第25話 挟み込まれて

 一時間も二人きりでいたらまた変な雰囲気になりかねない。

 陽奈希ひなきが再三の電話により沙空乃さくのを呼び出して、俺たちは密室から解放された。  


 女子テニス部のラウンジを出た俺は現在、沙空乃と陽奈希と一緒に、文芸部の部室に向かって夜の廊下を歩いていた。

 まだ時刻は夜の9時前だが、明日も早朝から動くことになるので、仮眠を取ることにしたのだ。


 ラウンジにもベッドはあったが、当然あそこはテニス部員たちが使用する。さっきの一時間ほどだけ、沙空乃が無理を言って貸し切っていたようなので、長居はできなかった。

 ところで、その一時間で俺もシャワーを浴びさせてもらったが……本当に男が使ってよかったんだろうか。


 何にせよ、三人とも寝間着代わりのジャージに着替えて、テニス部のラウンジからちゃっかり拝借してきた布団を担いで運んでいたんだけど。


「そもそも……なんでこの三人で寝ようって話になってるんだ」

「はい?」

「え?」


 歩きながら口にした俺の疑問に対し、沙空乃と陽奈希は二人してきょとんと小首を傾げる。

 流石は双子、反応がそっくりな上にかわいい……じゃなくて。


「俺は別に、他のクラスメイトと同様、教室で雑魚寝する感じで構わないんだけど」

「うーん……でも、せっかくゆっくり寝られる場所があるなら、そこを使えばいいんじゃない?」


 右隣を歩く陽奈希が、無邪気にそう勧めてくる。

 ……二人と一緒だと緊張してゆっくり眠れないと思ったから、こんなこと言い出したんですけどね。


「ええ、陽奈希の言うとおりです」


 左隣を歩く沙空乃は妹に同意した。


「何より、陽奈希と学校でお泊りできるなんて滅多に無い機会です。だったら一緒に過ごさなければ損だと思うのは当然でしょう?」


 テニス部のエースである沙空乃が、ベッドを完備している専用のラウンジで寝ないのは、そういう理由らしかった。

 けど、俺に共感を求められても困る。


「あはは……」


 陽奈希も曖昧な感じで笑うしかないといった様子だった。

 ……やっぱり双子の姉のシスコンぶりは、妹としても勘付いているんだろうか。

 盗撮までされているとは、想像していないかもしれないけど。

 などと、俺が呆れていたその時。


「それに今日は、渉くんもいますし……楽しい夜になりそうです」


 沙空乃が愛おしそうに俺を横目で見ながら、はにかんでみせた。


「な……は、はいぃっ!?」


 これは……天然でやっているのか……?

 だとしたら、かわいすぎるというか、反則だろ。

 ああ……動悸がものすごくなってきた。 


「……お邪魔だったら、わたしは遠慮しとこうか?」


 くすり、と陽奈希が笑う。


「だ、駄目です! 陽奈希もいてください、間違いが起きたらどうするんですか!」

「わたし的には、起きちゃってもいいけど? さっきのお返しって意味もあるし……ふふっ」

「わ、笑い事ではないでしょう! 自分の好きな人と双子の姉がそんなことになるのを見過ごすなんて、どうかしています!」

「えっと……その言葉、そっくりそのまま沙空乃に返すけど」

「むぅ……最近の陽奈希は、なんだか私に当たりが強くないですか……?」

「だって、沙空乃がいつまでたっても渉とくっつこうとしないし」

「だからそれは、陽奈希が渉とヨリを戻すべきだと考えているからで……!」


 ……また、変な理由で揉め始めているようだけど。


「やっぱり俺が別の場所で寝れば解決なんじゃないか?」


 ただでさえ、あんな未遂事件みたいなことがあったばかりだし。

 そもそも、年頃の男女が同じ部屋で寝るのは世間的にマズいだろう、しかもここは学校だし――


「「それはだめ(です)!!」」


 沙空乃と陽奈希は、俺の両隣から口を揃えて否定してきた。

 



 そんなわけで、文芸部の部室にて。

 机を脇に避けて布団を準備していたが……一つ、問題が発生した。


「二人分しか敷けないな」


 そう、この部屋は文芸部の部室を名乗りながら本棚の一つも置けないくらいには、手狭なのだ。


「あれ……思ったより窮屈かも……?」


 陽奈希はもう少しゆとりがあるつもりでいたらしい。


「よし、ここは俺が遠慮して――」

「確かに狭いですが、三人で身を寄せ合って寝れば問題ないでしょう」

 

 名案だろう、とばかりに沙空乃は胸を張る。 


「川の字ってやつだね? うん、それくらいのスペースなら充分あるかな」


 沙空乃の意見に、陽奈希も満足そうだ。

 一応喋っている途中だったんだけど……俺の提案は双子姉妹の耳には届かなかったらしい。 

 彼女たちの中では、三人で一緒に寝ることは決定事項のようだ。

 最早、俺があがくだけ無駄である。


「さて。問題は誰がどの位置で寝るか、ですね」


 沙空乃がそう切り出した瞬間、室内の空気が張り詰めるのを感じた。




 陽奈希を俺と隣り合わせにしつつ、自身も愛する妹と密着したい沙空乃は「俺・陽奈希・沙空乃」の配置で寝ることを提案。

 一方の陽奈希は俺と沙空乃をくっつけつつ、自身は隙を見て脱出して俺たちを二人きりにしてやろう……との魂胆から扉側で寝ることを希望し「俺・沙空乃・陽奈希」の位置取りを提案。

