第19話 双子姉妹の好きなもの
「と、とんでもない現場に居合わせてしまいました……」
私……
程なくして、体育館裏にいる彼を見つけたのですが……そこには
二人の邪魔をしては悪いと思いつつも、一体こんな人気のない場所で何をするつもりなのかと気になったので、物陰で息を潜めて様子を窺っていたら。
衝撃の事実を、知らされることになりました。
まさか、渉くんが陽奈希に告白したのは間違いで、本当は私に告白しようとしていた……なんて。
それって、渉くんは私のことが好きだった、ってことですよね。
「つまり、両想い……!?」
もしかして……昔初めて、あの田舎で出会った時から好きだった……とか!
「あれ……?」
でも今、陽奈希のことが好きって言いましたよね、彼。
それはまあ、あんなにかわいいかわいい陽奈希が彼女になって、いつも隣りにいたら、好きになるのは当然といえば当然なのですが……。
それなら今、私のことはどう想っているんでしょうか……?
陽奈希を溺愛しすぎているところを見せてしまいましたし、「あなたを振ります」なんて宣言してしまいましたし、あるいはもう興味が無いのでは……。
「っと……一人でネガティブになっていてもしょうがないですね」
それ以前に、渉くんが私のことをどう想っていようと、彼は陽奈希と付き合うと固く決意しているはずです。
でなければ、改めてあの子に告白したりなんてしません。
それにしても……こんな重大なことを打ち明けられたというのに、陽奈希の反応が薄いですね。
逆に渉くんの方が困惑して――
「……!?!?」
今……陽奈希が渉くんの口に、キスを……!
う、羨ましい……。
「あ……」
二人とも校舎に戻っていきますね……めちゃくちゃ仲が良さそうです。
私が間に入る余地なんて、ないくらいに。
なんでしょうか、この……胸が締め付けられるような想いは。
「こんな気持ちになるなら、覗き見なんてしなければ良かったかもしれません……」
……とりあえず、家に帰ったら陽奈希からハンカチを受け取りましょう。
◆◆◆
体育館裏での出来事の後、私はすぐに帰宅して、1階のリビングのソファーでくつろいでいました。
文化祭の準備期間なので、今週はテニス部の練習はありません。
ではクラスの手伝いを……と思ったのですが、私には売り子として頑張ってもらうから準備はしなくていいとか、手を怪我をしたらどうするんだと心配されてしまいました。
「妙な特別扱いもかえって困るのですが……」
まあ、クラスの皆さんなりの気遣いということで、ありがたく受け取っておきました……今日は、あまり気乗りしなかったのもありますけど。
明日は止められても、ちゃんとお手伝いしましょう。
ちなみに私の所属する2年1組では、たこ焼き屋をやります。
……陽奈希は来てくれるでしょうか。
やっぱり、その時は渉くんと一緒に……?
だとしたら……。
「なんだか、複雑ですね……」
「んー、何が複雑なのー?」
「ひ、陽奈希!? いつの間に帰ってきてたんですか……」
ソファーの後ろから、陽奈希がずいっと顔を出して話しかけてきました。
壁の時計を見ると、気づけばもう夕方の6時。
……私、ここで一時間以上ボーッとしてたんですか。
「沙空乃こそ、着替えもせずにこんな所に座って何してたの?」
よいしょ、と声を出しながら、陽奈希は隣に座ってきます。
「少し、考え事をしていました……」
「もしかして、ハンカチをなくして困ってたとか?」
陽奈希はポケットから、渉くんが拾った私のハンカチを取り出して、差し出してきました。
「あ……ありがとうございます」
私は受け取りながら、お礼を言います。
……悩んでいたのは、ハンカチについてではないんですけど。
「お礼なら渉に言ってね? 廊下に落ちてたのを拾ってくれたんだって」
「そうでしたか、彼が……」
覗き見していたので知ってはいますが、ここはとりあえず話を合わせておきます。
「せっかくお揃いのハンカチなんだから、もう落としたりしたら駄目だよ? これを使ってると、双子で好きなものを共有できてるって感じがして……なんだか嬉しいんだ、わたし」
そんな私の内心など露知らず、陽奈希は照れ臭そうに笑いかけてきました。
ああ……なんてかわいいんでしょう!
「はい……!」
私は強く頷くと、昂ぶる気持ちを抑えきれずに陽奈希に抱きつきます!
