第28話 分かっているけど、我慢できない
お姫様抱っこで
心のケアがどうのとかいう名目で、陽奈希のことを膝枕している……というか、させられている。
コスプレクレープ喫茶の営業中とはいえ一応教室の中なんだけど、クラスメイトは付近にいない。
ホールの方から賑やかな声が聞こえてくるものの、実質的に二人きりみたいな状況だ。
……空気を読んだつもり、なんだろうか。
「わたるー、頭なでてー」
俺の膝を枕にして椅子に寝そべる陽奈希が、緩みきった声で要求してきた。
幸せそうな顔で見上げながらねだられたら、俺としては断ることができない。
……これが惚れた弱みってやつか。
俺はさらさらの髪の上を撫でてやる。
「んー……」
陽奈希は心地よさそうに目を細めた。
……撫でているこっちも手触りが気持ちよくなってくるな、この髪。
「ねえ、
しばらく撫でていると、陽奈希が寝返りを打って真上を向いた。
俺は撫でる手を止めて、話を聞く。
「……さっきはありがとね」
お礼を言う陽奈希は笑みを浮かべているが、やはりどこか元気がない。
「なあ、陽奈希。朝から様子がおかしいと思ってたけど……何かあったのか?」
「えっと……そんなにおかしかった?」
とぼけるような口ぶりをしつつも、陽奈希は目を逸らした。
……分かりやすいヤツだ。
「まあ、少しだけな。いつもの調子じゃなさそうに見えたっていうか……最初は勘違いかとも思ったけど、どうもそうじゃなかったみたいだ」
俺がそう言うと、陽奈希の視線が再びこっちを向いた。
「うーん……やっぱり、渉には分かっちゃうかあ……」
参ったなあ、といった感じで笑う陽奈希だけど、どこか嬉しそうにも見えるのはどうしてなんだ。
「実は、ちょっと考え事してた……っていうか」
よく分からないヤツだ……と思っていると、陽奈希は語り始めた。
「実は今朝、
「それで、今ひとつ気持ちが切り替えられなかったってことか」
「うん……沙空乃と文化祭を一緒に回るって話も、有耶無耶になっちゃったし……」
落ち込んだ様子で、陽奈希は息を吐く。
どうやら沙空乃と喧嘩したから、少し気が滅入っていたということらしい。
最近よく見る、褒め合っているのかけなし合っているのか分からない言い合いよりも、大事になってしまった……ってことなんだろうか。
「……なんか、上手くいかないなあ。わたしは三人で仲良くしたいだけなのに……これってやっぱり、ワガママなのかな?」
陽奈希は自嘲気味に笑いながら、問いかけてくる。
「ワガママなのかはよく分からないけど……沙空乃と仲良くしたいなら、陽奈希が折れるって手もあるんじゃないか?」
俺が思いついた解決策を口にしてみると、陽奈希は目を丸くした。
「それって……わたしのこと口説いてる?」
「え……?」
「だって、わたしが折れるってことは沙空乃の意志に従うってことで……それってつまり、わたしと渉がヨリを戻すってことでしょ?」
「ああ……」
……なるほど。
そこまで頭が回っていなかったけど、そういうことなら改めて。
「……口説かれてくれるのか?」
「うーん、今はだめかな」
陽奈希は笑顔で即答した。
「それは……なんで」
「今、沙空乃が渉と普通に接していられるのは、君がフリーだからこそだと思うんだ。それなのに、わたしと渉がヨリを戻すことになったら……きっと沙空乃はまた遠慮して、わたしたちから離れていっちゃうから」
確かに、ヨリを戻せば……陽奈希を溺愛している沙空乃なら、俺たちの邪魔をしないことを最優先に考えるのは想像に難くない。
今思えば、陽奈希が俺と別れると言い出す前は、沙空乃は実際にそんな言動を取っていた。
陽奈希も沙空乃のことが好きだから、その状況が望ましくない……というのは、まあ分かる。
けど、だからって俺と沙空乃をくっつけよう……という発想になるのはよく分からないし。
「そこまで分かってる割には、膝枕とかさせるんだな……付き合ってもいない、俺に」
「それは、その……わたしとしても、我慢ばかりはしんどいっていうか……気持ちが抑えられない面があるっていうか……」
陽奈希は子供っぽく、言い訳みたいなことを口にする。
……これをかわいいからと許してしまう俺も俺だ。
「はぁ……」
俺が自分に呆れていると、陽奈希がため息を吐いた。
「けど、そういうところが、だめなんだろうなあ……」
自己嫌悪気味に、陽奈希はそう呟く。
やはり、沙空乃とのことで心にダメージを受けているようだ。
けど、俺は陽奈希のこんな姿を、見たくはない。陽奈希はもっと、明るく笑っているのが相応しいと思うから。
そのためには、この姉妹喧嘩を解決する必要がある。
では、その原因は、何かと言えば。
ひとえに、俺にある。
……だから、俺は。
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