第30話 幸せな時間
「……ってわけで、明日は三人で文化祭を回ろうって話になったんだけど、陽奈希はそれでいいか?」
夕方。文化祭の一日目が終わった教室にて。
委員長である陽奈希とその秘書扱いされている俺は、他のクラスメイトが帰っていく中、最後まで教室に残って片付けや明日の準備をしていた。
そうしている内に二人きりになっていたので、これでようやく落ち着いて話ができる……と、沙空乃に持ちかけた誘いを陽奈希にもしている、というわけだ。
「え、三人でって……わたしと、沙空乃と、渉で……?」
驚きを隠せない様子の陽奈希だけど、感触は良さそうだ。
「うん、もちろん!」
すぐに陽奈希は、快く首を縦に振った。
「よし、じゃあ決まりだな」
「ふふっ、三人で一緒に文化祭かー……!」
模擬店用に飾り付けられた席の一つに座る陽奈希は、嬉しさを抑えきれないといった様子で口元に手を当てていた。
俺はそんな陽奈希を、窓際に立って見守る。
「明日が待ちきれない……って感じだな?」
「だって、わたしもいずれは三人でお出かけしたり……って考えてはいたんだけどね? こんなに早く実現するとは思ってなかったから……。おかげでいきなり過ぎてなんの予定も考えてなかったよ……って、これはちょっと贅沢な悩みかもね?」
陽奈希はすっかり舞い上がった様子で、続けざまに語りかけてくる。
「……ここまで喜んでもらえるなら、俺も誘ってみた甲斐があったな」
「えへへ……そりゃあわたしだって、喜びもするよ?」
陽奈希はにまっと照れたように笑いながら、机に頬杖をついた。
何やら生温かさの込められた眼差しで、俺を見つめてくる。
「わたしだけのワガママのつもりだったのに……渉も沙空乃も、同じ気持ちでいてくれたんだから」
陽奈希の口から、んふふ……と幸せそうな声が漏れ出てくる。
……午前中の暗い顔が、嘘みたいだ。
けど、やっぱり。
陽奈希はこういう風に、無邪気に笑っているのがよく似合うと思う。
「ところで……渉は明日、行きたいところとかある?」
つい見惚れていると、陽奈希が尋ねてきた。
「あー……俺もまだ、そこまでは考えてなかったな」
「そっかー……まあ、そこは沙空乃にも聞いてみないとだめだよね」
「ああ。せっかく三人で回るんだし、その時に決めるってのもありなんじゃないか?」
「確かに……そういうのも、気ままな感じで良いかも」
楽しそうに、明日の文化祭に思いを馳せる陽奈希。
ぐてっと机に顎をつけるような姿勢になっているのが、少しだらしないけどかわいらしい。
「ねえ、渉」
相変わらず陽奈希から視線を動かせずにいると、覗き込むような上目遣いとともに呼びかけられた。
「ありがとね。わたしのワガママを、こんなに素敵な形で叶えてくれて。わたし……ううん、きっとわたしたち……今、すっごく幸せだよ」
射し込む夕陽のせいか、それとも別の理由か。
優しく口にする陽奈希の顔は、真っ赤に染まっていて。
何よりも、輝いていた。
……好きな人と文化祭を一緒に回る。
思えばそれは、最初の告白の時に、俺がそうしたいと願っていたことだった。
あの時から、色々と予定していなかったことばかりが続いてきたけど。
結局、俺は。
好きな人たちと一緒に文化祭を回りたいという、当初抱いていた願いを叶えたことになる。
……いや。
叶えた、なんて言い方はおこがましいか。
「俺の方こそ、ありがとう。こんな奴の、願いを叶えてくれて」
だから俺は、二人への感謝を込めて、笑い返した。
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