第10話 お祭りで二人きりの現場を、友達に見つかってしまう
「わーい、試験休みだーっ!」
期末試験が終わって、隣に座るフミナが背伸びをした。
オレの学校は、採点のために一週間ほど休みになる。
「ねえねえ、お祭り行かない?」
近々、神社で花火大会があるという。
「そうだな」
確か、ウチのクラスは屋台を出す。
その取材もしておくか。
オレもいつ何を要求されるか分からない。
当日は何が必要で、どのくらい経費が掛かるのか、正確に把握しておく必要がある。
「ショウゾー、頭硬すぎ。もっと羽根を伸ばそ」
「お前がお気楽すぎるんだ。実際、進捗はどんな感じだ?」
フミナが言うには、屋台は貸し出してもらえるそうだ。
外観で作るのは看板のデザインである。
当日はハッピを制服の上に羽織るという。
となると、注意点は調理だけか。
「ガスが使えないんじゃ?」
学生屋台だと、最も注意すべき点だ。
「先生が常に立ち会うから、OKだよ」
ジュースは蓄冷材を詰めたゴムプールで冷やすらしい。
文化の日開催なので、冷え加減は気にならないだろう。
真夏だと地獄だが。
なので、気にするのは看板とハッピのデザインか。
「当日に何が必要か、下調べしておく。値段の相場とか。チョコの種類も必要だな」
「あー、そっちはいいや」
ネットや業務用のスーパーにて「バナナに塗る用のチョコ」があるらしい。
「詳しいんだな」
「友達が、検索したら出てきたって」
まだまだ知らないことが多い。
あちこち取材をして、多少はモノを知っている気でいたが。
「ホントだ。コーティングチョコか。こんなのがあるんだな」
調理サイトだと、一口サイズのチョコバナナやイチゴをコーティングしたチョコなどもあった。
学教行事に興味はなかったが、調べてみると面白いモノだ。
小説の参考になりそう。
「もうちょっと肩の力を抜いて生活できない? 学生の時間は短いんだよ?」
「年寄りみたいな言い方だな」
フミナにしてみれば、オレは生き急いでいると見えているらしい。
充実はしている。
だが、ときどき「これでいいいのか?」と踏みとどまる時もあった。
評価がなかったときなど特にだ。
「自分は必要とされていない感」に苛まれる。
ベッドに逃げたくなるときだって、一度や二度ではない。
だが、不思議と筆を折ろうという気分にはならなかった。
それだけが救いか。
「それより夏祭りだよな?」
「浴衣バッチリ着てくるから楽しみにしてて」
「一人で着付けできるのか?」
「文化祭でハッピ着るじゃん。ついでに教えてもらった」
机に突っ伏して、フミナが悩ましげな視線を向けてくる。
「ねえ、次も、取材?」
射貫くような問いかけ。
「いや……遊ぶか!」
せっかくの試験休みだ。羽を広げよう。
◇ * ◇ * ◇ * ◇
よし。小説もある程度書き終わったぞ。
あとはフミナを待つばかり。
オレは、普段着でいいよな。
「ショウゾー。ちょっとコレ着てみな」
オフクロが、黒い布を持ってオレの部屋に入ってきた。
手に持っているのは、甚平だ。
「お父さんのなんだけどさ。もうお腹が出て着られないから、ショウゾーにあげなさいって」
合わせてみると、バッチリフィットしそうである。
「いいね。熱いしちょうどいいから、着ていくよ」
着替えて一階へ降りると、オフクロがニヤけていた。
「ショウゾー。せっかくの夏祭りなんだよ。フミナちゃんと急接近しておいで」
「余計なお世話だよ」
「セップンくらい、してあげな」
「うるせえ」
ちょうどいいタイミングで、フミナと玄関にて出くわした。
「似合うかな?」
フミナの衣装は、白地に花火柄の浴衣だ。
帯は夏らしく水色である。
「清流に咲く花火みたいだな」
「わおっ。今日のショウゾーは、小説家じゃなくて詩人だね」
ほっとけ。
赤いヒモの下駄は、サンダル底などに使われる「EVA素材」というスポンジ製である。
「猫の形したサンダルか、いいな」
「でしょー。気に入って買っちゃった」
