第24話 穴だらけの策にハマる理由

 文化祭前日は、授業が一切ない。

 丸一日を準備に費やし、泊まり込みで最後の追い込みをするのが慣わしだ。

 俺の所属する2年4組はもうあまり準備することもないのだが……年に一度の学校に宿泊できる機会とあって、夜になっても多くの生徒が残っていた。

 俺自身も、クラス委員長である陽奈希ひなきの手伝いとして、今日は帰らないことになっている。


 そして現在、夜の8時。

 沙空乃さくのに呼び出され、とある場所に赴いていた。


「ここか……」

 

 テニスコート横にある、小さな建物。

 女子テニス部専用のラウンジがある場所だ。

 聞いた話では、簡易なトレーニング設備やシャワールーム、休憩スペースなどがあるのだとか。

 現役では全国大会に出場しているエースの沙空乃がいるが……我が校の女子テニス部は代々強豪なので、予算も潤沢らしい。


 俺は女子でもないしテニス部でもないので、今まで近寄ったことすらなかったが……この度沙空乃に招待された。

 なんでも、また作戦会議をしたいらしい。

 俺としては、その会議自体は乗り気じゃないけど……好きな人に二人きりで会いたいなんて言われたら、断れないのが男の性だ。

 

「おーい……来たぞ」


 俺はコンコン、と扉をノックする。


 ……が、返事はなかった。

 別に後ろめたいことをしているわけではないけど……本来は男子禁制であるはずの場所だ。おまけにこの時間帯となると、なんとなく落ち着かない。

 できれば、早く中に入ってしまいたいんだが。


「明かりは……ついてるんだよな」


 窓からは照明の光が漏れている。

 人がいる気配はするんだけど……と思っていると、スマホの通知音が鳴った。

 沙空乃からのラインだ。

 鍵は開いているので入っていいですよ、とのメッセージが送られてきた。


「なんで口頭じゃないんだ……?」


 疑問に思いつつもドアノブを回す。

 確かに鍵はかかっていないらしい。

 不用心過ぎないかと心配しつつも、扉を開けてラウンジの中に入ると。


 そこにいたのは沙空乃ではなく……陽奈希だった。

 薄いバスタオル一枚だけを身に纏った、あられもない姿の。


「は……?」

「えっ……?」


 目があった状態で、二人とも硬直する。


 一見すると双子のどっちか分かりにくいが……目元にほくろがあるから、間違いなく陽奈希だ。

 シャワーを浴びて出てきたばかりなのか、髪がまだ濡れており、色白の肌は火照っている。

 しかも、バスタオルの端を手で引っ張るように摘んで巻きつけているせいで、ボディラインが布地の上からでも丸わかりだった。

 

「な、なな……なんでわたるが……ひゃっ!?」


 少し遅れて、挙動不審な反応を見せた陽奈希は……その結果、バスタオルを取り落とした。


「あ……」

 

 生まれたままの姿が、あらわになる。

 ラウンジに入った瞬間から陽奈希に釘付けになっていた俺は、その艷やかな裸体をばっちりと目撃した。 

 ……そんな所にも、ほくろがあったのか。

 などと、すっかり目が離せなくなっていた俺を前にして。


「ふゃぁ~~~~~~!?」

 

 陽奈希はよく分からない叫び声を発しながら、落としたタオルに縋るように飛びつこうとして。

 

「わっ……!?」


 濡れていた床で足を滑らせると、よろめきながらこっちに突っ込んできた。


「ちょっ、危なっ……!?」


 俺は迫りくる陽奈希を抱き止めようとするが、足をもつれさせた彼女の体勢はいい具合のタックルのような形になり、俺の腰付近を襲った。


 結果、俺と陽奈希は。

 そのまま二人して、床に倒れ込んだ。


「痛っ……大丈夫か?」

「あ、うん……ごめんね」

「いや、俺の方こそ……」


 そんな調子でお互いの無事を確認しあっていて、俺は気づいた。

 自分たちが、今どんな状態になっているのか。

 

 俺は押し倒されるような形で仰向けになっており。

 陽奈希はそんな俺の上に、全裸で密着していた。


「…………」

「…………」


 柔肌の感触が、惜しげもなく伝わってくる。 

 シャワーを浴びたばかりの陽奈希は、少し熱っぽい。

 お互いのいろんなところが、いろんなところに触れている。

 それはつまり。

 陽奈希に対しても、俺の状態が筒抜けになっているわけで。


「えっと……なんか、固いのが当たってる、よ……?」


 陽奈希は少しだけ体を浮かせて、俺と視線を通わせてきた。


「わ、悪い……!」


 ……最悪だ。

 

