第23話 天宮沙空乃は二股クズ野郎に恋をしたらしい
週が明けて、月曜日。
登校してきたら、昇降口がやけに騒がしかった。
最初はてっきり、文化祭前日特有の、浮かれたお祭りムードのせいかと思ったけど。
どうやらもっと、明確な理由があるようだ。
何やら、生徒たちが掲示板の前にたむろして話し込んでいた。
掲載されていたのは、『明日の文化祭でベストカップルコンテストなるものを開催する』という文化祭実行委員会からのお知らせだ。
そう言えばそんな募集をしているとか、
どうやら今日はそのコンテストにエントリーするカップルの名前が発表されたらしい。
何気なく眺めてみたそのリストの中に、俺は。
「は……?」
どうなってるんだ。
俺が、沙空乃と……?
応募した覚えなんてあるはずもないんだが……。
しかも面倒なことに、生徒たちが盛り上がっていたのは、俺たちの名前についてだったらしい。
「伊賀崎って……確か、妹の方と付き合ってる奴じゃなかったか?」
「最近別れたって話も聞いたけど?」
「だとしても、どうしてお姉さんの方と……」
「やっぱりこの前あった二股疑惑って、本当だったんじゃね?」
……話が厄介な方向に転がってきた気がする。
とにかく、さっさとこの場から立ち去った方が――
「おはようございます、渉くん。こんな所に集まって、何をしているんですか?」
背中をぽん、と軽く叩きながら、沙空乃が挨拶してきた。
爽やかな笑顔を浮かべて、問いかけてくる。
……ちょっと間が悪すぎませんかね。
「あ、沙空乃さんがいる!」
「近くにいるのって、例の二股野郎だよな?」
「今親しげに下の名前で呼んでたぞ……!」
案の定、その場にいた生徒たちの視線が集まり始める。
「……? なんですかこの騒ぎは……」
沙空乃も異変に気づいたらしい。
不思議そうに周囲をきょろきょろと見回すと、掲示板に貼られたベストカップルコンテスト参加者名簿に目を留めた。
「私と渉くんが……か、カップル……?」
……いや、何ちょっと嬉しそうにしてるんだよ。
「まさか、沙空乃が応募したとかじゃないよな?」
「そ、そんなわけないでしょう! 私が勝手に応募するとしたら、陽奈希とあなたの名前で――」
そこで沙空乃は、はっとした表情を浮かべた。
「あの子の仕業ですか……やられました」
「陽奈希は文化祭実行委員だし、確かに裏で手を回せそうだな……」
俺と沙空乃がそう納得している間にも、周囲には人だかりができつつあった。
このままだと、俺たちに直接、あることないこと直撃取材してきそうな空気だ。
「なんにせよ、とりあえずは……」
「はい、この場から退散したほうがよさそうですね……!」
これ以上事態が悪化する前に逃げ出そうと、俺と沙空乃が踵を返すと。
「二人とも、おはよっ」
得意げに笑う陽奈希が、行く手を阻むように立っていた。
「ベストカップルコンテストに出場するなんて、仲が良いんだねえ」
わざとやっているのか、周りにも聞こえるような声でそんなことを言ってくる陽奈希。
「これがあなたの作戦というわけですか……」
「実際に両想いなんだから、別に問題ないでしょ?」
「問題ありまくりです! 何を勝手なことを……!」
沙空乃は拗ねたような調子で反論する。
が、周囲はその様子を「修羅場だ……」などと揶揄して盛り上がっていた。
「大体、勝手に応募したからといって、私たちが参加するとは限らないでしょう」
「んー、わたしとしてはそれでもいいよ? 二人を見る周りの目が変わったらOKだから」
……なるほど。
それが陽奈希の作戦か。俺と沙空乃を、くっつけるための。
沙空乃にその気がないなら、まずは周囲の意識から変えてしまおうというわけだ。
そしてどうやらその目論見は、今のところ成功している。
「外堀を埋めたところで……私が周りに流されてその気になると思ったら大間違いですよ」
「けど……さっきは渉の後ろ姿を見つけた途端、嬉しそうに駆け寄ってたよね?」
「み、見ていたんですか……!?」
余裕ぶっていた沙空乃の表情を、陽奈希はあっさり崩した。
するとまた、周囲がざわつく。
「アタシ、沙空乃さんのあんな顔初めて見たんだけど」
「オレも……」
「あれってズバリ、恋してる顔なんじゃね?」
などと生徒たちから口々に好き放題言われた沙空乃は。
「っ~~~~~! 覚えておいてください陽奈希、この借りは必ず返しますからね……!」
例のごとく羞恥心の限界を迎えたらしく、負け惜しみのようなことを言いながら廊下の向こうへと走り去っていった。
以来、男っ気がないことで有名だった天宮沙空乃が恋をしたという噂と。
その相手が二股クズ野郎である伊賀崎渉だという噂が、学校中に知れ渡ることになった。
そんな中、まんまと作戦を成功させた陽奈希だったが……宣言どおり、すぐに沙空乃からの反撃を受けることになる。
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