第9話 風邪をひき、「運営に削除されそうな夢」を見た
風邪が治って、いよいよ登校再開、となる矢先のことである。
フワフワした気持ちで、目を覚ます。
とんでもない夢を見てしまった。
内容は言えない。言えば、運営から削除依頼が来てしまう。
そんな抽象的な説明しかできない夢だと思っていただきたい。
行為としては、体感で約一時間くらいだっただろうか。
オレは猛獣のようにフミナへのし掛かり、フミナはしおらしくオレを受け入れていた。
実に生々しく、相手の肌の温度まで分かってしまうような。
お互いの意外な一面が見られて、不思議な気分となった。
もちろん、リアルではない。起こりえるはずもなく。
少しラッキースケベな出来事が起きすぎた。
そのせいで、あんな艶っぽい夢を見てしまったのだろう。
都市伝説として、
「男子は疲れているとアレが元気になる」
と聞いたことがある。
きっとオレも、その現象が起きたと見えた。
オレが男子故、致し方ない生理現象と言っていい。
今日はもう、フミナの顔をまともに見られないな。
フミナから逃げるように、早めに家を出る。
「あっ」
まったく同じタイミングで、フミナが家から出てきた。
「お、オッス」
「ショウゾー。おはよ」
なぜか、フミナも気まずそうだ。
いつもなら飛びついてくるのに。
「お前にしては早いな」
「ああ、うん。ちょっと気分変えようって思ってさ。早めに家を出たんだよね」
言葉がたどたどしい。何があったのか。怪しい。
「なんで今日は、よそよそしいんだよ?」
毎朝、フミナはオレがイヤだって言っているのに、腕を組もうとくっつていくる。
ところが、今日は過剰なスキンシップがなかった。
「オレに隠し事でもあるのか?」
歩きながら、オレはフミナを問い詰める。
「うーん、ないよー」
「あるんだな」
図星をつかれたのか、フミナは目を合わせようとしない。
「何があった? もしかして、オレはお前にイヤなことをしたか?」
だとしたら、オレはダメな男だ。
相手に不快感を与えていたのに、分からないなんて。
「そういうワケじゃないから。ショウゾーはいつも通りだってば」
「じゃあ、いつも通りつれなくしていいと」
「その態度は失礼じゃないかな?」
とにかく、フミナの態度がぎこちないと、こちらも調子が狂う。
「本当に何があったんだ? 場合によっては謝るから」
「だから、ショウゾーは悪くないから。あんなの、気の迷いだから」
あんなの、だと?
「あーもうっ。この話題はおしまい! 遅刻しちゃう!」
これ以上追求されたくないのか、フミナは駆け足で学校へ。
ちなみに、急がなくてもHRまであと三〇分以上余裕がある。
オレはため息をつき、焦らず急がず学校の門をくぐった。
◇ * ◇ * ◇ * ◇
結局、放課後になっても、フミナとは口を利いていない。
ユカリコと駅前の本屋で働く。
「オレ、避けられてるのかな?」
「そうね、妙に相手を意識するイベントが盛りだくさんだったから、改めてあなたとの距離を測りかねているのかも」
デートまがいの取材、風邪の看病で起きたハプニングなど、お互いが意識していなかった部分を見た気がする。
それも短期間で。
「こういうのは、じっくり時間を掛けた方がいいのかもな」
「違うわ。あなたたちに時間の余裕はない気がするの」
オレが言うと、ユカリコは首を振った。
「あなたたち幼なじみでしょ? そんなチャンスは多かったはず。でも、二人が選んだのは現状維持だった。それも何年もの間、まったく距離が縮まらなかった」
言われてみれば確かにそうだ。今が心地よかった。
「二人が親密になるには、なんらかの刺激が必要だったのよ。結果的に恋人になるか、赤の他人同士になってしまうのかはともかく」
「それはメンタリズムなんとか情報か?」
「いいえ、あなたたちを観察して分かった、私の見解よ」
一冊の本をユカリコが棚から出す。メンタリズムdaisukeの本だ。
ウチでもベストセラーである。
「そうね、心理学用語に、『コンフォートゾーン』というのがあるの」
人は新しい物事に対して、警戒心の方が強い。
『失敗したらどうしよう!』という恐怖だ。
大抵の人は自分ができる範囲、『快適な領域』から出ようとしない。
これをコンフォートゾーンという。
「新しいことを知ったり、挑戦したりするには、その外から出る必要があるの」
「フミナは、コンフォートゾーンから出ようとして、戸惑っている?」
「そうとも言えるわね」
