第8話 看病をしにきたのに、幼なじみの「半裸」を見てしまう!

「うおおおお!」

 執筆した小説の結果を見て、オレは絶叫した。


「うわ! どしたん?」

 オレのベッドの上でマンガを読んでいたフミナが、飛び起きる。


「星が三桁いってる!」

「ウソマジ?」


 オレが利用している投稿サイトでは、評価されると「星」がつく。

 一人一作品につき三つまで付けられる。


 オレの作品はだいたい、星が二桁もらえればいい方だ。

 三桁なんて余程のことがないともらえない。

 オレも半ば、星獲得は諦めていた。

 

 だが、今回は評判がいい。まずまずの伸びである。


「やったじゃん。わたしが身体を張ったおかげだね」


 ある意味、健闘したと思うが。


「すっごいドッキドキだったもん。ショウゾーと密着してたとき」


「おいやめろ。人聞きの悪いことを言うんじゃないよ」


 フミナがニヤニヤする。


「あれー? 思い出しちゃった?」


「思い出しちゃってねーよ」


 とはいえ、フミナとのデートで培った経験は、活きたと言えよう。


「自分なりのヒロイン像」と、ヒロインとのスキンシップを重点的に見直し、執筆した。


 結果は、受け入れられたと言っていい。


 感想コメントも、好意的な意見ばかりだ。

 これは成功と見ていいのでは。 


 ただ、イマイチ突き抜け切れていない気がするが。


「これは、また相談だな」


「いいんじゃない? ゴホゴホ。評判はそれなりだし、このままちょっとずつ調節していけば」


 少し咳をしながら、フミナが話しかけてきた。

 タンが絡んでいるのか、口調にいつもの明るさがない。

 コメントも、現状維持を主張している。

 いつもは度が過ぎるほど挑戦的なのに。


「お前、この間から体調崩し気味じゃないか?」


「平気だって。おっとっと」

 立ち上がろうとしたフミナが、よろけた。


「うわ、大丈夫か?」


 バランスを崩し、フミナがオレにもたれかかる。顔が近い!


 フミナをキャッチする。


「おいフミナ! 大丈夫か?」


 大丈夫じゃなかった。


 額に手を当てる。


 高熱を出していた。


 オレはフミナを負ぶって家に帰す。


◇ * ◇ * ◇ * ◇

 

 結局、フミナは風邪で寝込んだ。


 オレは、小説の相談をするため、文芸部にいた。


「インフル?」と、ユカリコが聞いてくる。


「いや、風邪だって」


 三日も経てば、体調も戻るだろうと医者は言っていたが。


「元気だったように見えたんだけど?」


「多分、この間出かけたときだ」


 水着選びの時、クーラーが強いって言っていたから、多分そのせいだ。


「もうすぐ期末テストだから、体調は万全にしないとね」

「今までが張り切りすぎていたからな」


「体育祭も、楽しみにしていたし」


 待て。知らない単語が出てきたぞ。


「で、あいつのメイン種目は?」


「応援団長よ」


 そりゃあ休めないな。


「文化祭も、楽しみにしていたし」


 待て待て。またしても知らない単語が出てきたぞ。


「どうせ、どっちも把握してないでしょ?」


「一ミリも知らなかった」


「あんた、学級会議の時も本ばっかり読んでいたし」


 面目ない。


「出し物は?」


「屋台でチョコバナナ売りよ」


 ジュースも出すが、市販のモノを提供する。衛生面も安心だ。


「あの子、他の生徒からも評判なのよ。カワイイから。間違いなくウチの看板娘になるわ」


 そんなに人気だったのか。近すぎて魅力が分からなかったな。


「体育祭の応援団長だって、本人はそんなに乗り気じゃなかったんだけれど、説得されて始めたそうよ」


「イヤイヤやらされてるわけじゃ、ないんだな?」


「少なくとも、押しつけられてはいないわね。信頼されているわ」


 オレの知らないフミナが、ユカリコの口から語られる。


 チョコバナナ屋台の提案も、フミナがしたそうだ。


 夏祭りの時、よく買わされたことを思い出す。


「フミナはオレと違って、クラスにも馴染めているんだな」

「あんたが馴染めなさすぎなだけよ」


 何枚かのプリントを、ユカリコがオレに押しつけてきた。


「早く看病に行ってあげなさい。プリントも渡す必要があるわ」


 プリントには、文化祭までの役割分担とか、体育祭に向けての予定が書かれている。


「それと」と、ユカリコはオレに一枚のレポート用紙を渡してきた。


「これは、試験範囲か?」


「狙われやすいところ、山を張ってみたわ。この期間、休んでいると痛いから」


「助かる」


◇ * ◇ * ◇ * ◇

 

