第8話 かくして二人の関係は振り出しに戻る……?〈下〉
唐突ですが、私……
僅か十七年程度の人生において、異性からはもちろんのこと、時には同性からも、幾度となく告白されてきました。
しかし一度として、首を縦に振ったことはありません。
何故かと言えば単純に、その相手が好きではなかったからです。
私が好きなのは、双子の妹である、
ではそれが恋愛的な意味を持っているのかと聞かれると、少し疑問に思います。
私の陽奈希に対する『好き』は、そういう感情ではない気がするのです。
だからって、あの子への思いが弱いとかそういう話では決してないのですが……よくよく考えると、私は。
これまでの人生において、恋心というものを抱いた経験がないのかもしれません。
◆◆◆
第二体育倉庫で、ちょっとした事故があった日の夜、自宅にて。
就寝準備を整えた私は、自分の部屋でベッドに寝そべり、秘蔵のコレクションを眺めていました。
「むふふ……」
そう、陽奈希の写真集(自作)です!
最愛の妹を様々な角度から撮った写真をひたすらに収めた、この世の何にも勝る至宝のようなアルバム。
「ああ……どの陽奈希もかわいすぎます……!」
これを見ていると、日々の疲れや悩みなんて、どこかへ吹き飛んでいくものなのですが……。
ふと、アルバムの中のとある一枚……より正確には、そこに写り込んでいる男の横顔に、目が留まりました。
いつも私の陽奈希のそばをうろうろしていて、最近は分不相応にもあの子に告白して彼氏になった、憎き仇敵……
その顔を見ていると、自然と昼休みの出来事が頭に蘇ってきます。
私はあの男の前で転びそうになり、もつれた結果マットに押し倒されるような形で横になり。
迫ってくるような素振りを見せる仇敵を前に、あろうことか身を委ねるような仕草を取ってしまったのです。
「くぅ~……! 私はどうしてあんなことを……!」
……あれでは完全に、私があの男を誘惑していたみたいじゃないですか!
それにあの時は彼が迫ってきたように見えましたが、よく考えたらあれはちょっと体が動いた程度だったように思えます。
向こうが本気なら、もっと一気に襲いかかってきたのでは。
……でも。
ああいう、ふとしたハプニングで男の子に押し倒されてそのまま禁断の関係に……みたいなシチュエーションは、ちょっと少女漫画みたいで憧れ……って何を血迷っているんでしょうか私は……!
第一「妹を悲しませたら、どうなるか分かってますよね?」とか
ですが向こうはあの時、私から誘われた……と感じたかも。
こうして時間が経った今だからこそ思いますが……第二体育倉庫を出てすぐに呟いた独り言も、ひょっとするとあの男に聞こえていた可能性が……!
超絶美少女な私が、あんな……「なんで私、こんなにどきどきしてるんでしょう……」なんて言っているのを耳にしたら、あの男が勘違いしてしまいます。
「マズい……それはマズいです!」
付き合いたての彼氏が双子の姉と浮気して……なんてことになったら、あの男はともかく私まで陽奈希に嫌われてしまいます。
もっともそんな状況、向こうが一方的に私に対して好意を抱いたとしても、私が気をしっかり持てば起こり得ない……じゃなくて、最初から歯牙にもかけていないから心配無用なんですけど!
「すぅ……はぁ……一度落ち着きましょう……」
私は昂ぶる気持ちのやり場を求めるように枕を壁に投げ飛ばしてから、深呼吸します。
それにしても……さっきから、あの男のことばかり考えてしまっているような。
「はっ……!」
これではまるで、今まで特に気にしていなかった異性とのちょっとしたハプニングをきっかけに、相手のことを思いっきり意識するようになった女みたいじゃないですか……!
違う、断じてそうではありません。
あの男が愛する陽奈希にまとわりついてくるだけでは飽き足らず、私にまでちょっかいを出してくるから、どう排除してやろうか悩んでいるだけなんです、私は。
「まったく……忌々しいです」
私はこんな風に考え込むきっかけとなった一枚に写り込んだ伊賀崎渉の顔を、指で小突いてやります。
あ、なんだか少し気分が晴れた気が。
「ふぅ……」
とりあえず、これ以上考えても仕方がないですし……寝るとしましょう。
私はアルバムを定位置であるベッドの下に隠し、明かりを消してから布団を被って眠りにつこうとして。
「そういえばあの男、陽奈希をデートに誘う話はどうなったんでしょうか?」
今日帰ってきてから陽奈希に聞いた時は、特に何も言われていないような感じでしたが。
「まったく、あの腑抜けめ……」
……明日会ったら、覚悟しておくことです。
恨み言を呟きながら両目を閉じようとした、次の瞬間。
「さくのー、聞いて聞いて! 渉からデートに誘われた―!」
嬉しさ全開の陽奈希が、勢いよく扉を開けて部屋に入ってきました。
ついでに消した明かりをつけ直してくれたので、陽奈希の笑顔が眩しく感じます。
只今の時刻は、23:59……あ、0時になりました。
……どうやら、タイムリミットにはギリギリ間に合ったようです。
ひとまずは、合格としておくとして。
この笑顔を守るためにも、あの男の勘違いを正さなくては!
◆◆◆
翌朝。
私の所属する、2年1組の教室にて。
登校してきたばかりの私は、自分の席で穏やかな気持ちに包まれていました。
ここに来る途中、あの忌々しい
おかげで私は今、最高に気分が良いのです。
まずは、
――ふふ、変な期待でもしましたか? 駄目ですよ、あなたは『妹の彼氏』なんですから。
と言って、私があの男や昨日の出来事をなんとも思っていないのだと明確に示した上で。
――それにしても、土曜日が楽しみになってきましたね?
の一言で、私があの男とデートの予行演習をしている最中に、ひたすらダメ出しをして絶望させ、そのまま男としての自信を失わせて陽奈希と別れさせる覚悟があるのだと笑顔で伝えてやりました。
まさに、無慈悲なまでの突き放しっぷり。
これで彼も、自分の過ちに気づいたことでしょう。
あの呆然とした顔は、何度思い返しても笑みが溢れてきます。
「ふふふ……」
「沙空乃さん、さっきから機嫌良さそうだけど……何か良いことでもあったの?」
同じテニス部にも所属する級友の
「ええ、実はそうなんです」
「もしかして……昨日第二体育倉庫で会ってた男の人のこと?」
宝生さんは顔を私に近づけてきて、小声で尋ねてきました。
何を隠そう、例の倉庫を私に教えてくれたのは、彼女なのです。
「はい。おかげさまでスッキリしました」
宝生さんの言う通り、私はあの男についての悩みを解決したからこそ機嫌が良いので、首を縦に振りました。
「わぁ……」
やけに目を輝かせながら、歓声のようなものを発する宝生さん。
……?
なんでしょうか、この反応。
もしかして、私の悩みが解決したのを彼女も喜んでくれているんでしょうか。
だとしたら、私はいい友人を持ったものです。
……ああ、なんだかますます心が軽くなってきました。
今日は一日、悩みなく過ごせそうです……。
「あの部屋でスッキリしたって……沙空乃さんもついに大人の階段を……!」
宝生さんが何やらよく分からないことを呟いていましたが、今の私はそんな些事が気にならないくらい、晴れやかな気分でした。
それから、少しして。
私が伊賀崎渉と付き合っているという噂が流れてきたのは、昼休みのことでした。
……どうしてこうなったんでしょう。
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