第18話 波乱の幕開け

 天宮あまみや姉妹は双子である。

 なので当然、誕生日が同じだ。

 彼女たちの誕生日は、7月7日。七夕だ。

 沙空乃さくの陽奈希ひなきは毎年その時期になると、二人でお互いのプレゼントを用意して、贈り合うのだという。


 去年、陽奈希のプレゼント選びに付き合わされた際に、聞いた話だ。

 俺は殆どただの付き添いで、陽奈希が一人で選んでいたけど。

 ――俺がいる意味あるのか、これ?

 と陽奈希に聞いてみたら、

 ――文化祭の準備に必要な資材の買い出しもするから、君はその荷物持ちに連れてきたの。

 なんて素っ気ない答えが返ってきて、実際、両手いっぱいに荷物を持たされた。

 当時の俺は、その雑な酷使ぶりを嘆いたりもしたけど。

 ……思えばあれも、俺と出かけたり話すための口実だったんだろう。


 あの日は、常にツンツンしていた陽奈希が珍しく上機嫌に、沙空乃との誕生日について語っていた。

 姉妹の決まりごととして、プレゼント選びは別々で行ない、何を贈るかは当日まで秘密にしておくらしいんだけど……どういうわけか、毎年のようにプレゼントが被るらしい。

 髪飾りとか、ペンとか、お菓子とか。

 せいぜい色や柄、味が違う程度で、お互い殆ど同じものを贈り合うことになるそうだ。

 それこそ、まるで示し合わせたように。

 ……沙空乃のシスコン気質を知った今だと、陽奈希が何を選ぶかストーキングして確かめているのでは、なんて邪推が浮かんでくるけど、流石にそんなカンニングめいた真似はしていないと信じたい。

 何せ、陽奈希は毎年プレゼントが被ってしまうことについて、「双子だからこそ通じ合っている」なんて嬉しそうに語っていたのだから。


 ともあれ、その時陽奈希から聞かされた話から分かったのは、天宮姉妹はとても仲が良いこと。

 そして、双子であるがゆえに好みが似通っていて、被ることも多い……ということだった。

 

◆◆◆


 放課後、体育館裏。

 俺は静けさの漂うその場所でとある人物を待ちながら、先程拾った落とし物を今一度観察していた。

 ……やっぱこのハンカチ、去年陽奈希が沙空乃に贈る誕生日プレゼントとして選んだやつだよな。

 あの場所に落ちていた……ってことは、まさか沙空乃が俺を尾行して――


「おまたせー」


 そんな声に合わせて、陽奈希が小走りでやってきた。

 俺は反射的に、ハンカチを制服のポケットに突っ込む。

 ……一旦この件は忘れよう。 


「悪いな、文化祭の準備で忙しいって時に呼び出して」


 俺が待っていたのは、彼女である天宮陽奈希だ。

 職員室に文化祭関連の書類を届けた後、放課後に体育館裏で会いたいと、ラインを送っておいた。


「別に、ちょっとくらいなら大丈夫だよ」


 付き合うようになってからよく見せるようになった笑顔で、陽奈希は答えてくれる。

 これから俺が、何を言い出すかも知らずに。


「それにしても……渉に告白されて以来だなあ、ここに来るの」

「実は今日呼び出したのは……その告白のことで、陽奈希に話があるからなんだ」

「えっと……話って?」


 俺のただならぬ気配を察してか、陽奈希の顔つきも真剣なものに変わる。


「実はあの時、俺は……」


 重たい口を開く俺を、じっと見つめ返してくる陽奈希の視線。

 真実を聞いた時、彼女がどんな反応をするかが……やはり怖い。

 けど、間違えたまま、なあなあの現状維持で取りあえず付き合い続けるのではなく。

 天宮陽奈希という一人の女の子と真剣に向き合うのだと決めた以上、俺はこのことを黙っていてはいけないと思うから。 

 その結果どうなったとしても、それに対する責任は俺が負わなければならない。


「……告白する相手を、間違えたんだ」

「……? 間違えたって……じゃあ、誰に……」


 まだ理解が追いついていないのか、陽奈希はきょとんとしている。


「本当は……沙空乃に告白するつもりだった。テニスウェアを着ていた陽奈希を見かけて、沙空乃が一人でいるところに運良く鉢合わせたと、勘違いしたんだ」

「つまり渉は、沙空乃のことが好きで……わたしのことは好きじゃない、ってこと……?」

「確かに、告白した時はそうだったけど……今は違う」

  

 不安の色を見せる陽奈希を前に、俺はきっぱりと否定する。

 そして、大きく一度深呼吸をしてから。


「俺は今、陽奈希のことが好きだ」 


 真実を打ち明けた上で、改めて陽奈希に……好きな人に告白する。

 それが俺なりの、けじめの付け方だ。

 あとは、陽奈希がどう受け取るかに、委ねるしかない。


「…………」


 陽奈希はしきりに瞬きをしながら、黙って俺の方を見ている。

 ……驚いているのか、呆れているのか、はたまた別のなにかか。

 偉そうなことを言える立場じゃないのは承知しているけど、できれば何かしらの反応をしてくれると――


「ふふふっ……!」


 陽奈希は口元を手で押さえながら、おかしそうに笑い始めた。


「あはは……渉ってば、わざわざそんなことを言うためにわたしを呼び出したの?」

「いや、そんなことって……かなり重要なことを言ったつもりだったんだけど」


 ……陽奈希のやつ、なんでこんなに笑ってるんだ。


「というか……もっと怒ったりとかしないのか?」

「怒るって、なんで?」


 陽奈希は不可解そうに、首を傾げる。


「だって……俺は今まで、陽奈希を裏切るようなことをしてきたんだぞ?」

「うーん……確かにそうかもしれないけど、渉は結局打ち明けてくれたでしょ? 付き合い続けるだけなら、黙っておくことだってできたのに」

「それは、そうだけど……」

 

