第7話 バイト先の同僚に、尾行されていた

「どうして、ユカリコちゃんがここに?」

 無理な体勢から、フミナがカーテンの向こう側を覗き込む。


 時間的に、書店の休憩時間だと思うが。

 ユカリコのヤツ、わざわざこんな遠くまで。


「分からん」

「新庄くんと仲良かったっけ?」


「いや、ほとんど話したことなんかないはずだ。ユカリコとは対照的な人物だからな」


 ハード陽キャの新庄が、ハード陰キャのユカリコと話が合うとは思えないが。


 新庄が、ユカリコの元へ向かっていく。


「ちょっと聞いていいかしら? 女性用の競泳水着で、肌の露出がないものを探しているのだけれど」


「え、小早川さんって、スポーツやるっけ?」

 新庄が聞く。


 そりゃあそうだろう。ユカリコは自他共に認める文学少女で、運動をするイメージはない。


「駅チカのジムに通っているのよ。小説ばかり書いていると運動不足になるでしょ?」


 それを聞いて、オレはハッとなった。

「そっか! ユカリコって、スポーツジムに通ってるんだよ」


 確か、書店の近くにあるデパートの五階には、フィットネスジムがある。


「でもさぁ、それっておかしくない? 水着なら、ジムにも置いてるよね?」


「確かにそうだな……ん?」


 ユカリコが、こちらに視線を向けた。

 眉間にシワを寄せている。


「知ってた? 一時間ハードに走ったとしても、一時間座っただけで八%ずつエクササイズの効果が減少することが分かったのよ」


 五時間座ると、効果が四〇%まで落ちてしまうのだとか。


「おまけに、モチベーションも下がって、ウツになりやすくなって、死亡率が跳ね上がるの」


 ユカリコは、家でもノートPCをタンスの上に置いて、立ちながら読書や執筆をしているらしい。

 おまけに、二万程度で買えるステッパーを踏みながらだと。


「誰情報だよ?」

「メンタリズムdaisukeよ」


 新庄の問いかけに、ユカリコは自慢げに答える。


 しかし、なんでそんな講釈を新庄相手に始めたのか。


 ユカリコが、新庄に分からないように、オレたちに目配せをしている。

「早く行け」と、ユカリコは唇を動かしていた。



 そうか、コイツ、オレたちの事情を知っているみたいだ。



「とにかく、オレは出るから、今のうちに着替えろ」


 チャンスは、今しかない。

 新庄がユカリコの話を聞いている今しか。


 オレが先に更衣室を出て、物陰に隠れた。


 急げ。ユカリコが話している間に服を着直せ。


「最近は筋トレにも興味が出始めて、水泳も始めたの。それで水着が欲しいのだけれど。詳しい人がいなくて」 


「熱心だねー」


「息の長い作家になりたいから」


 新庄が首をかしげていると、ユカリコは話し始める。



「私、作家や漫画家さんが若くして命を落としているのは、ストレスのせいだけではないと思っているの。寝不足の他に、栄養や運動の不足が原因だと考えているわ」


 ユカリコが作家を目指している理由を聞いたことがある。

 曰く「老後でもできる仕事だから」だという。

 なので、若いウチからフィジカル・メンタル両方をトレーニングしているのだとか。


「だから、運動を日々の生活に取り入れることにしたの。より快適な執筆ライフを、老後まで送るために」



 ユカリコは、こういうところはストイックだ。

 そのため、ユカリコはインドアなくせに運動神経が女子の中でも高い。



「でも、やるならユルく長く続けたいの。一生続けるわけだから」


「ジムの売り場にはなかったのか?」


「ちょうどいいサイズがなくて。ほら……私、こんなのでしょ? 普段着もこんなゆったりしたモノが多くて、妊婦さんが着るようなサイズしかないの」


 今のユカリコは、黒いエプロンスカート姿だ。


 書店で働くときは、学校の制服か、このスカートの上にベージュのエプロンを羽織る。


 Fカップを気にして、体型が目立たない服を選ぶとこうなると、愚痴をこぼしていた。


「ああ、それならこれがいいよ。速く泳ぐなら水の抵抗が少ない方がいいけど、気にしないならこっちかな? 値段も手頃でゆったりしてる。着脱が簡単だぜ」


 かいがいしく、新庄はユカリコの水着を選んでやっている。

 それもとびっきりダサいスイムウェアのコーナーを。