 フミナの家へ見舞いに。


 ピンクのパジャマ姿で、フミナは出てきた。

 顔色は良くなっているようだが、額は汗ばんでいる。


「すっごいね。ユカリコちゃん」


「ほら、オレからはスポーツドリンクと」


 一房のバナナを渡す。


「バナナだー。やったー」


「戦後かっ」


 どれだけバナナ好きなのか。


 オレは家の中を見渡す。やや薄暗い。


「ところで、家の人は?」

 フミナの後に続いて、階段を上る。


「仕事が入ったって。だから、今はわたし一人」

「大変だな」

「おかゆを作ってくれてたから、ご飯は自分でやった。あとはおやつだねっ」


 バナナでここまで悦んでくれる女は、こいつくらいだろう。


 突然、フミナがふらつく。


「プリントだけ渡して帰るつもりだったが、ちょっとキツそうだな」

「動くくらいなら平気」

「平気そうに見えないけどな」

「風邪薬が効いてるから、眠いだけだって」


 だといいが。


 久々に、フミナの家に上がった気がする。

 昔に遊んだときは、もっと女っ気のない部屋だった気がした。

 今は、多少女性を意識するようなグッズがチラホラ。

 クッションや小物類が、可愛らしいモノへと変わっている。


「家の人が帰るまで、しばらくいさせてもらうぞ。用事があったら言ってくれ」

「ごめん」


 フミナの部屋から食器類を台所まで持っていき、氷枕を替えた。


 フミナが寝ている間に、食器を洗う。

 新しいコップとペットボトルの水を持って、部屋へ戻った。



「フミナ、コップ置いてお――」



 ペットボトルの水が、スローモーションのように床へと落ちる。



 ノックしなかった自分を後悔した。



 着替えていたフミナと目が合う。


 すぐに状況を理解し、ドアの外へ。


「あの、汗かいて気持ち悪かったから」

 ドアの向こう側から、フミナが声をかけてくる。


「いやいやいや、スマン! 確認しなかったオレが全面的に悪い!」


 水色の上下が、目に焼き付いて離れない。


「本当に悪かった。気持ち悪いよな。オレ、帰るから」


 ウソだ。逃げ出したい気持ちが勝っている。


 オレが扉から離れると、ドアノブが動く。


 フミナが、オレの手首を掴んだ。

「もうちょっとだけ、いてほしいかな」


 吸い込まれるように、オレは部屋へと招かれた。


 心細いのか、フミナがオレの手を強く握ってくる。


 引っ張られた拍子に、オレはペットボトルを爪先で蹴ってしまう。


「おお、水が」


 事務作業のように、コップへ水を注ぐ。

 三分の二まで水が入ったコップに、スポーツドリンクを少し入れる。


「濃くても効果がないらしいからな」

 にわか知識で作った薄いスポーツドリンクを、フミナにすすめた。


「ありがと。ショウゾー」

 フミナはコップに口を付け、ノドを鳴らす。

「うーん。薄いねー。でも、風邪引きにはちょうどいいかも」


「水分を取って、ゆっくり休め。もう寝るだけだよな?」

「うん。面倒掛けてごめん」

「いいって」


 オレが帰ろうとしたタイミングで、フミナのオフクロさんが帰ってきた。

 もう大丈夫だろう。


 でも、あのままボトルを蹴らなかったら、オレは今まで通りフミナといられただろうか。


◇ * ◇ * ◇ * ◇


 数日後、フミナは回復し、体育祭に参加した。


 フミナと入れ替わりで、今度はオレが寝込んでいる。


「あー、うつしちゃったねー」

 申し訳なさそうに、フミナは言う。


 体育祭には、間に合わなかった。


「いいって。どうせ参加しても熱中症で運ばれていた。結果は同じだ」



 ユカリコが意外な健闘を見せ、我がクラスは二位だったという。


 テーブル上のスマホでは、フミナが学ランとハチマキ姿に身を包んで躍る様子が映し出されている。


 オレはいいと言ったが、フミナはどうしても見てくれという。


「ご感想は?」

「割と一生懸命やっていて、感心した」


「あのねー、『割と』は余計じゃないかな?」

 仏頂面になって、フミナはテーブルに肘をつく。


「やっぱり、元気なお前が一番いいな」

 映像を見ながら、思わず本音が漏れてしまった。



 フミナと目が合う。



「え、なんか言った?」



「べ、べつに!」

 オレは布団を被ってごまかした。

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