 ……なんだこれ。

 どうして俺の方が困惑させられているんだ。

 普通、逆なんじゃないのか。


「だからね? 本当のことを打ち明けてくれたのは、渉がわたしのことを大切にしてくれてる証だと思ってるよ?」

「流石にそれは、お人好しすぎるんじゃ――」


 などと、うだうだ言っていた口は、素早く距離を詰めてきた陽奈希の口によって、塞がれた。

 またしても、不意打ちによるキス。


「……!?」

「もうっ……しつこいよ、君」


 怒ったような口調だが、陽奈希の顔は笑っている。


「そりゃあ、わたしだって驚いたのは事実だけど……怒ったり悲しかったりなんてことはなかったし……むしろ、嬉しかったんだよ?」

「嬉しいって、何が」

「だって渉は、今度こそ間違いじゃなくて……ちゃんとわたしに向けて、好きだって言ってくれたから」


 そう言って、陽奈希はまた、優しく笑う。

 包み込むような、暖かい笑顔を前にして……俺はひたすらに、安心感を覚えていた。

 ……やっぱり本当のことを伝えて正解だった。

 少し、出来すぎている気はするけど――


「あれ?」


 ふと、陽奈希が何かに気づいたような声をあげた。


「なんで渉がそのハンカチ持ってるの? 去年の誕生日に、わたしが沙空乃にあげたやつなのに」


 陽奈希が目に留めたのは、制服のポケットから少しはみ出た、女物のハンカチだった。

 ……そういえば、すっかり忘れていたな。


「ああ……さっき落ちてたのを偶然拾ったんだ。本当は職員室に届ける予定だったけど忘れてて……良かったら、陽奈希の方から返しといてくれるか?」

「うん、そういうことなら、わたしが預かるね」

 

 俺はポケットからハンカチを取り出して、陽奈希に手渡す。


「さて、と……わたしはまた教室に戻って、文化祭の準備をするつもりだけど……渉はどうする?」

「俺もそうするよ。これでも一応、『委員長の秘書』だからな」

「ふふっ、頼りにしてるね? わたしの秘書くん」


 そんなことを言って笑い合いながら、俺たちは校舎に向かって歩いていく。


 大事のように一人で悩んでいても、打ち明けてみたら意外となんてことなかった。

 困った時は、自分の気持ちに正直になるのが一番……なんて、この時の俺は思っていたんだけど。

 やはりというかなんというか、物事はそこまで都合よく進んでくれなくて。




 翌朝。

 自宅のあるマンションを出て、一人で通学路を歩いていると。


「おっはよー!」


 陽奈希が大きな声で挨拶しながら、後ろから腕に抱きついてきた。


「おはよう、朝から元気だな」

「ふふ……今日は登校中から渉に会えると思ったら、はしゃいじゃった」


 ……朝っぱらから、よくそんなことを恥ずかしげもなく言えるな。

 この姿勢だと相変わらず、腕に柔らかいものが二つ、惜しげもなく密着してくるし……。

 こっちが照れそうになる気持ちを抑えつつ、俺は陽奈希に尋ねた。


「そういえば、陽奈希と一緒に登校することって滅多に無いよな。今日は委員会の仕事とかはないのか?」

「うん。それと……渉に言いたいことがあったから、時間を合わせたっていうのもあるけど」

「……言いたいこと?」

「わたしたち、一旦別れようか」


 笑顔のまま何気なく発せられた陽奈希の一言で、俺は静止した。


「は……今、何を……?」

「だから、別れよう?」


 別れるって……つまり、俺と陽奈希が、彼氏と彼女じゃなくなるってことだよな……?

 昨日、充分に覚悟していたつもりだったけど……時間差で来られると、余計ダメージが大きいというか。

 ……気が遠くなりそうだ。


「やっぱり……昨日のことが、許せなくなったのか?」

「えっと。心変わりしたとか、そういう話じゃないよ?」


 陽奈希は俺の問いを、即座に否定する。

 最近よく見るようになった、幸せそうな笑顔のままで。


「多分、今はそうしておくのが一番……のためになると思って」


 ……駄目だ。

 陽奈希が何を考えているのか、全くわからない。

 別れるってことは、俺を嫌いになったってことじゃないのか……?

 でもその割には、怒ったり失望したりしている様子は、一切ない。

 嬉しそうに腕を組んでくるし、にこにこと晴れやかに笑っているし。


 何にせよ、一つ確実なのは。

 俺はこの日……彼女であり、改めて想いを告げたばかりの天宮陽奈希に、笑顔で胸を押し付けられながら振られたということだ。

 



 ちなみにその日は、腕を組んだ状態のまま二人で登校したらしいんだけど……俺は全く覚えていない。

 もっと言うと、どんな風に一日を過ごしたかすら記憶になかったわけだが……そんな俺の目を覚ますような出来事が、放課後に待ち受けていた。


 放心状態で廊下を歩いていたら、偶然にも沙空乃と鉢合わせて、久々に話しかけられたのだ。


「あの……渉くんって、私のこと好きだったんですか?」

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