第22話 ちょっと強引なのもありだと思います
日曜日。
俺は
文化祭前最後の週末ということもあり、準備が捗っていないクラスなどは今日も学校で作業していたりするらしいが、俺たちのクラスは順調なのでこうして休日を休日として過ごす余裕があった。
「それで? 作戦会議がどうとか言ってたけど、何の作戦なんだ?」
「決まっているでしょう! あなたと
ドリンクバーのジュースだけがテーブルに並ぶ中、沙空乃は血気盛んに本日の議題を打ち出してきた。
力強く握り拳を振りかざしたのに合わせて、きらびやかな銀髪が揺れる。
先週デートした時と同様、大人びた雰囲気の私服を着ている沙空乃だが、今日は髪型が違っており、ロングヘアーをハーフアップのようにアレンジしていた。
……前回同様ビシッと決めてきているように見えるのは、気のせいじゃないんだろう。告白された今なら、多少は自信を持って言える。
「……って、何をボーっとしているんですか?」
「その……今日の髪型、良いなと思って」
「ふぇっ!?!?」
沙空乃はその凛とした格好にはあまり似合わない声を漏らしながら、ものすごく驚いていた。
……何気なく褒めてみたつもりだったんだけど、反応良すぎないか?
「えっと……そ、そういうのは私ではなく、陽奈希に言ってあげてください! まったくもう!」
遅まきながらに、取り繕うように責めてくる沙空乃だけど。
「……とか言って、口元のにやにやが抑えられてないぞ」
「なぁっ……!?」
沙空乃は慌てて、口元を手で覆い隠した。
……こういう態度も、俺を好きだからこそってことなんだろうか。
「あのさ。この前の、文化祭を一緒に回ろうって話だけど……」
「あ、その件は忘れてください」
表情を整えた沙空乃が、口元から手を離してすまし顔で言ってくる。
「実は、渉くんと文化祭を回るよう、陽奈希におすすめしたのですが……逆に私が一緒に行くべきだと言い返された結果、お互いその気がないならひとまず一日目は二人で回ろうという話になりまして」
「ええ……」
どうやら沙空乃も陽奈希も、自分が俺と一緒に……という考えは頭の中に存在しないらしい。
にしても、話が平行線になった結果、姉妹でって。
……俺は結局放置なのか。
「ですが、陽奈希はそれで油断しているはずです」
俺が何とも言えない気分になっている中、沙空乃は不敵に笑う。
「二日目こそ、渉くんは陽奈希と一緒に回るべき。あの子が動かないというなら渉くんの方から誘って一日を共に過ごし、いい雰囲気になったタイミングでガバッといけば……ヨリを戻すなんて簡単なはずです!」
何せ、あの子は渉くんのことが大好きですからね、と続けながら、名案だろうとばかりに腕を組んでみせる沙空乃。
我が校の文化祭は火曜日と水曜日の二日間開催なので、陽奈希の予定が空いている方で攻めろ、ってことなんだろう。
いわゆる文化祭マジックを利用した作戦を、沙空乃は打ち出してきたわけだ。
「ガバッ」という擬音が何を意味しているのかは……聞かない方が安全な気がする。
「にしても……ヨリを戻す、か」
「む……何か不満でもあるんですか?」
「いや、ただ……少し前までは『隙あらば陽奈希と別れさせてやろう』みたいな感じだったのに、こうも真逆のことをされると、なんか不思議な気分でさ」
「それは……私も渉くんの良いところを色々知りましたからね。自信を持って陽奈希におすすめできるといいますか」
照れくさい気持ちを紛らわしているのか、沙空乃はジュースのストローを指で弄くり回している。
……好きだと言ってくれたのに、自分ではなく双子の妹を俺とくっつけようとする。
俺にしてみれば、やはり納得がいかない話だ。
「なあ。この前誘われたとおり、沙空乃と一緒に文化祭を回るって選択肢はないのか?」
「ですからその話は忘れてくださいと……」
沙空乃は否定しかけたところで、一度口を噤んでから。
「……渉くんは、私と一緒に文化祭を回りたいんですか?」
「それは、まあ……」
陽奈希とのこともあるが、そういう事情を抜きにして考えるなら。
「……回りたくないと言ったら嘘になるというか、ぜひとも回りたいというか」
「ぜひとも、ですか……!」
沙空乃はあからさまに嬉しそうな顔をするが、すぐにブンブンと激しく首を横に振って。
「で、ですが渉くんには陽奈希がいるでしょう! あの子とは回りたくないとでも言うんですか!?」
陽奈希をないがしろにするなんて許せない、とばかりに沙空乃は食って掛かってくる。
「いや、決してそういうわけじゃないんだが……」
陽奈希と一緒に……というのも、俺にとっては沙空乃と同じくらい望んでいることではある。
「では、陽奈希を誘ってあげるべきです。私と渉くんはなんでもありませんが……陽奈希はあなたの彼女だったんですから」
「けど……この状況で誘ったところで、陽奈希が乗ってくるとは考えにくいんだが」
現状はまだ何もアクションがないものの、陽奈希の方も俺と沙空乃をくっつけようと画策しているようだから、俺が誘っても断りそうだ。
「そんなことありません、陽奈希は渉くんのことが大好きですからね。かっこよくて優しい渉くんから壁ドンされて耳元で囁かれたりでもすれば、一瞬で心変わりするでしょう」
「いや、俺がそんなことするキャラに見えるか?」
「ちょっと強引なのもありだと思いますよ? 私なら一瞬でその気になりますし、あの子だって同じはずです。何せ、双子ですし」
うんうん、と深く頷きながら自信を覗かせる沙空乃だけど。
しれっとボロを出していることには、無自覚のようだ。
……沙空乃って、壁ドンとかされるのが好きなタイプだったのか?
