第15話 告白した

 部屋に戻ってすぐ、フミナもオレの部屋に入ってきた。


「フミナ、今までハッキリしなくてスマン!」

 幼なじみの顔を確認して早々、オレは頭を下げる。


「実は、スランプになってしまって。自分勝手に将来を絶望視していた。でも、ようやく落ち着いたから、心配はない」


 また逃げているな、オレ。

 そういうことが言いたいんじゃないのに!


 オレが告げると、フミナは「よかったぁ」と安堵した様子を見せる。

「嫌われたのかと思った」


「キライになんか、ならない」


 言え、言うんだ。この期に及んでカッコつけるな。



 今こそ言おうとした途端、フミナの方が口を開く。

「やっぱり、わたしは役立たずだったかな? スランプにさせちゃったんだったら」


 オレの不調は自分のせいだと、フミナは思っているらしい。


「とんでもない。おまえがいてくれなかったら、最初のウチからつまずいていた」


 殻を破ろうとして始めたラブコメの執筆も、ヒロインの造形段階から行き詰まっていただろう。


 それほど、オレはレパトリーに乏しかったのだ。


 今回の執筆作業で、それが痛いほどよく分かった。



「オレの筆が止まっていたのは、オレのせいだ。オレが、自分で書いた小説に嫉妬していたんだ」



「また、詩人モードになっちゃった?」

 不思議な生き物を見るような眼差しを、フミナが向けてくる。



「いいから聞いてくれ。前々から、フミナをモデルに小説を書いていただろ?」



 ヒロインがフミナと同一化していくに従い、人気も上がっていった。


 そこまではよかったのだが。



「フミナに近づいてけば行くほど、ファンの熱狂度がすごくてな。フミナをファンに取られるんじゃないか。そう思うようになったんだ。現実のおまえは、そこにいるのに」



 段々と、フミナに群がるファンが煩わしくなっていてしまった。


「オレのフミナに手を出すな」と考えるように。


 対処法として、「キャラをフミナに近づけない」方法を取った。


 これで、オレは精神衛生上に安心できるだろうと。



 そのせいで、人気がガクンと落ちてしまった。



 キャラの性質をフミナに近づければ、大勢のファンがつく。

 

 フミナから遠ざければ、客は逃げるがオレはホッとする。


 そのジレンマに、数日悩まされていたのだ。



 ユカリコからは「クズ」呼ばわりされたが。



「おまえは、どうしたい? 自分によくにたキャラが、小説の中で動いていることに、抵抗はないのか?」


 しばらく、フミナは「うーん」とうなる。


「書いているのがショウゾーなら、別にいいかな? わたし、あんまり小説に没頭しないタイプだから」


 フミナはいわゆる「観客型の読書家」である。

 作中のキャラに感情移入しない。

 映画や舞台を見る感じで、物語をフカンで見ている。


 オレとは正反対の読み方だ。


 オレはキャラに入り込むタイプなので、ヒロインを現実の女性に近づけることができる。

 が、その分かかるストレスも激しい。

 キャラが傷つくとオレの身体も痛む。


 よく、フミナも「ヘンなの」とからかわれたモノだ。


「それでも、理解を示してくれたよな」

「新しい発見だったからね」


 こういう柔軟性の高さも、フミナの魅力である。

 

 普通、人は価値観の違う相手に全面的な理解を示さない。

 異分子して排除しようとする。


 ところがフミナは、受け入れて自分なりに納得できるのだ。

 

