も独占しているのですから」

「ふふ。じゃあ……沙空乃と渉を独り占めしてるわたしも、贅沢しちゃってるってことだね!」


 そんなことを言って、楽しそうに笑い合う沙空乃と陽奈希。


「けど、まだ始まったばかりで何もしてないだろ? そろそろどこか行かないと、時間が勿体ないんじゃないか?」

「む、確かに……」

「ええ、このままずっと三人で休憩が取れるわけではありませんからね」


 俺の言葉に、沙空乃と陽奈希は途端に真剣な面持ちに変わった。

 誰からでもなく、その場から移動し始める。


「まずはどうしましょう。お二人はどこか行きたいお店はありますか?」

「うーん……それなら、あそことか!」


 校内を歩いて回る中、陽奈希が指さしたのは、三年生の運営するお化け屋敷だった。


「お、お化け屋敷……」


 ごくり、と沙空乃が息を呑むのが聞こえてきた。


「……もしかして、怖かったりするのか?」

「そそそそんなわけないでしょう。ただ暗いと陽奈希のかわいい顔や渉くんのかっこいい顔が見られないから損だな、と思っただけでして……」


 そう反論する沙空乃だが、あからさまに声が震えている。

 どうやら沙空乃は、お化けの類が苦手らしかった。


「……そういうことなら、他の場所にしとくか?」 


 俺がそう提案すると、陽奈希がぴたりと足を止めた。


「えー……だめ?」


 陽奈希はじーっと沙空乃を見つめながら、甘えるような声で問いかける。

 ……流石は双子。

 シスコンな姉の扱いくらい、よく心得ているらしい。


「し、しょうがないですね……」


 沙空乃はでれでれと緩みきった表情を浮かべながら、あっさり考えを変えた。

 ……相変わらずチョロすぎませんかね沙空乃さん。




 ……なにはともあれ。

 ようやく本当の意味で、俺たち三人の文化祭が始まった気がした。

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