長時間歩いても疲れない素材で、丈夫らしい。
「でも残念。『やだー下駄の鼻緒が取れちゃったー』イベントは発生しないよ。『ったく、しょうがねーな』っておんぶするイベントも起きないから。残念だね」
それだけ妄想力が働くなら、お前が小説家になれるぜ。
三流作家にならだけど。
少し歩いて神社へ。
この道のりを考えて、フミナは下駄ではなく歩きやすいタイプのサンダルにしたらしい。
オレもシャワーサンダルである。
さすがに運動靴では雰囲気が出ない。
結構前に買ったものだから、耐久性が心許ないが。
フミナと一緒に、屋台を回る。
やはり最初のお目当ては、チョコバナナだ。
「うーん。このチョコバナナを食べるために、お祭りに来ているんだよねー」
フミナの言葉も分かる。
オレも、屋台で必ず食べるものがいくつかあった。
「ショウゾー、覚えてる? わたあめ一緒にかじったこと」
覚えている。
向かい合わせになって、「ヨーイドン」の合図で大きなわたあめにかぶりついたのだ。
どちらが早く食べられるかの競争だった。
割り箸を舐めるのはいつもフミナだったけど。
いつしか、わたあめも食べなくなって久しい。
毎回、買っていたのに。
「ねえ、昔を思い出して今やってみる?」
「いいよ。誰が見てるか」
オレが遠慮した矢先、フミナはわたあめを買ってしまった。
「いくよー。ヨーイド――」
「おーい、フミナーッ!」
向こうから、フミナの友達が手を振ってきた。
三人組である。
振り返った勢いで、フミナはわたあめを食いちぎった。
耳が赤い。照れているのだろう。
「バカ、声かけちゃ迷惑でしょーが」
「あ、ゴメンゴメン」
なぜか、声をかけた女子を、別の友人がたしなめている。
「邪魔してゴメン、フミナ。今度はみんなで回ろーね!」
友人たちは、遠慮がちに去って行く。
「う、ウン。ありがとね」
フミナも手を振って見送る。
「いいのか?」
「なんか、いいっぽい」
突然、夜空がオレンジ色に光った。
「あっ花火始まったよ!」
ドーンと、遠くで音が鳴っている。
「急ごう! 神社のてっぺんが一番キレイに見られるよ!」
オレの手を引きながら、フミナがズンズンと石段を駆けあがる。
足下が見えづらい。
「分かったから手を引っ張るな」
最後の一段のところで、オレは石段に足を引っかけた。
ブチ、とイヤな音が鳴る。
「あっ!」
オレのサンダルが、根元から千切れた。
◇ * ◇ * ◇ * ◇
「うう。まさかオレの方が、おんぶされるコトになるとは」
「サンダルが壊れたんだから、しょうがないよね」
キレイな花火を見た帰り道。
壊れたシャワーサンダルを手に持って、オレはフミナにおんぶしてもらっている。
花火自体は、神社のベンチで見たので事なきを得た。
しかし、サンダルの復活は不可能に。
フミナの友人が同伴していなくてよかった。
もし目撃されていたなら、オレは今年度ずっと笑いものにされていただろう。
「悪い。迷惑掛けて」
「気にしない、気にしない」
本当に気にしていないらしく、フミナはオレを軽々と持ち上げている。
「オレ、重くないか?」
「なに女子みたいなコト言ってるんだか」
ハハハ、とフミナが身体を引きつらせて笑う。
ツボに入ったらしい。
なんて背徳的な光景だろう。
「ねえ、ショウゾーってさ」
「うん?」
「思ってたより、大きいね」
「そ、そうか?」
気が動転して、オレは身体を硬直させた。
「ショウゾーってさ、昔はもっと背が低くて、身体も弱くてさ。でも今は、ちゃんと成長してるんだなーって思う」
背丈の話か。
家が見えてきた。
フミナがオレを玄関前に降ろす。
「サンキュな。この埋め合わせは必ず」
「期待しないで待ってるから。そうそう」
不意に、フミナがオレの耳元に顔を近づけてきた。
「ショウゾーのえっち」
そっと耳打ちされる。
思わせぶりな笑みを浮かべ、フミナは自分の家へ。
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