第二章 これは取材であって、断じてデートではない!
第5話 いつもと違う幼なじみの様子に、「取材」がはかどる
デー……取材の日を迎えた。
「おまたせー」
家から出てきたフミナを見て、オレは目を見張る。
上はブルーのストライプがあしらわれた、ノースリーブの白いブラウスだ。
紺と白い水玉のスカートである。丈も制服と比べると長めになっていて、いつものフミナと比べるとおとなしい。
随分と大人っぽいファッションで決めたんだなと。
服装が替わるだけで、こうも印象が変わるのか。
「どう?」
フミナは、くるっと回って見せた。
「いつものアホさが軽減した」
「そんな感想、ひどくない!?」
「あんまり似合っててびっくりした」
ガサツな一面しか見てなかったから、いつもと違うフミナで驚いている。
「ふふーん。わたしだってね、やればできるんだから」
そう言って、フミナは自慢げに笑う。
「今日はわたしの隠れた一面を、ショウゾーに見せつけてやるんだから」
「無理しなくていいからな」
「してないしてない。ほら、早く行こっ」
モールは、この辺りから一駅向こうにある。
駅全体が、一つの商業施設となっているのだ。
その気になれば自転車でも行けるが、一時間は掛かるし雰囲気が出ない。何より、この季節に自転車を漕ぐのは暑すぎる。
家族に車で送り迎えしてもらう手も考えた。しかし、せっかく二人きりなのだからと遠慮したのだ。
「いえーい。ついたー」
遊園地でもないのに、フミナははしゃぐ。
「ここの映画館、音が凄いんだよねー」
このモールの特徴は、設備の整った映画館である。
「今日見るのは、アクションじゃないけどな」
「そうなの? いつもド派手な映画しか見ないじゃん」
「まあついてきなって」
午前一〇時前、オレたちは館内に入った。
「おほー、映画といえば、コラボポップコーンだよね!」
謎フレーバーメニューを見ながら、フミナは目をキラキラさせている。
「ねえねえ、これにしようよ!」
フミナが、一番目立つ位置に書かれたメニューを指す。
「それ、児童向けアニメを見る人限定の特典だぞ」
オレたちが見るのはただの恋愛映画だ。
仮にアニメを見るとしても、ストロベリー・サワークリーム味なんて死んでも食いたくない。
「そっか。じゃあこっちのスペシャル味にしよっと。こっちは、ちゃんとわたしたちが見る映画の特典だね。ドリンクはメロンソーダで」
塩チョコバナナ味とか頼んでいる。
トウモロコシと塩とバナナか、絶対マズイだろ。
バターまでかけてもらってるし。
ほら、店員が青ざめてるぞ。
オレは無難に、塩味とジンジャーエールを頼んだ。
「うえええ。激烈に甘いぃ」
ポップコーンを口に入れた瞬間、フミナが沈んだ顔になる。
「かっくらうから、余計に甘いんだろ」
「ジンジャーエールちょうだい」
フミナはオレに覆い被さり、ジュースを取り上げようした。
「ええ、口付けちまったぞ」
「もう飲み干しちゃったよ。いいからちょうだいよ」
オレの席からジンジャーエールをひったくる。
チュウチュウと一口分飲んで返してきた。
「あんがと」
「お前ホント、そういうの抵抗ないんだな。もう一個買ってくる」
さすがに、フミナが口をつけてしまったものを、飲もうとは思えない。
「え、これは?」
フミナがオレの分のカップを差し出す。
「やるよ」
「そんなに汚いかな? わたし」
「いや、そういう問題じゃねーよ。ポップコーンも普通のが欲しいなら買ってくるけど?」
フミナはブンブンと首を振った。
オレは席を立ち、ジュースを買ってくる。
映画が始まった。
『ボソボソ』
『ヒソヒソ』
ささやきが直接伝わり、オレは耳をくすぐられる。思わず、背筋がピンと伸びた。
低予算の邦画だと思って甘く見ていたが、こんな効果があるなんて。
こういった抑えた演技は、映画館だと聞き取りにくい。レンタルして音量を調節してようやく分かるレベルになる。しかし、映画館の技術によって、クリアに聞こえてきた。
