第16話 戦友の功績を称えた

「お前、ライト文芸寄りじゃなかったっけ?」


 相談を受けている関係上、当然オレの方もユカリコの作品を読む。


 ユカリコが手がけていたのは時間ループモノだ。

 時間を巻き戻す力を持った主人公が、ヒロインとの失恋を回避するために力を使う。

 が、そのせいで周りが犠牲になっていたことを知る。

 失望した主人公は、失恋の事実を受け入れて前へ進む、というオチだ。


 ライト文芸の出版社に投稿する際、オレは校正を頼まれた。未熟ながら、自分の勉強のためにと誠実に取り込んだのを思い出す。


 ここまで走ってきたのだろう。

 ゼエゼエと息を切らせながら、ユカリコは言葉を続けた。

「そうだけど、ラブコメっぽい作品も書いていたの」

 ユカリコの額からは、汗が噴き出している。


「とにかく、二人ともウチに上がっていって」


「わたしもいいの?」


「もちっ。ささ、ユカリコちゃんも早く」


 フミナの家に、オレとユカリコも上がった。

 親御さんはまだ帰ってきていない。


 冷房で身体を冷やす。


 フミナの淹れた麦茶で、オレたちは喉を潤した。


「じゃあ、小説投稿サイトに作品をアップした経緯を詳しく話してくれ」


「さっき話したとおり、研究の一環だったわ。あなたが投稿しているサイト、出版社が運営しているでしょ? 新人賞対策を兼ねて、投稿サイトの傾向を探ろうとしたの。ネット小説に興味もあったわ」


 ラノベ的な作品を否定してしまうと、発想が行き詰まって世界が狭まる。

 ユカリコはそう考えた。

 

