第31話 必要なら指名料を払いますよ?

 一夜明けて迎えた、文化祭二日目。

 一般公開されて校外からもお客さんがやってくる今日も、クラスの出し物であるコスプレクレープ喫茶で忙殺されることから始まった。

 相変わらず店内が賑わう中、俺が裏でせっせとクレープの生地を焼いていると。


『おお……!』


 と、ホールから黄色いどよめきのような声が聞こえてきた。


「なんの騒ぎだ……?」


 雰囲気からして、昨日みたいなトラブルではなさそうだけど。

 ただ繁盛しているのとは、少し異質な気配がする。




「ど、どうしよう……なんか変なことになったかも……」


 疑問に思いながらも自分の仕事に忙殺されていると、メイド服を着た陽奈希ひなきの友人、小佐野おさのさんが困ったように顔を引きつらせながらバックヤードに入ってきた。


「……もしかして、さっきの声と関係あるのか?」


 俺は生地を作る手を止める。


「ああ、そうそう。昨日とはまた違う感じなんだけど、厄介なお客さんが来て……どう対処したものか困ってるんだよね」

「クレーマーってことか……?」

「いや、そうでもないんだけどさー……とりあえず、伊賀崎いがさきくらいしか対応できなさそうだから、お願いしてもいい?」


 小佐野さんは否定しつつ、曖昧な笑みを浮かべた。




 状況が掴めないものの、頼まれたからにはとりあえず……と俺が表に出てみると。

 

「ですから、私はあなたではなくて陽奈希に接客してほしいのですが」

「その……天宮あまみやさんは他の卓の接客中で……」


 店内の視線が、一つのテーブルに集中していた。

 その先にいたのは、校内一の美少女と名高い天宮あまみや沙空乃さくの。姉妹喧嘩が解決したから、さっそく陽奈希のコスプレを見に来たんだろう。ただ座っているだけなのにどこかお上品な雰囲気を漂わせながら、無茶な要求をしていた。

 接客中の物部もののべさんは、有名人である沙空乃を前に気後れしているようだ。


「あ、必要なら指名料を払いますよ?」

「え……? えっと……」


 あくまでもすました顔でサービス外の注文をつけてくる沙空乃に、物部さんや周囲のお客さんはついていけていない様子だ。


 どうやら、沙空乃のシスコンぶりが炸裂していたらしい。

 ……なんだろう。

 止めたほうがいいんだろうけど、不思議とその気力が湧いてこない。

 

「ちょ、ちょっと沙空乃……? 物部さんが困ってるから……」


 たまらずといった様子で、他の卓で接客をしていた陽奈希が沙空乃の方に寄ってきた。

 今日も陽奈希は、大正ロマンな感じの和装コスだ。他にも衣装を用意していると言っていたはずだが、これが気に入っているんだろうか。


「む、むむむ……お店に来た時から思っていましたが、目の前で見るとやはりかわいいですね……あ、もちろん24時間365日かわいいんですけど、今日の格好はいつにも増して……」


 沙空乃はブツブツと独り言を呟きながら、まじまじとコスプレ姿の陽奈希を凝視していた。

 その陽奈希が諌めてくる声は、耳に届いていないらしい。


「さあ陽奈希、何かかわいいポーズを取ってください!」

「も、もう! このお店撮影禁止だから!」


 目をキラキラと輝かせた沙空乃は、恐らくはこの日のために用意したであろう新品と思しき一眼レフを構えた。

 対する陽奈希は頬を膨らませながらレンズの前に手をかざして撮影を阻む。

 

「まったく、陽奈希は照れ屋さんですね……宇宙一かわいいから自信を持っていいんですよ?」

「そういう問題じゃなくって……! お店のルールなの!」


 二人の姿は、姉が聞き分けのない妹に言い聞かせているようだ。実際とは姉妹が逆転しているのは言うまでもないけど。

 ……というか沙空乃さん。人前ではかっこよくて美しくありたいみたいなことを言っていたのに、キャラが崩壊してませんかね。


「常識にとらわれていてはいけませんよ陽奈希。もっと視点を広く持たないと」

「なんかそれっぽいことを言っても駄目!」


 今更お淑やかな優等生みたいな顔をする沙空乃だが、陽奈希には通用しなかった。


「ふふ、相変わらず私の妹はワガママですねえ……」

「ワガママなのは沙空乃でしょ!」


 微笑ましげに見つめてくる双子の姉に対し、陽奈希はすかさずツッコミを入れる。


「では仕方ありません。ここはスマホで妥協しておきましょう。さあ、笑ってください」


 沙空乃はようやくカメラを下げたかと思ったら、今度はスマホを取り出して陽奈希の隣に並んだ。


「もう……今日の沙空乃、なんかテンションおかしいよ……?」

「当然です。陽奈希の晴れ姿が見られるんですからね」


 陽奈希がどこか諦めたような声で呟く中、沙空乃はインカメラでパシャパシャとツーショットを撮っている。

 教室内は、沙空乃の独壇場と化していた。


「ふぅ……」


 ひとしきり撮りまくって満足したのか、沙空乃はほくほくとした顔で一度椅子に座って。


「ところで、お金を払ったら好みの衣装を指定できるオプションはありますか?」


 満面の笑みで、疲れた様子の陽奈希にそんな質問をした。

 ……流石に、いい加減止めに入るか。 

 他のお客さんが真似し始めたら収拾がつかないし。


「あのー、お客さん」


 俺は後ろから、とんと沙空乃の肩を叩く。


「……? ああ、渉くんですか。見てください! 陽奈希のかわいいコスプレ写真が撮れました!」


 振り返って、無邪気にスマホの画面を見せびらかしてくる沙空乃に対し。


「さっきも言われたと思うけど、このお店撮影禁止なので。その写真消して、出ていってもらってもいいですか?」


 俺はいつも接するときより少し丁寧な口調で、退店を要求した。




 こうして沙空乃は、コスプレクレープ喫茶を出入り禁止となった。

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