第27話 ずっと近くでしてきたこと
いよいよ文化祭が始まった。
俺はクラスの出し物、コスプレクレープ喫茶で忙しなく働いていたのだが、現在は別のクラスメイトに交代して小休止中だ。
ちなみに俺の仕事は、
正直クレープの細かい違いなんて俺には分からないんだけど、陽奈希にはこだわりがあるらしい。自分は接客をしていて調理には関われないからと、俺に頼んできたのだ。
「あー……つかれたー……」
バックヤードに用意した休憩スペースの椅子に座っていると、一人の女子がやってきた。
陽奈希の友達である、
「お疲れさん。小佐野さんは、外での呼び込み担当だっけ」
「ああ、うん。すっごい行列ができててマジで大変でさ……さっき応援が来たから、やっと少し休めるー……」
コスプレ衣装のメイド服をバタバタさせて暑そうにしながら、小佐野さんは気だるげに椅子に座る。
「クレープと飲み物くらいしかない店なのに、よく並ぶよねー」
「女子のコスプレ目当て、ってことじゃないのか?」
「はは、そういうの好きだねえ、男子って」
笑い飛ばしている小佐野さんだが、ちょくちょく男子から告白されたりするくらいには人気だと陽奈希から聞いたことがある。
「まあ……ここまで長蛇の列になってるのは、『女子の』ってよりは委員長の人気のおかげだと思うけどさ」
「……陽奈希の?」
「委員長って美少女双子姉妹とかいって有名だしさ。かわいいしがんばり屋だし、あれで人気出ないわけないじゃん?」
「なるほどな……」
確かに……陽奈希はかわいい。以前まではそうと認識していなかったけど、今ならよく分かる。
とはいえ……一生徒のためだけに、行列を作つほど人が集まるものなのか。
「そんな子と付き合うとか、
「……最近振られたけどな」
「あー……けど陽奈希もまだまだ伊賀崎のこと好きっぽいし? よく分からないけどチャンスあるんじゃない?」
適当な物言いのようで、陽奈希と仲が良いだけのことはある。
陽奈希のことを、よく見ているようだ。
チャンスが有るかは、別として。
「なんにせよ……そんなすごい相手だって気づいたら、俺じゃ釣り合ってない気がしてくるんだよな……」
「そうでもないでしょ? なんだかんだで、委員長のことをずっと近くでサポートしてきたのは伊賀崎だし」
「それも自発的にってよりは、半分成り行きみたいなもんだけどな」
「へー……? 個人的には、あんまりそういう風には見えなかったけど――」
そんな具合に、他愛ない話を繰り広げていると。
『オオィ!? どう責任取るつもりなんだコラァ!?』
ホールの方から、怒声が飛んできた。
次いで、バックヤードに女子が一人駆け込んでくる。
「ど、どうしよう……なんかヤバいことになったかも……」
忍者風のコスプレをしたクラスメイト……
「何か揉め事でもあったのか?」
「お客さんとトラブルって言っても……今日は一般公開されてないから、生徒しかいないはずだけど」
俺と小佐野さんが立ち上がりながら聞くと、物部さんは怯えた様子で事情を説明した。
「それが……三年生の不良二人組が、列を無視して教室に乗り込んできちゃって。しかも、近くの席に座っていた人を強引にどけて座ろうとして……流石に見過ごせないって、委員長が注意しようとしたら……逆ギレして、委員長に絡み始めちゃった……」
「なっ……」
三年にタチの悪い不良が数人いるって噂は聞いたことがあったけど……普段はろくに登校してこないくせに、こんな日に限って学校に来て暴れるとは。
しかも、陽奈希を相手に。
「……物部さんは、とりあえずここで休んでいてくれ。小佐野さんは、生活指導の教師を呼んできてもらえるか?」
「分かったけど、伊賀崎はまさか……ってちょっと!?」
俺は小佐野さんからの問いを最後まで聞く前に、ホールの方へと飛び出していった。