「これって……わたしで気分になった、ってことだよね?」


 陽奈希は一瞬、ちらりと下に目を向ける。

 釣られて下を見ようとすると……陽奈希の豊かな胸が視界に飛び込んできたため、すぐに顔の方に視線を戻した。

 大きいのは知ってたけど、色とか形とかも……って何も考えているんだ俺は。

 いや、けど。


「この状況で、全く動じない方がおかしいだろ。むしろ、こうなるのが自然というか……」


 ……って、何を開き直っているんだ。

 ドン引きされるかも……と危惧する俺だったが。

 陽奈希は目を白黒させつつも、興味深そうにしていた。


「それは……女の子の裸が、目の前にあるから? それともわたしが好き……だから?」


 陽奈希の吐息が、心なしか荒くなりつつあるような。

 呼吸の時の微かな体の揺れ動きすら、なんだか色っぽく見えてきて――


 ……ヤバい。

 少し気を抜いたら、正気を維持できなくなりそうだ。

 俺は思考を乱しながらも、陽奈希の問いに答えた。


「多分……両方だ」

「つまり……好きな人の裸が、目の前にあるから……?」

「……!?」


 ……いきなり何を言い出すんだこいつは!?


「違うの……?」

「い、いやまあ……そうなんだけど……!」

「好きな人と、裸でくっついてたら……興奮しちゃうのが、自然なんだ……?」

「頼むから、いちいち言葉にしないでくれると――」


 ぎゅっ。

 投げ出していた俺の手に、陽奈希は優しく指を絡めてきた。


「じゃあ……わたしが我慢できなくなってるのも、変じゃないよね……?」


 切なげな陽奈希の顔が、ゆっくりと近づいてくる。


「陽奈、希……」


 確かに俺は陽奈希に振られたけど、嫌われたわけじゃなくて。

 結局は、今でもお互いに好き同士で――


 カチャリ。 

 ドアの方から、鍵の音がした。


「えっ……!?」


 ビクリと体を跳ねさせながら、陽奈希が勢いよく俺から離れる。

 オーバーヒートしていた思考が、急速に冷えていくのを感じた。


「もしかして、誰かに見られちゃった……!?」


 陽奈希は慌てて、落ちていたバスタオルで体を覆う。 


「いやでも……鍵は最初から開いていたはずだろ……?」


 俺は身を起こしながら、扉の方を見た。


「それをわざわざ弄ったってことは、ロックしたってことだから、室内の様子までは見られてないんじゃ――」


 ピロン。

 今度はポケットに入れたスマホから、通知音が鳴った。


「沙空乃からだ……『一時間後に迎えに来ます。このラウンジは内側からでも鍵がないと扉を開けられないので、ごゆっくりどうぞ』って……まさか」

「この状況は……沙空乃が仕組んだってこと……?」


 俺がラインのメッセージを読み上げると、二人して同じ結論に達した。


 つまり、沙空乃が俺をこのラウンジに呼び出したのは。

 最初から作戦会議のためなどではなく、陽奈希をけしかけるためだったのだ。

 陽奈希については、この時間ならシャワーを使ってもいいとか、そんな口実で呼び出したんだろう。

 そして、陽奈希がシャワーを浴び終えた頃合いを見計らい、俺をこのラウンジに入らせて閉じ込める。


 あられもない格好をした両想いの男女が密室で二人きり……そんなシチュエーションさえ作ってしまえば、あとは勝手によろしくやるだろうと、そういう算段なわけだ。

 都合よく、仮眠用のソファベッドなんかも用意されているし。

 鍵をかける際に音を立てる、なんてイージーミスを沙空乃がしなかったら、作戦は成功していたはずだ。

 

「あ、あの子ってば、流石にこれはやりすぎじゃないかな……!」

 

 全てを察した陽奈希が、照れながらも憤った様子を見せる。


 それを尻目に、俺は考えていた。

 ……しかしこれは、策としてはあまりに穴が多くないか、と。

 だからこれは、沙空乃の術中にハマったというよりは。

 俺と陽奈希の、自制心のなさが招いた出来事であり。

 普段、表に出さなかったとしても……本音では望んでいた状況だったからこそ、すんなりと行動に移してしまったんじゃないか、と。

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