最終章 オレが本当に欲しかったのは……。
最終話 ほんとうに欲しいものは、身近にあった
小早川家のリビングに置かれた長テーブルに、料理がズラリと並んでいた。
オレたちはあぐらをかいて、リラックスしている。
壁には、
「祝! 小早川ユカリコ 作家デビュー」
という横断幕が。
「ではユカリコ、乾杯の音頭を」
両親に促され、ユカリコが席を立つ。
「今日は、私の作家デビューを祝う席に集まってくださり、ありがとうございます。今日は楽しんでください、乾杯」
オレたちは、ジュースのグラスを傾ける。
早いモノで、もう秋も深まっている。窓から吹く風が、やや冷たい。
ユカリコの作家デビューを祝うパーティが、小早川家で開かれた。
結局、オレとユカリコの書いた作品は、目指していたコンテストの一次選考を通過できていない。
けれどユカリコは、ライト文芸の部門にも作品を出していた。
例のループモノである。
それが見事最終選考を通過した。
その結果、晴れて現役高校生で作家デビューとなったのである。
ユカリコの両親はハンカチを手放せない。
夫婦で、ひとり娘の栄誉を称え合う。
オレたちの席に、ユカリコが座った。
「ごめんね。私だけ先を越してしまって」
「なに遠慮なんてしてんだよ? 必死でやった証だ。おめでとう」
「ありがとう、河内くん。これで、両親との約束も果たせるわ」
実家に自身の書いた本を置くことが、ユカリコの目標である。
ようやく、ユカリコはその一歩を踏み出した。
フミナも話したがっていたので、席を替わる。
「おめでとう、ユカリコちゃんならやれると思ってた」
「ありがとうフミナさん。こっそりフォローしてくれていたのも知っているわ」
フミナが「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。
「上達の秘訣って、なんだったの?」
「そうね。自分を信じず、自分を疑わず、ただ試して、検証した。それだけよ」
フミナの質問に、ユカリコは真剣な表情で答える。
合理主義なユカリコらしい答えだ。
「でもよ、出版って大変じゃないのか?」
「多分、今よりものびのび書けなくなるのは確かね。本当の戦いは、二冊目からだというし。でも、くじけずやっていくつもりよ」
「収益化、って道もあるよな」
「ええ。そっちも視野に入れてる」
最近のは、収益化を推進している投稿サイトが増えた。
出版だとどうしても、各本面にお金を回す必要が出る。
これでは、作家の取り分が少ない。貧困層以下の収益しか手にできないという現象が多く見られる。
そこで、サイト掲載の小説に広告を貼って収益を出すシステムを採用しはじめていた。これなら、アマチュアの作家でも金銭を獲得できるようになるだろう。
ユカリコは、出版社が運営している投稿サイトで、多少は稼ぎを出しているらしい。
「稼げたといっても、せいぜいプリンタのインク台くらいよ」
「学生には千円でもでかいぜ」
「そりゃあ、そうだけど」
謙遜しつつ、ユカリコは頬を染める。
「あまり多くは期待できないけれど、少しでも作家の生活が楽になるなら大歓迎ね」
「もう、オレもそっちを目指そうかなって、弱気になっていてさ」
オレの戦績は、ことごとく惨敗だ。
どの賞に出しても、一次選考の突破すらできないでいた。
「しっかりなさい。あなたがその気になれば、いつだってデビューできるわ。その力は備わってる。今年は、もう一本出してるんでしょ?」
本命のファンタジー賞は落ちている。
が、まだ別の賞に出していた。
「けどよ、そのコンテストに出した作品のPVなんか、たった二〇〇だぜ? 他の作品なんか数万とかザラで、オレの作品なんて」
「よそはよそ。言ったじゃない。『あの賞は、結果にランキングは反映しない』って。だから推薦したの! あなたはニッチ層にウケそうだったから。私はアンタがいい所まで行くって信じてる」
オレより先にデビューしたのに、ユカリコはオレを買ってくれている。
「もしダメだったら?」
「決まってるわ。また新しい作品を書くのよ」
ユカリコから、プロらしいもっともな意見をもらった。