「あーあー、アンタのせいで萎えちゃったなあー」
「オレたちオキャクサマなんだけど。カミサマなんだけど。オマエ何様なわけ?」
「あの、えっと……」
店内には、萎縮した雰囲気が満ちていた。
陽奈希の目の前に立って見下ろす、ガッチリした体格の不良二人。
近くの床には、座っていたところを強引に退けられたと思しき男子生徒が二人うずくまっている。
不良たちに威圧され、すっかり足が竦んでいる陽奈希だが、店内の他の人々も怖いのは同じらしく助けの手を差し伸べる余裕がない様子だった。
「つーかコイツ、例の美少女双子姉妹ってヤツじゃね? うおー、確かにカワイイじゃん。来たかいあったわ」
「あ、だったらお詫びにオレたちに付きっきりで接客してくんね?」
「いいねえ、ついでにこの後も一緒に回れよ」
不良の一人がふざけたことを言いながら、無遠慮に陽奈希の肩へと手を伸ばそうとして。
「悪いけど」
俺はその手を払い除け、不良たちと陽奈希の間に割って入った。
「そういうのは、お断りしてるんで」
できる限り毅然とした態度を作りながら、俺はまっすぐ不良たちを見据える。
……ヤバい。
こいつら、目の前に立つと想像以上にデカい。ゴリラかよ。
「ああ!? なんだテメエ!?」
「ナメたことしてんじゃねえぞコラ!」
俺の態度が気に入らなかったらしく、ゴリラたちは苛立ちを露わにして恫喝してくる。
……正直ものすごく怖いけど、ここで引くわけにはいかない……よな。
俺のすぐ後ろにいる陽奈希を守らないといけない。
けど、その思いと同じくらいに。
この二人を許せないという気持ちが、俺の中にあるから。
「……なめたことしてるのは、あんたたちだろ」
「ハァ……!?」
「この店も、文化祭も……皆が楽しめるようにって、陽奈希が頑張って作り上げてきたんだ」
俺は怒りをぶちまける。
決して、目を逸らさずに。
「それを今日だけ、気まぐれで顔を出したあんたらみたいなのがぶち壊そうなんて……ふざけるのも大概にしろよ」
恐怖はあったが、それ以上にこいつらが許せなかった。
「イキってんじゃねえぞオラァ!!」
一通りの文句を言い終えた瞬間、ゴリラの一匹が、力ずくで俺の胸ぐらを掴んできた。
腕一本のパワーで持ち上げられて、足が少し、宙に浮く。
……あー、これ。ボコボコにされそうだな。
まあ、とりあえずこいつらの関心が陽奈希からこっちに向いたからいいか。
言いたいことは、言ってやったし。
「ぶっ殺してやる!」
ゴリラのもう一匹が身動きが取れずにいる俺を思い切り殴ろうとしてきて――
「先生、こっちです!」
廊下から、慌てて走ってくる足音と、切羽詰まった女子の声が聞こえてきた。
「何をやっとるんだお前らはー!」
程なくして現れたのは、生活指導担当の体育教師。
不良たちを上回るガタイの良さは、まだ二十代のくせに正直むさ苦しいなこの人、とか思っていたけど……今回ばかりは、ヒーローか何かに見えた。
……時間稼ぎ、成功。
「やべっ……」
「逃げるぞ……!」
不良は俺を手放すと、血相を変えて逃げ出していった。それを追いかけていく体育教師。
……とりあえずは、一件落着か。
ギリギリ大事にならなかったのは不幸中の幸いだけど……。
店内の空気は、すっかり沈んでいた。
これではとても、文化祭を楽しむという雰囲気では――
「ひゅーひゅー、やるなあ伊賀崎。好きな女の子のためなら、不良が相手でも体張るとか、流石は委員長の秘書! って感じ?」
先生を呼んで戻ってきた小佐野さんが、場の空気からは明らかに浮いた、やたら陽気な声で俺を持ち上げてきた。
大袈裟すぎるのでは……と思ったが、この場には良い効果があったらしい。
「よくやったぞー!」
「二股クズ野郎の割にはかっこよかったよー!」
