第14話 親友から認知療法を受ける
「あなたねえ、ハッキリ言わないことが、優しさだと思ってない? 冗談じゃないわよ! あなたは結論から逃げてるだけだわ! 自分が当事者になることで、変化を恐れている。『何かが変わってしまってはいけない』と、どこかで思っている」
早口でまくし立て、オレの考えていることを、ユカリコが的確に指摘してくる。
結論を出せば、逃げられない。
ずっと背負うことになる。その重さを想像して、オレは捕らわれていた。
「フミナさんは意思表示しているわ! なのにあなたは、聞く覚悟が決まってない!」
「そうは言っても」
「自分の境遇が上向きになるまで、あなたは結論を先送りにしようと考えているだけよ。ハッキリ言うわ。上向きになる状況なんて、今のままじゃ絶対に起きないから」
ズバリ、ユカリコはオレの不安を言い当てた。
「出版不況は覆らないわ。兼業が結局のところ最強よ。そんな作家先生なんてゴマンといるわ。何が気にくわないのよ? 食べていける専業なんて、大先生でも不可能なのよ」
ユカリコの言葉には、説得力がある。
大御所ですら、TVタレントをしているくらいなのだから。
「あなた一人だけの力で、世の中はいい方向へなんて進まないから。安心して迷いなさいな」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」
「別に、楽な方へ行きたいわけじゃないんでしょ?」
「もちろんだ」
できれば、フミナに金銭の苦労はさせたくない。
「それなら、度胸を持ちなさいよ。いざとなったらフミナさんが養ってくれるわ。甘えちゃいなさい」
「いやいや、そんなことできるか!」
何を言い出すかと思えば。
「いいのよ。あなたがウジウジして働かない方がよっぽど非現実的よ」
小説家になって働くもよし、スキマ時間で書いて、仕事は労働と割り切ってお金だけ稼いでくるもよし。
どうとでもなると、ユカリコは言う。
「今の場合、一番最悪なのは現状維持よ。フミナさんは動き出しているのに、あなたが停滞している。いつかジリ貧になって、自然消滅するのがオチよ」
「どう、最悪になるんだ?」
「あなたが絶えられなくなるわ」
ユカリコの勘は、鋭い。
オレは心のどこかで、『フミナに想いを伝えなきゃ』と思っている。
でも、『もっと環境が良くならないと言う資格がない』との考えもあった。
「最高の環境なんて当然来ないから、いつまで経っても現状のまま。おそらく、大学に行っても就職して今のままね。やがて、その罪悪感に限界が来るわ」
それが、自然消滅の流れか。
『オレには告白をする資格がない』と、身を引いてしまうと。
「何度も言うけど、待っていたって勝手に現状は変わらないから。成し遂げたいことがあるなら、動く必要があるの」
「とは言ってもなぁ」
いざとなると、尻込みしてしまう。
「だから、シャキッとなさいよ。腹をくくれって言っているのよ」
ユカリコは、レポート用紙をバンと机に置く。
続いて、ボールペンをバシンと勢いよく叩きつけた。
「オレに何をしろと?」
「いい? 騙されたと思って、昨日感じた不安を紙に書いてみなさい」
ユカリコに言われたとおり、オレは自分が抱えている不安要素を、紙に書き出す。
小説で食べていけないのではないか。
今の実力では、書籍化すら無理だろう。
フミナに愛想を尽かされるかも知れない。
小説を書けなくなって、生きる希望すら失うのか。
「抽象的ね。特に辛かったのは?」
「この作家だ」
オレは、ユカリコにスマホを見せる。
ネット小説のランキングサイトを写し出した。
「ランキング一位作品を見てくれ」
ユカリコが、サイトのランキングに目を通す。
「お、ぐっ……」
「この『ラノベヒロインが現実に出てきて、オレの学園生活をピンク色に染めてきやがる』って作品なんだけどさ。ベッタベタな展開全開なのに面白いんだよ」