 またしても口論に発展した二人だったが、最終的に落とし所を見つけ、現在は三人で布団の中に収まっていた。


「ふむ……これはこれでありですね」

「ふふっ……そうだねー」


 消灯された部屋の中、俺の和気藹々とした雰囲気を醸し出す沙空乃と陽奈希。

 そう。彼女たちの導き出した妥協案とは。

 俺を真ん中にして、二人でその両脇を固める、という配置だった。


 つまり今、俺は校内きっての美少女双子姉妹に挟まれて寝ている。

 二人分の布団に三人で横並びになっているので、当然狭い。

 しかも、一枚の掛け布団を三人で共有する形になっているため、余計に距離が近かった。


「それにしても……沙空乃と渉と一緒に、学校でお泊りかー……なんか修学旅行みたいでわくわくするねっ」

「修学旅行ですか……でしたら、夜は布団の中で恋バナをするのが定番ですね」


 俺が間にいるのに、双子姉妹は普通に会話を始めてしまった。

 消灯しているからか、声は小さいけど……両側からささやき声が耳にかかってくすぐったいので、むしろ俺の安眠を妨害している。

 ……頼むから、俺の方を向いて話さないでくれ。


「あれ? 沙空乃って、そういうの好きだったっけ」

「もしかしたら、友達の影響かもしれません……何かに付けては、誰かが誰かを好きだとか、付き合ってるみたいな話を振ってきますから」

「ああ……沙空乃はモテるから、そういう話もよく聞かれるよね。かっこよくて美人だし」

「私のことだけじゃなくて、陽奈希のこともよく話題に挙がりますよ? 何せ陽奈希は宇宙一かわいいですから」

「そ、そうなんだ……?」


 ……本当に、この姉妹はお互いのことが好きだよな。

 それでやることが妹のストーカーだったり、姉のために彼氏と別れたり、俺を譲り合って喧嘩を始めたりってのはちょっとぶっ飛び過ぎているけど。


「はい。そんなわけで、陽奈希に関する恋バナですが」


 話の流れが変わった、と感じた。

 今まで陽奈希と話していた沙空乃が、俺に対しても意識を向けてきて。


「渉くんは、陽奈希を文化祭に誘いましたか?」 

「その前に、沙空乃は一度渉を誘ったんだから一緒に行くべきでしょ?」


 俺が沙空乃に何か答える前に、陽奈希が食って掛かる。


「……あなたもなかなか懲りませんね……!」

「そっちこそ、ちょっと頑固過ぎないかな……!」


 またしても、口喧嘩を始める二人だったが。

 怒りながらのささやき声が両耳を刺激するせいで、俺は変な道に目覚めないよう自我を保つのに必死だった。




 二人とも、一日中文化祭の準備をして疲れていたらしい。

 言い合いの中、眠気が襲ってきたのか段々と呂律が回らなくなっていき。

 最後には姉妹揃って寝落ちしてしまった。 


 それだけなら、微笑ましい話と片付けられたんだけど。

 沙空乃も陽奈希も、少し寝相が悪かった。


 二人とも、眠ったままもぞもぞと姿勢を変えたりしている中で、徐々に俺に絡みついてきたのだ。手を回したり、足を引っ掛けてきたり。

 気づけば俺は、双子姉妹の抱き枕と化していた。


 しかも、ただ両側から抱きつかれているだけに留まらず。

 俺の手が、二人の胸やら太ももの間やらに押し付けられて、身動きが取れない上に言い訳ができない状況になっていた。


「んむ……わたるくん……ふふ……」

「すぅ……すぅ……わたるー……」


 しかも、寝言で俺の名前を呼んでくるし。

 ……人の気も知らずに、幸せそうだ。


 こんな調子だと、とてもじゃないが眠れそうにない。

 まあ結局は……嫌ではないからこそ、受け入れてしまっているんだけど。


 だがその思考は危険だ、とも感じている。

 俺はこんな風に二人の女の子から好かれていて、あろうことか自分自身もその二人が好きだ、なんて贅沢な状況に身を置いているけど……このままずっと、どっちつかずではいられない。

 それは、姉妹喧嘩がずっと続くということを意味するのだから。

 彼女たちだって、そんなことは望んでいないはず。


 だからこそ、俺が責任を持って、明確な答えを出すべきだ。

 とはいえ……二人が意地を張り合っているような現状では、仮にどちらかを選んだりしても、断られてもう片方をすすめられるのが目に見えている。

 

 何か……沙空乃も陽奈希も、納得できるような答えがあれば。

 いずれにせよ、俺のせいで好きな人たちの幸せが損なわれるようなことは、あってはならないと思うから。


 ……明日からの文化祭は、答えを出す良い機会かもしれない。

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