 悩んだ末、ユカリコは食い込みがないスパッツタイプをチョイスした。

 ヒモビキニを選択したフミナとは大違いである。


「ありがとう、新庄君。こういうのを探していたのよ」

 露出を抑えたファッションを求めていたようで、ユカリコも気に入ったらしい。


「おまたせ」

 着替えたフミナが、オレの側にくっつく。


「二人は?」

「会計しているとこ」


「じゃあ、お金払っておいて。後で精算するから」

 フミナは、内股になっている。もう辛抱できないらしい。


「分かった。早く行け」


 フミナがオレに水着を預け、手洗いにダッシュした。


「あれ、今の見覚えが」

「気のせいでしょ? とにかくありがとう新庄君。それじゃあ、私バイトに戻らなきゃ」


「そうだ。俺もランニング中だった。じゃあ気をつけてなー」

 買い物袋を持ったまま、新庄は駆け足で店を出て行った。


 新庄がレジから消えたのを見計らい、オレが金を払う。



 ユカリコのサプライズもあって、フミナの膀胱が決壊する危機は免れた。



 トイレ前のソファにもたれて、ため息をつく。


 まさかユカリコのヤツ、オレたちを尾行していた?


「危機一髪ってトコかしら?」


 聞き覚えのある声に驚く。

「おっ、ユカリコ」


 いつの間にか、ユカリコが目の前に立っていた。


「さっきはサンキュな。はいコレ」


 トイレ前の自販機でジュースを買い、ユカリコに渡す。


 ソファに座り、ユカリコはドリンクに口を付けた。


「よく抜け出せたな」

「暇だからね」


 本屋が暇って言うのも、リアリティがあって辛い。


「父がね、二時間くらいなら遠出していいって。あと、アンタらの様子を見に行けとも言われたわ」


 これは、おじさんの好奇心の方が勝ったな。


 だが、申し訳ない。ご期待に添えず。極めて健全ですぞ。


「心配で見に来てくれたのか?」


「こ、これは用事があったから寄っただけで、別にアンタたちを覗きに来たわけではないわ!」


 まあ、そういうことにしておこう。


「お前が、新庄と仲がいいとはね」

 オレが聞くと、ユカリコは首を振った。


「そんなんじゃないわよ。新庄君と話したのなんて、今日が初めてよ」


「すげえ。初対面に近いのに、あんなにも話せるのか」


「一方的に話しただけだから。相手に興味があるなら、もっと相手の言葉を引き出す会話をしたはずよ。さっきも、新庄君には話を振らずに、私の身の上ばかり話していたでしょ?」



 ほうほう。言われてみれば。



「つまりは、そういうこと。アンタたちを逃がすために、注意を引きつけただけってわけよ」


 不憫なり、新庄よ。


「勘違いされないかな?」

「されないわ」


 やけにきっぱりと否定したな。


「新庄君、ああ見えて後輩に慕われているから。本人は水泳一筋だから、関心を持っていないけれど」


 意外だ。

 でも、世話好きな新庄なら有り得るか。

 妙に納得してしまった。


「さて、私もそろそろ行かないと」

 ユカリコが、空き缶をゴミ箱に捨てる。


 バイト先が駅を降りてすぐとはいえ、電車の時間がない。


「フミナさんと密着したご感想は?」

 去り際に、ユカリコがオレの耳にささやきかけた。


「バカ言うな」


「ウフフ。じゃあね」


「ああ。埋め合わせはしっかりやるから」


「くれぐれも健全にね!」

 ユカリコが出口に消えていく。


 入れ替わりで、フミナがトイレから出てきた。

「あれ、ユカリコちゃん帰っちゃった?」


「電車がないんだってよ」


「そっか。バイト抜けてきたんだもんね」

 手を拭きながら、フミナはユカリコの後ろ姿を見つめる。


「さて、今度はショウゾーのお土産買おっか」

 フミナがオレの腕を引っ張り、ムリヤリ立たせた。


「いいよそんなの。金がもったいない」

「わたしがあげたいの。今日のお礼に」

 

 その後、オレはフミナから一方的に、『おっぱいマウスパッド』をもらう。

 クレーンゲームの景品だ。ワンゲームで取りやがった。


 こうして、オレとフミナの「取材」は終わったのである。

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