「わっ!? もう……どうしたの沙空乃?」
「その……我慢できずに、つい……」
ああ、柔らかくてあったかいです……。
「ふふ。沙空乃って、けっこう甘えたがりだよね?」
「そんなつもりは……」
しかも、甘くていいにおいが……ってあれ?
何やら、陽奈希以外のにおいがするような。
「これはもしや……渉くんのにおい……?」
「……渉くん?」
口が滑った、と思った時にはもう手遅れ。
陽奈希は耳聡く反応すると、抱きついていた私を少し離して、じーっと見つめてきます。
「あ」
そして、何かを察したような声をあげると。
「やっぱり沙空乃って、渉のこと好きなんだ?」
分かっちゃったとばかりに、したり顔で笑いました。
「っ~~~~~!?」
瞬間、私の全身がびくりと跳ねます。
まだ、陽奈希と触れ合ったままの状態で。
これでは……動揺が直に伝わってしまいます。
まるで、その通りだと自白しているみたいじゃないですか……!
実際、正解なのですが……陽奈希に対して認めてしまうことだけは、あってはいけません。
この気持ちを陽奈希の前で露わにしてしまったら、それはまさしく裏切りにほかならないのですから。
「そそそ、そんなわけないじゃないですか……!」
私は陽奈希からできる限り離れるため、ソファの端まで逃げます。
「ふふふ、そうかなあ~?」
陽奈希は私に、何やらかわいいものを見るような目を向けてきます。
私の方がお姉ちゃんなのに、これでは立場が逆転してしまったみたいです……これはこれでありですけど……!
「じゃあ、渉くんのことが別に好きってわけじゃない沙空乃に、ここでとっておきの朗報を一つ」
「……なんですか、突然」
あえて『くん』の部分を強調して、微妙に引っかかる言い回しをしてくる陽奈希ですが……まんまと気になってしまったので私は続きを促します。
「実はね、渉が私に告白したのは間違いで……本当は、沙空乃に告白するつもりだったらしいんだ」
「へ……?」
告白が間違いだった。
その事自体は、さっき盗み聞きしてしまったので、知っていました。
ですがそれを陽奈希が朗報として持ち出してきた意味が分からず、私は間抜けな声を漏らしてしまいます。
「つまり、沙空乃と渉は両想いってこと。だからこれは……沙空乃にとって、初恋を叶える大チャンスってことだね!」
……チャンス?
どうしてこの子は……楽しそうにしているんでしょうか。
「いや、でも……渉くんは、陽奈希の彼氏ですよね? きっかけはどうあれ、今は随分仲が良さそうですし」
間違いだと言いつつ、渉くんは改めて陽奈希に告白していましたし。
更には陽奈希から、その……キスまでしていましたし。
「うん、それはまあ……えへへ」
私の指摘に、陽奈希は気恥ずかしそうにします。
その様子を見ていると、なんだか急に不安になってきました。
「ところで……二人は一体、どこまで……したんですか?」
あれだけ仲が良くて、気軽にキスしてしまうような関係なんですし、もしかしたら既にその先も……。
今日だって、文芸部の部室でカーテンを閉めて二人きりになっていましたし。
「やっぱり、気になるんだ?」
陽奈希はにやにやと笑いながら、さり気なく私のすぐ近くに移動してきます。
ううぅ……私の妹は、どうして時々いじわるになるんでしょうか。
「こ、この質問はあくまであなたの姉として、不純で行き過ぎた恋愛をしていないかと心配してですね……」
「キスは、何回かしたよ?」
あたふたと言い訳を試みる私に、陽奈希はしれっと告げてきました。
「……! ま、まあそれくらいは、してますよね……」
つまり、キスより先はまだしていないと。
けど、やっぱりさっき見たのが初めてではないんですよね……。
安心したような、更にもやもやした気分になったような。
「…………」
この桜色の潤いたっぷりな唇で、渉くんと何度も……。
……うん?
つまりこの唇にキスすれば……陽奈希とキスしながら渉くんとも間接キスできて、一石二鳥なのでは!?