「ありがとう、ユカリコ。本当は祝うはずだったのに、オレが励まされる形になっちまって」
「いいのよ。少しくらい偉そうな意見を言わせてよ」
オレとユカリコで、笑い合う。
「じゃあ、ごちそうさま。ありがとう」
フミナとユカリコがハグした。
「今日は二人とも、来てくれてうれしいわ。またいらして」
「わーい。またご馳走になるね」
言質を取り、食い意地の張ったフミナがバンザイした。
「夢を叶えろよ、ユカリコ。自分の本を、この店に置くんだろ?」
ユカリコの前に、オレは握り拳を突き出す。
「そうよ! 小早川書店は不滅なんだから!」
帰り際、オレとユカリコがグーパンチを重ね合わせた。
「オレのすぐ側にプロ作家がいるのか。まだ実感が湧かないな」
ユカリコは凄い。
オレもがんばらないとな。
そう思わせてくれる夜だった。
「おっ、結果が出てるよー」
家に駆る途中、フミナの足が止まる。
そのまま石のように動かない。
「どうしたんだフミナ? 寒いだろ、家に帰るぞ」
今日は、書く気力がたまっている。
一刻も早く、帰って執筆がしたい。あと数本ネタがある。それを作品として世に出すのだ。
「大変だよ、ショウゾーッ!」
「だから、どうしたんだよ?」
オレはフミナのスマホを覗き込む。
「ショウゾーの作品が、最終選考に選ばれてる!」
フミナが見ていたのは、オレがエントリーしている新人賞の中間結果報告だった。
その賞は、計二四〇作品がエントリーしている。
予選通過者たった一四名の中に、オレの名前があった。
「ウソだろ?」
自分でもスマホを出して、何度も記事を読み返す。
だが、確かにオレの作品は、最終選考の作品欄に残っていた。
「ホントだって! やったねショウゾーッ!」
確かに、うれしい。
産まれてはじめて、最終選考に残った。
一次選考に通過することは何度かあったが、最終選考入りは初めてだ。
「よかった。よかったあ!」
腹の底から、オレは叫ぶ。
とうとう、ここまで来たんだ。
そう思うと、涙が出た。
道路の真ん中に、ヒザを崩す。
「大丈夫、ショウゾー?」
フミナの呼びかけにも、オレはすぐに反応できない。
「オレ、本当はこのヒロイン、受け入れられないかもって、ずっと悩んでたんだ」
もっと萌えを意識した、「誰もが好きになってくれそうなヒロイン像」も考えていた。学園モノだ。きっとそちらの方が最適解だろう。
けれども、オレはフミナにこだわった。
フミナを否定されたくなくて。
この作品に関しては、オレの好きを貫くと決めている。
それが、実った。
フミナは、愛されたんだ。
「本当にありがとう、フミナ。お前を、このヒロインを、信じてよかった」
「わたしからも、ありがとうって言うね。このキャラクターを愛してくれて。わたしを、好きになってくれて」
フミナがオレの肩に、両腕を伸ばす。
しばらく、オレはフミナの胸の中で泣いた。
周りの視線も気にせず、大声で。
「よくがんばったね」
何気ないフミナの一言がうれしかった。
この一言を聞くために、オレは今日まで書き続けたのかも知れない。
「ありがとう。もう立ち上がるから」
オレはフミナから、少しだけ離れる。
「けど、ここからだな」
問題は、残った作品群たちだ。
とにかく、周りが凄すぎる。
第一話からして、オレの一〇倍以上のPVを獲得していた。
「無理だ。これ以上は勝てっこない」
「それでも、最終に残ってるよ」
そうだ。オレでも、やればできる。
後はオレ次第だ。
「フミナ、帰って再調整するぞ。誤字チェックしたい」
「分かった。最後まであきらめないでいようね」
「うん。ここまできたら、破れかぶれだ。最後まで全力を尽くす」
「その意気だよ。ショウゾーッ!」
これから先、オレは様々な挫折を経験するだろう。
それでも、オレは書き続ける。
フミナの可愛さを分かってもらうため。
オレがどれだけフミナを好きかを、読者に届けるために。
オレが攻略したいのは新人賞であってお前じゃない 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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