 実際、多くの一流作者は、自分のジャンル外の研究に余念がない。

 頭の悪いラノベを書いている人が、SNSで学者並みの歴史通ぶりを披露する場面に出くわす。


 何の知識もなければ、小説はおろか、ラノベもろくに書けない。




 ハッキリ言う。「バカにラノベは書けない」のだ。




「ねえ、ショウゾーも勉強したりするの? 違うジャンルの小説を読んだり、書いてみたりとか」


 フミナの質問に、オレはうんうんと首を縦に振った。


「割とな。ホラーなんか描写が難しいが、原始的な恐怖心をくすぐればいいから、そっちを狙えば書きやすい。さすがにミステリになってくると、読むだけになるけど」


 オレたちが話している間にも、「あんなの自分でも書ける」と豪語し、あまりの難解さに筆を折った「自称天才作家」気取りが続々と生まれている。


 本物のワナビは、いつ報われるか分からない研究研鑽を繰り返し、失敗してはフィードバックする。


 プロですら、このような研鑽を積んでいるのだ。

 すべては作品を本にするために。

 プロ作家が面白い小説を書ける理由は、こういった研究熱心さにある。


 ユカリコはそんな領域に足を踏み入れるべく、苦手なラノベに手を染めた。


「最初は、異世界系でいこうかと思って書いてみたけどボロボロで」


 にわか知識の異世界転生では、客がつかなかった。


「ライト文芸よりの一般ものを目指すんだから、最初から無理があったみたい。だから、現代物のドラマで挑戦したの。そしたら、思いのほかウケて」


 その結果、人気投票一位を手に入れる。


「おめでとう。すごいね、ユカリコちゃん」

 フミナが小さく拍手した。


「ただのまぐれよ、こんなの。タイトルなどを研究した結果、人が集まりそうな要素を探して」


「まぐれなもんか。小説投稿サイトでユカリコが出した結果は、相当なもんだ。並の知識では、上位になんかいけねえよ」


 たまたま力があってトップが取れるほど、投稿サイトは甘い世界じゃない。


 ユカリコには、それだけの実力があったというだけだ。


「このままいけば、優勝確定だな」


「どうかしら? ランキングって、受賞には直接関係がないって聞いたわ」


 そういう説もある。

 とはいえ、どこまで信じていいか分からない。 


「もし、新人賞を受賞したら、辞退するわ。あなたたちに迷惑をかけたんだから」


「さっきから、なんでユカリコがオレたちに謝る必要があるんだ?」


 ずっと妙だった。言いがかりを付けるなど、ユカリコがオレを妨害したのなら分かるが。


「だって、私の小説がランキングを荒らしたから、あなたがスランプになったわけでしょ?」


「違うな。オレが勝手に意識していただけだ。ランキングなんて関係ねえよ」


 単に、オレが小説世界のヒロインをフミナと混同し、読者に妄想されるのがイヤになっただけだ。

 思考を切り離せばよかった。


「それでも、二人しか知らない秘密も、公開してしまったわ」


 言われてみれば、ユカリコの小説は、オレたちの経験と似た点が多い。

 フミナがオレにキスしたシーンまで、まるで見てきたかのように再現していた。


「覗いていたのか?」


 もし、そうだとしたら、絶交も視野に入れなければ。


「妄想だけど」


 イメージしただけで、ここまで書けるのか。

 相当こじらせているな。


「何か、失礼な想像をした気配がしたけれど?」

「こっちの話だ。とにかく、オレのスランプは、ユカリコなんか関係ない。今さっき解決したばかりだ」


「それでも」

 ユカリコは、まだ何か言いたそうだった。


「安心して人気を受け入れろ。お前の面白さは本物だ」


 しかし、オレが言い切ると、ユカリコは口をつぐむ。


「分かったわ。でも、この作品はどうしよう?」


 作品は未完成品であり、規定文字数まであと二〇〇〇文字くらい必要だった。


「完結するだけしておけばいいんじゃね? どこかが見てくれるさ。お前くらいの腕なら、適当に三〇〇〇文字くらい埋まるだろ?」


「結末は決めているから、できるけれど」


 完結は可能だと。ならば、何を渋る必要があるのか。


「書く気が起きないか?」

「書きたかったの。もうずっとウズウズしてて」


 実に正直な感想だ。

 書きたいことを徹底的に書く。

 それが作家の本質だ。


「じゃあ決まりじゃん」


 ほんの少しだけ、ユカリコは安堵の表情を浮かべた。


「作家なら、完結してから次に移らないとな」


「それもそうね。新作に取りかかるのは、今の作品を仕上げてからにするわ」


「その意気だ」

 オレからは、ユカリコに何も言うことはない。


 新しい環境になった。楽しみでもあるが、少し不安もよぎる。


「心のどこかで、彼女ができて大変だな、と思ってるでしょ?」

 ユカリコが、オレの感情を読み当てた。


「実は、フミナを今後も大事にできるか、心配なのは確かだな」


「仕方ないコトよ。楽しいことがあっても、ストレスに苛まれるの」


 引っ越しや昇進、これから楽しみな環境の変化によっても、人はストレスを感じる仕組みとなっているのだとか。


「知ってる? 新婚旅行から感じる緊張感は、リストラのストレスと同程度と言われているのよ」


 そんなに、心に負担が掛かっているワケか。


「オレが悩むのも、無理がないわけだ」 


「河内くん、フミナさんも知らず知らずのうちに、ストレスを感じていることを忘れないで。ただでさえ、女性はセロトニンの量が少なくて、感情が乱れやすいの。まして、河内くんは小説にかまけていた。だからこそ無理をしていたんだから。河内くんに振り向いて欲しくて」



 まるで心を覗いているかのように、フミナの感情をユカリコが代弁する。


 赤面しながら、フミナは黙っていた。

 もうその顔が、答えになっている。


「お互い、あと一息よ」

 ユカリコが麦茶を飲み干す。


「それじゃあ、私は続きを書きに帰るわ。お邪魔しました、フミナさん。お茶、ごちそうさま」


 ユカリコが帰った後、オレも帰ることに。


「何か俄然、やる気が出てきた。フミナ、オレも帰るから。あと」


「ん?」



「明日、また……で、で、デート、しような!」



 今度は、取材だなんて言わない。


「分かった! また明日!」

 フミナは立ち上がって、オレの頬に口づけした。


「最後まで、楽しい小説書いてね」

「お前好みの、大笑いできるモノを書いてやるからな」

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