耳元でささやかれる行為とは、こんなにも心臓が跳ね上がるのか。てっきり、サウンドの効果なんてないと思っていただけに。これは映画館で見た方がいい映画だった。
フミナの様子を見ると、オレと同じようなリアクションをしている。
「いやー、ドキドキしたね」
出口を抜けた途端、フミナが背伸びをした。
「内容もよかったな」
「最後はハッピーエンドで終わったから、後味良かったね」
最後まで気の抜けない展開が続き、もうダメかと思ったところで大逆転する。
それでいて無理のないシナリオだった。
「メシはどこにする?」
「ファーストフードでもいいよ」
なら、すぐそこのフードコートで、ハンバーガーかな。
このモールなら、ラーメンも捨てがたい。
カルビ丼などの看板が、オレを惑わせる。
「おっと、これは」
日曜のモールは混んでいた。
どこにここまで人がいるのかというくらいに。
何より子どもがうるさい。あちこちでギャン泣きしてるし。
「子どもキライ?」
「甥とは遊ぶからキライじゃないぜ。今日は話し込みたいから」
ちょっと背伸びして、お高めのレストランへ。
客はオレたち以外だと、数組の中年カップルくらいしかいない。
ドリンク付きのハンバーグセットを二つオーダーした。フミナは追加でスペシャルパフェも頼む。
「ヒロインが最後まで希望を捨てないタイプだったのも、好感が持てたね」
「だな。あのヒロインありきの映画だった」
ラストでは、館内の至る所から鼻をすする声がしていた。
「参考になった?」
「バッチリだ」
ここで、オレは思いとどまる。いかん、創作脳に偏りすぎた。大事なのは自然体である。これではいつも通りで、フミナの魅力を引き出せない。
「どうかした?」
フミナがパフェのクリームを崩しながら、オレに視線を向ける。
「あんな甘ったるいポップコーンを食って、よくそれだけ入るなーと」
「これは口直しだよ」
「口直しで追いスイーツかよ」
「欲しかったら言えばいいのに。はい。あーん」
フミナが、パフェスプーンで一口分のクリームをすくう。オレの方へ近づけてきた。
オレは仕方なく、銀のさじを受け止める。
中年のカップルが、二人とも熱い眼差しを向けてきた。
なんだよその期待を込めた視線は。
人の痴情を見ても青春なんて取り戻せませんよ人生の先輩方!
「もう慣れた?」
ンフフ、とフミナが白い歯を見せる。
「いや。こういうのは慣れないモノだな」
「まあいっか。あんまり慣れても、トキメかないもんね」
「あ、そうだ。渡すモノあった」
オレは、おもむろにカバンを開いた。
中から小箱を取りだし、フミナに渡す。
「え、なに? くれるの?」
オレは黙ってうなずいた。
「わーい! 開けていい? こんなにちっちゃいんだから、ゲームソフトじゃないよね」
破らないように、フミナは丁寧に小箱の包装を解く。
万年筆型のペンダントだ。
「センスがなくて悪いな」
「すっごいうれしい! ありがとう! ねえねえ似合う似合う?」
フミナがネックレスを付け、身をのりだしてきた。オレに胸元を見せびらかしてくる。
「似合ってるよ。ちゃんと」
オレが素っ気なくしてると、フミナはさらに迫ってきた。
「もっとよく見て!」
よく見ちゃったら、見えちゃ行けないモノまで見ちゃうんだよ!
「ホントは、もっと実用的なモノを用意しようと思ったんだがな」
けど、しおりは本屋でもらえる。
かといって、スイーツだとなくなってしまう。
それに、フミナは結構食べ歩く。とてもフミナの舌にかなうとは思えない。
「アリガトーッ! でも、なんで?」
「悪かったなって。オレがあの映画を見たいって言ったばかりに、遠くまで」
「感動したからいいじゃん。こっちも用事に付き合ってもらうし」
「なんだよ、お前の用事って?」
「これから、お買いものに付き合ってもらうからねー」
女子の買い物か。
いくら姉貴ので慣れているとは言え、大変そうだな。
「何を買いに行くんだ? ゲームか?」
「水着」
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