「とはいえ……乗り気ではないと言うなら、上手くいったらご褒美をあげてもいいですよ?」
そう言って沙空乃がバッグから取り出したのは、一冊のアルバムだった。
「これは私秘蔵の陽奈希写真集の中でも、特にかわいい写真が多く詰まった一冊です」
沙空乃はアルバムのページを捲っていきながら、そこに収められた写真の数々を見せびらかしてくる。
当然だが、全て被写体は陽奈希だ。
「断腸の思いではありますが……めでたく陽奈希とヨリを戻すことができたら、これをあげても……よくはないんですが、どうしても渉くんが欲しいなら……」
自分にとって一番の宝物を差し出すことに対し、苦渋の表情で言葉を絞り出す沙空乃だけど。
「いや、そんな盗撮写真の山なんか持ってたら捕まるからいらないぞ?」
「えっ?」
結局その後も話が纏まらないまま、ドリンクバーだけで粘ることに限界を感じた俺たちはファミレスを出た。
同じ方向にあるそれぞれの家に帰ろうと、住宅街を二人で歩いていると。
沙空乃がおもむろに足を止めて、こっちを見た。
「ところで……さっきの話、実際に試してもらうことはできませんか?」
「さっきのって、まさか……壁ドンのことか」
「はい、そのまさかです」
こくり、と頷く沙空乃に、俺が怪訝な目を向けると。
「こ、これは別に私が個人的にやってもらいたいシチュとかではなくてですね、陽奈希にやる際に上手くできるかどうかの、リハーサルみたいなもので……」
あたふたと言い訳を重ねる沙空乃だが、単純に自分がしてもらいたいだけにしか聞こえない。
「いや、流石に……」
住宅街とはいえ広い道に面しているので、一応人目もあるし……と断ろうとした、その時。
「してくれないなら……この写真は渉くんが盗撮したものだと吹聴しますよ」
沙空乃はどう見ても着替え中を隠し撮りしたとしか思えない、下着姿の陽奈希をローアングルから捉えた写真を突き出してきた。
……盗撮に脅迫って。
これ以上罪を重ねるのはマズいですよ沙空乃さん。
好きな人を本格的な犯罪者にするわけにはいかなかった俺は、大人しく折れた。
現在、通りから一本入った路地で、ブロック塀を背にした沙空乃と向かい合っている。
「それじゃあ……いくぞ?」
「は、はい……お願いします……!」
緊張で声がやや上ずる俺を、沙空乃はわくわくと見上げてくる。
こうして並ぶと、意外と身長差あったんだな……なんて雑念を振り払った後。
俺は壁に手をついて沙空乃に迫りながら、耳元でこう囁いた。
「……俺と一緒に、文化祭を回ってほしい」
「は、はぃ……」
消え入りそうな声での、即答だった。
少し離れて様子を窺ってみると……沙空乃は瞳を潤ませて、顔を真っ赤にしていた。
……いや、流石にチョロすぎないか?
などと思っていると、目があった。
「あ、うぅ……」
顔をばっちり見られていることに気づいた沙空乃は、恥ずかしそうな声を漏らすが。
「はっ!」
一瞬の後、沙空乃は我に返ったように目を見開くと、すかさず俺の腕から逃れ出た。
「い、今のは全部なかったことにしてください! こ、これをあげますから!」
半ばパニックになっている沙空乃から押し付けられたのは、さっき見せられた陽奈希の着替え盗撮写真だった。
「だからこんなの持ってたら言い逃れできなく――」
「まったく、渉くんは魔性の男ですね……!」
俺が返品しようとするも、時既に遅し。
沙空乃は捨て台詞のようなものを吐きながら、逃げるように走り去っていった。
……これ、俺が悪いのか?
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