私は思いつくまま、吸い寄せられるように陽奈希に顔を近づけていき――
「よいしょ」
陽奈希は何食わぬ顔で私から距離を取って、いなしてきました。
それから、改めてこちらに向き直ると。
「それでね? わたし、渉と別れることにしたから」
「え……どうして、そうなるんですか?」
別れるって、つまり……渉くんと陽奈希が、彼氏と彼女じゃなくなるってことですよね。
でも、どうして。
さっき渉くんが告白のことを打ち明けた時は、円満解決という雰囲気だったのに。
……とは、覗き見ていた立場上、聞けなかったので。
「あんなに好きだと言っていて、毎日のように私にのろけ話を聞かせてきたのに……何故別れるなんて……」
「うーん、今回の件でわたしなりに思うところがあったって感じかな?」
「でも……彼だって、わざわざこんなことを打ち明けるのは勇気が必要だったはずです……! 確かに告白する相手を間違えたというのは褒められた話ではありませんが、正直に話したのは評価してあげるべきなのでは……いい加減な気持ちで陽奈希と付き合い続けようとする人では、無いと思いますし」
言い終えたところで、私は自分が喋りすぎたことに気づきます。
事実、陽奈希は圧倒されたように目を丸くして……やがて、笑い始めました。
「ふふふっ……沙空乃ってば、渉のことべた褒めだねえ」
「いや、これは……っ! だ、大体、陽奈希だってこれくらいのこと、分からないわけじゃないでしょう?」
「まあ、そうなんだけど……わたしの思うところっていうのは、そういう話じゃなくてね?」
「では、どういう話なんですか……」
飄々とした態度の陽奈希を、私はついジト目で見てしまいます。
「とにかく、渉はわたしと別れてフリーになるから……沙空乃がそのつもりなら、何の遠慮もしなくていいんだよ?」
陽奈希は私の追及を躱して、またしてもよく分からないことを言ってきました。
「遠慮、とは……?」
「自由にアプローチしていいんだよ、ってこと。例えば……文化祭の時、一緒に回ろうって誘ってみるとか!」
「陽奈希を差し置いて、そんなことは……」
「だから、そこは気にしなくて大丈夫なんだってば」
「それ以前にですね、私はまだ彼のことが好きだなんて一言も口にしていないんですが」
私は陽奈希の考えを改めようと、再度渉くんへの好意はないとアピールします。
……実際には、好きなんですけど。
「うーん……そっかー」
しかし陽奈希は、あまり聞く耳を持つ様子がありません。
「どちらにせよまずは、二人の馴れ初めを聞かせて? 沙空乃と渉って、学校では殆ど接点なかったと思うんだけど」
「馴れ初めって……また私が彼を好きみたいな言い方を」
……この子、こんなに会話が通じない子だったでしょうか。
別にからかってやろうみたいな意思は感じませんし……むしろ何か、純粋な想いからこうした言動を取っているように見えてならないので、余計に不思議です。
「いいから……どうして渉くん、なんて親しげに呼ぶようになったの?」
「……どうしても聞きたいですか?」
「うん、どうしても!」
陽奈希は私に、満面の笑みを振りまいてきます。
……かわいいかわいい妹に笑顔でお願いされてしまうと、姉の私としては弱いです。
が、こういうときこそ、心を強く持たなくては――
「わたしだって、いつも沙空乃に渉のこと聞いてもらってたでしょ? だから、あんな感じで……お願いっ!」
陽奈希は手を合わせ、片目でウィンクするというかわいらしい仕草で頼み込んできました。
「実はですね、8年ほど前に……」
私はあっさりと折れて、初めて彼と出会った、あの夏の日の思い出について語り始めました。
「……というわけなんです」
「おお……なんだか、運命的なものを感じちゃうなあ……」
洞窟でこっそりまだ幼かった彼にキスをしたことなど……一部を除いたほぼ全てを語り尽くした私を前に、すっかり聞き入っていた陽奈希が感動の声をあげます。
「うん、きっと運命に違いないね! 二人が高校生になってから再会するのは、きっと必然だったんだよ!」
「そ、そうでしょうか……?」
思い出話をして、私自身気分が乗っていたからでしょうか。
陽奈希の言うことが、なんだかもっともらしく聞こえてきます。
「やっぱりこのまま何もアプローチをしないのは勿体ないと思わない?」
「言われてみれば……そんな気もしてきました」
「じゃあ早速、明日渉に話しかけてみようか」
「ええ……陽奈希がそこまで言うなら、そうしてみます」
そんなこんなで、私は距離を置くとかあなたを振りますとか宣言したはずの好きな人に、また話しかけてみることにしたのでした。
……あれ?
本当にこれで良かったんでしょうか。
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