 オレがフミナといて居心地良く、遠ざけようとしない理由はそこにあった。


「そんなわけで、オレはフミナを余計に手放せなくなった。その結果、フミナをキャラと似せないように努めたんだが。裏目に出てしまって」



 人気を取るか、自分の感情を取るか。


 何日も頭を抱えていた。



 人が聞けば「アホか」と思えるようなことに、オレは全力を注いだ。


「ありがと」


 フミナは、オレの抱えているバカみたいな悩みを、真剣に聞いてくれている。



「わたしのことを、そこまで考えてくれていたんだね」



「礼をいうのはこっちだ。オレなんかに付き合ってくれてさ」

 オレはフミナに近づき、目を合わせた。





「す、好きだ。フミナ」





 言葉がやや詰まったが、言うべき言葉がようやく口から出る。



 息をするのを忘れていたような顔を見せ、フミナは「ホッ」と息を吐く。


「なんか、照れくさいね。こんなハッキリ言われると」

 目が泳いでいた。


 いつもの調子じゃないのは、オレだけじゃなかった。


「でも、いいの? わたし、家事も得意じゃないし、小説読みとしても役に立たないよ。ラノベの文化的価値も分からない。ユカリコちゃんみたいに、詳しいアドバイスもできないけど?」


「必要ない。オレがおまえに求めているのは、もっと精神的なことだから」


 ユカリコのアドバイスは確かに貴重である。

 心理学的な見方からの助言があったおかげで、オレは気が楽になったし、人気獲得の方法も心得た。



 執筆がはかどる状況は、フミナが側にいること。


 真っ先にフミナに読んでもらいたいから、オレは書いている。


 フミナがオレの書いた小説にのめり込んでくれないなら、読んでくれないなら、小説を書く意味がない。


「でも、わたし、ショウゾーの好きなタイプじゃないよね? お料理も苦手だし、気が利かないし」



「オレはしっかりした女性が好きなんじゃない。お前が好きなんだ」



 オレが告げると、フミナは口を両手で押さえた。



「お前に料理を作って欲しいとか、原稿を手伝ってくれとか、そんなの求めてないんだよ」


 フミナの肩に手を置いて、オレは思っていることを吐き出す。


「たしかにお前は、オレの理想とはかけ離れている。ガサツだし、行動は後先考えない。頭で考えるより先に、身体が勝手に動く。そういうのも含めて全部、オレはおまえを受け入れたいんだよ!」


 それがやっと分かった。


 フミナに完璧を求めていること自体が間違いだったんだ。

 そのままのフミナでよかった。


「バカなところも、面白いところも全部あって、フミナが大事なんだよ。好きなんだよ」


 思ったこと、全部言えたと思う。


 相手によく思われたいとか考えなかった。

 ただ、吐き出す。

 それがもっとも、相手に分かってもらえる方法だと思ったから。


 フミナなら、理解してくれる気がしたのだ。


「うん。ありがとう」


 肩に置いた手越しに、フミナのドキドキがオレにも伝わってくる。


「オレは、フミナと一緒にいられて良かったと思ってる。これからも、オレの小説、読んでくれるか?」


「うん!」

 フミナが、オレに笑いかけた。


 二人で一緒に、外へ出る。


 玄関前には、なぜかユカリコがいた。


「どうしたんだ、ユカリコ?」



「関係は、修復したのね?」



「ああ。お前のおかげだ、ありがとな、ユカリコ」

 一番の功労者に、オレは礼をいう。


「いいのよ、そんなの」

 ユカリコは謙遜した。






「あなたは覚悟を決めたんですもの。私も腹をくくるわ」





 どうも、ユカリコの様子がおかしい。




「ユカリコ?」


「何があったの?」


 オレたちは、ユカリコに声をかける。







「ごめんなさい、二人とも!」





 ユカリコは、腰を九〇度に曲げた。




「実は私、あなたたちの関係をモデルに小説を書いていたの!」

 言うと、ユカリコはスマホを持ち出す。



 小説投稿サイトのランキングを指さした。


『ラノベヒロインが現実に出てきて、オレの学園生活をピンク色に染めてきやがる』


 という作品を。


 王道ラブコメで、ラッキースケベあり、程よくシリアスもあり、読み応えがあった。


 このヒロインもフミナによく似ている。とはいえ、絶妙にアレンジされていて、好感が持てるキャラになっていた。


 ランキングで常に上位に君臨し、今では二位にダブルスコアを上げている。


 ランキング一〇位前後のオレには、逆立ちしてもこの作品に勝てない。




「これがどうかしたのか?」






 

「その作者、私なの!」

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