「へ、へえ……」
「ランキング不動の一位でな。コイツを追い抜かないことには、デビューなんて無理だと思っているんだ。レビューも高評価で」
「あなた一〇位だものね?」
「話にならないだろ?」
「そうでもないのよ。ランキングって書籍化の指標にはなっても、上位が常に書籍化するとは限らないって聞いたことがあるわ」
なぜか、ユカリコの声がやけに震えている。
「どうした、ユカリコ? オレ、変なこと言ったか?」
「別に! さっさと続きを書きなさいよ」
オレは、ユカリコに急かされながら続きを書く。
「次に、紙に書いた最悪のできごとが、今日で起きたか考えるの」
オレは、書き出した不安を、今日のできごとを振り返って考える。
「何か現実化した項目はあった?」
「特に何も」
「そうよね? 頭に思い描いた不安なんて、九〇%は取り越し苦労だったと分かるわ。つまり不安の九割は起きないの」
「ホントだ。書いていることが、何も起きてない」
確かに、達成できてない目標は沢山あった。
それでも、小説家になれなくても死ぬわけじゃない。
フミナがオレを見捨てているわけでもなかった。
「なんか、落ちつきが戻ってきたような?」
「認知療法よ。紙に不安を書き出すと、自分の気持ちを客観的に取ることが可能になるの。結果として、不安な気持ちが消えていくわ」
精神医学で、不安障害という病で苦しんでいる人に対して取り入れられる方法らしい。
不安感の強い人にも効果的なんだとか。
オレも気持ちが不安定になっていたので、効き目があったのだろう。
「あなたの場合、周りに振り回されすぎたのね。周りと比較して勝手に自分は無能なんだと落ち込んで、あげく、自分を見失っていた」
「かもしれないな。今は、大丈夫そうだ」
ユカリコのアドバイスを聞くと、不思議と活力が湧いてくる。
人と比較しないことで、ここまで自分は取り戻せるのか。
「落ち着いたようね?」
「ああ。ありがとな。おかげで少しやる気が出た」
「お役に立てたなら、なによりだわ。単に知っている知識を披露しただけだし」
その態度からは、謙遜が見られる。
「なんで、オレにここまでしてくれるんだよ?」
「どうもしないわ。それより、フミナさんと話し合いなさい。今のフミナさんにあなたの言葉よ」
「悪いな。オレなんかのために」
「別にあなたのために言っているわけじゃないわ。フミナさんのためよ。私は、私が貸せる力を貸しているだけ。意見を押しつけるつもりもないわ。私の意見を活用するかしないかは、あなた次第よ」
ただし、とユカリコは前置きした。
「ここから先は、あなただけの力が必要になってくるわ。私には、どうすることもできない。二人だけの問題だから。あなたが、フミナさんに誠意を伝えなさい」
あくまでもフミナのために、とユカリコは強調する。
「思っていることを言いなさい。あなたの言葉が一番利くわ」
「分かった。ユカリコ」
「さて、私も帰るわね」
ユカリコが、学生カバンを手に持つ。
「最後に一つだけ」
一度ドアに身体を向けたユカリコが、またオレの方へ向き直る。
「あなたはフミナさんをモノと考えてないようだけれど、フミナさんは間違いなくあなたのものよ」
「だとうれしいけどな」
「きっとそうよ」
オレもカバンを持って、教室を出る。
帰宅途中、スマホが鳴った。フミナからだ。
『ショウゾー、今から家に帰るから』
フミナの声は、いつもと変わらない。
『でも、今日はお邪魔しない方がいいかな?』
弱々しく、フミナが聞いてきた。
「いやいい。どうぞ」
オレは堂々と、フミナを誘う。
『ありがと。もうすぐ着くから待っててね』
「気をつけてな。それとフミナ」
『なあに?』
フミナの口調は、若干不安げだ。
「帰ったら、話がある」
オレは、もう逃げない。
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