新しいことにチャレンジすると、『学習の領域』に入る。
しかし、少しでも困難な局面に立たされると、『パニック領域』に陥ってしまう。
その恐怖から、人は居心地のいい、『快適領域』から出ようとしない。
「彼女なりに、勇気を振り絞っているんだと思うけれど」
そこまでがんばらなくてもいいのに。
「あの子を安心させるには、あなたからもアクションを起こす必要があるかもね」
「オレも、行動に移せと」
「快適すぎてもダメ。だからといって、危険すぎてもダメなの。もっとあの子を安心させて上げて。それには、あなたの手助けが必要なの」
今の関係をぶっ壊す覚悟で、フミナと接するか、今の状態を維持するか。
「オレは、普通でいいのにな」
「もう、普通じゃいられなくなっているのかもね。フミナさんの中では」
◇ * ◇ * ◇ * ◇
家に帰ると、フミナがオレの部屋にいた。
「今日は親、遅いんだ。急に大事な仕事が入ってさ。だから、おばさんがご飯ご馳走してくれるって」
両親同士で、話がついていたらしい。というか、オレのオフクロがゴリ押ししたようだ。
「はー。やっぱりショウゾーのおばさんの料理好きー」
「お前の弁当も大したもんだったぞ」
「ふふ、ありがと」
フミナは親が帰ってくるまで、オレの部屋でくつろぐ。
それでいい。
オレも話したいことがあるし。
オレは小説を書き、フミナはマンガを読む。
フミナとの、ゆったりした時間。
いつもの状況だ。
これが、ユカリコの言う、コンフォートゾーンなのだろう。
「実はさ、今日、ヤバい夢見た」
唐突に、フミナが切り出した。
「お前もか」
オレは筆を止め、フミナのいる方へ身体を向ける。
「食い気味に、どしたん?」
「いや、オレもさ」
フミナが口を両手で覆う。
「これ、運命じゃん!」
妙なことを言い出したぞ。
「さっすが幼なじみって感じ。やっぱり幼なじみエンド勝ち確!」
なんだその謎理論は?
「どんな感じだった?」
「なんかこう、おとなしかったな」
「ヒャーッ!」
興奮気味に、フミナが後ろに倒れた。
壁に頭をぶつける。
「痛い痛い」と言いつつ、口は笑っていた。
「お前はどうなんだよ! 夢の中もオレは!」
「キリッとしててさ、かっこよかったなー」
しみじみと、フミナは夢の様子を語る。
「行為中だぞ。キリッとしてなんかいられないだろ」
「いやいや、あんな状況だからこそ、男らしく振る舞うべきでしょ?」
こいつは、ワイルド思考なんだろうか。
夢の内容まで一致しているとは、さすがに妙な縁を感じずにはいられないが。
「いつも服装だらしないのにさ、夢の中のショウゾー、ビシッと決まってて」
「待て、服着たまま!?」
「はあ? 服着なきゃおかしいでしょ」
そういう趣味があるのか?
あれ、なんかおかしいな。下ネタじゃないのか?
「微妙に、食い違いがあるな」
「同じ夢じゃないのかな?」
とはいえ、フミナとそんな大胆な関係になったなんて、オレの口からは言えない。
ましてやフミナは女性だ。
ふしだらな女に見られたくないだろう。
ここは配慮して、妥協案をとった。
「じゃあ、どんな夢を見たのか、伏せ字でメモに書いてくれ。具体的には触れない。ちょっと恥ずかしいからな」
「うん。わたしも恥ずかしいから伏せ字にするね」
これなら、お互いに傷つかないし、傷つけない。
両者、メモ書きが完成した。
「せーの」で見せ合う。
『フミナと○ッ○○する夢』
『ショウゾーと、❤ッ❤❤する夢』
やっぱりだ! 一致している!
「分かった。もう包み隠さねえ。思い切って言うぞ」
「うん。こじらせちゃ、何も生まれないもんね」
その通りだ。隠し事をして、変に勘ぐられてもいけない。
「伏せてる部分を言うぞ」
「いいいよ。せーのっ」
「セッ……」
「ケッ……」
オレは、言葉を詰まらせる。
これ以上は言ってはならない。
「お前、何を言おうとしたの?」
「ケッコン」
なるほど。そういうことか。
「そ、そうか。アハハ……」
オレは、ハーと大きくため息をついた。
「どうしたの、ショウゾー。魂が抜けたみたいな顔になってるよ?」
「なになに、どんな夢を見たのー? セッってなに? セップン?」
オレの肩に腕を回してくる。教えるまで離れないつもりだ。
「あ、おばさんの車来たぞ。帰ってきた。夜も遅いから早く帰れ」
「もーっ! ごまかさないで教えてよーっ!」
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