調子のいいことを口にしながら手を叩く小佐野さんに乗せられてか、その場にいた生徒たちも拍手し始め、店内の空気が一転して和やかなものに変わった。
……ダシにされた感はあるけど、まあいいか。
その場の生徒たちから注目を浴びてむず痒い思いをする俺に、小佐野さんは得意げなウインクを飛ばしてくる。
俺は小さく呆れ笑いを浮かべてから、陽奈希の方を見た。
腰を抜かしたのか、陽奈希は地べたに座り込んで動かずにいる。
「……立てるか?」
「あ、ちょっと今は無理……かも」
えへへ、と陽奈希は笑うが、その顔にはすっかり覇気がない。
……しかし、立てないとなるとどうしたものか。
「ね、やっぱさっき言ったとおりでしょ?」
考えているところに、小佐野さんが話しかけきた。
「言ったとおりって……何の話だ」
「もう忘れた? 委員長を助けるのはいつも伊賀崎だって話」
「ああ、それか……けど今回は、どっちかと言えば先生のおかげだろ?」
「またまたご謙遜をー。伊賀崎が止めに入って先生が来るまでの時間を稼がなかったら、委員長がどうなっていたことか」
ケラケラと笑って、小佐野さんは俺をからかってくる。
普段から陽奈希をおちょくってかわいがっている節はあるけど、誰に対してもこんな感じなんだろうか。
「で、その委員長だけど……一旦裏で休んだ方がいいかもね?」
「うん、そうしたいんだけど……腰が抜けて動けなくなっちゃった……」
お調子者の友人に対し、陽奈希が困ったような顔をする。
「じゃあ、伊賀崎が運んであげればいいじゃん」
小佐野さんは、当然のようにそう言った。
「は……?」
何を言っているんだ……と思っていたら。
「確かに、ずっとここでへたり込んでたらお店の邪魔になっちゃうし……」
運んでほしいと明言しない陽奈希ではあるものの、申し訳なさ半分、期待半分みたいな眼差しで、俺を見上げてきた。
……好きな人にそんな目をされたら、流石にノーとは言えない。
「やれやれ……」
そんなことを口にしつつも、俺はご希望どおり、陽奈希を抱え上げた。
「わわっ……!」
「おー、お姫様抱っことは大胆ですなー」
いきなり持ち上げられて慌てる陽奈希と、相変わらず茶化してくる小佐野さん。
……さっき荒らされた時の悪い空気を払拭してくれているという意味では、感謝はしているけど、そろそろ勘弁してほしい。
「たまたま、抱えやすい形を取ったらこうなっただけだ……」
俺は言い訳しつつも、お姫様抱っこの体勢のまま陽奈希をバックヤードに連れて行く。
他のクラスメイトや客として来ている生徒の目もあり、恥ずかしそうな陽奈希だったけど。
ぎゅっと肩に手を回してきて、俺の胸板に顔を埋めてきた。
「ふふ……やっぱりあったかくて、頼もしいなぁ……」
小さな声での、独り言のような呟き。
恐らく周りには聞こえてないだろうけど……俺にはばっちり聞こえてますよ陽奈希さん。
もしかして、わざとやってるのか……?
この状態だと心臓の鼓動が早くなるのがバレバレだから、できればやめてほしいところではあるけど。
陽奈希が安心できると言うのなら、胸を貸すほかない。
それにしても、と俺は思う。
思えば朝から兆候はあった気がするけど、今日の陽奈希は少し様子がおかしい。
確かにあの不良たちは、恐ろしい奴らだったかもしれない。
しかし普段の陽奈希なら、皆のリーダーであるクラス委員長として、あるいは文化祭実行委員として。
どんな時でも物怖じせずに立ち向かっていくような、責任感の持ち主であるはずだ。
別に、今回それができなかったことを、責めているのではない。
ただ……何か、違和感があるというか。
いつになく、腕の中の陽奈希は、弱々しいような感じがした。
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