第4話 渋々、幼なじみをデートという名の「取材」に誘う

「ああ、おかえり」


 家に帰ると、フミナがオレのベッドの上に寝そべって、せんべいを食っているではないか。

 まるで実家のようにくつろいでやがる。


「お前なあ。少しは遠慮というものを知れよ」

「だって、ママさんがゆっくりして行きなさいって」


 つくづく、部屋に鍵がないことを呪う。


「別にやましいモノがあるわけじゃないじゃん。あってもさすがに手を出さないよ」


 いいながらフミナは散らかした本を丁寧に並べ直す。


「本音は?」


「ショウゾーの目の前で探した方が面白いもーん」


 こいつめ。


「さてさてショウゾーくんの秘密の花園コレクションはどこかなー? ベッドの下かな?」

 フミナがベッドの底を覗き込む。


「さすがにベタだよねー。じゃあフォルダの中かな? でもそっちはチラチラ見たし」


 見たのかよ!


「普通サイズのオッッパイが好きなんだなーって。どちらかというと太もも推しなのは分かったよ」


 自分の太ももの上に、オレのノーパソを置く。


「いい加減にしろっ」


 オレは、ノーパソをフミナの足から取り返す。



 思わず、フミナのピッチリした太ももに目が行った。



 フミナは、制服を超ミニスカートに仕立てている。


 考えまいと、オレは目をそらす。


「たとえばお前、逆の立場だったらどうだ? オレがお前のベッドの上に寝転びながらマンガ読んでたら、気持ち悪いだろ?」


 さっきまでフリーダムだったフミナが、血相を変えた。


「そうだねぇ。たしかに、ショウゾーがわたしの匂いを嗅いでいると思うと」


「ホラ見ろ。ゾッとしないだろ? 冷めちゃうだろ?」



「興奮する」



 しなくていい。


「そっか、つまりわたし、このベッドに自分の残り香を残しているってわけか。それを妄想して、ショウゾーははかどってしまう!」


 はかどらないよ。


「よし、寝よう。はかどってもらおう」

 フミナはオレのベッドに入り込もうとした。


「やめんか」

 オレはフミナから布団を剥ぎ取る。


「ところでさ、ユカリコちゃんのところ、行ってきたんだよね?」


「ああ。事情があってな。シフトを代わってもらった」


 後でバイト先に連絡したら、本当にシフトが変更になっていた。これも、バイト先の個人書店がユカリコの実家だからだろう。


「ふむふむ。事情って?」

「後で話す」

「小説の方は? 感想はなんて?」

「お前と同じ意見だった。ヒロインがてんでダメだってさ」


 オレは肩をすくめた。


 二人以上の女子から女の子の描写がダメと言われたんだ。

 信用していいだろう。


「というわけで、今週の日曜日、取材でお前とデートして来いってさ」


 フミナの顔が固まった。

「デート? わたしと、ショウゾーが?」


「行っておくけどな、ただの取材だからな」


 念を押しておく。


「取材かー。わたしは具体的に何をすれば?」

「自然体でいればいい。意識するのはオレだけだからな」

「そんなのダメだよ! 小説のヒロインらしくしなきゃ」

「いや、そっちの方が困る」


 フミナは「どうして?」と、首をかしげた。


「女子の自然さ、生々しさ? そういうのが足りないって言われてな。ありのままのフミナと接する必要がある」

「そんなの、いつもと同じじゃん」

「同じでいいから」


「そうは言ってもなぁ」

 フミナは納得しない。


「二人きりだからって、気を使う必要ないからな。気を引き締めるのはオレだけで十分だ」


「ありがと。わたしの緊張をほぐしてくれてるんでしょ? でもね、余計なお世話なんだから!」


 フミナは、ヤバい方向へ思考を働かせようとしている。

「見てて。超思い出に残るデートにして上げるから!」


 危険だな。

 こうなったフミナは、必ず危ない方へハンドルを切るに違いない。


「まだ二日ほど猶予があるね! じゃあ、作戦を練ってくるから!」


 そう言って、フミナは慌ただしく部屋を飛び出した。

 「お邪魔しましたーッ!」と大声が聞こえたから、帰ったようだ。


 ドッと疲れた。


「ショウゾー。あんま、フミナちゃんを邪険にするんじゃないよ。女の子なんだよ」

 洗い物をしている母親から、軽めの指摘が飛んでくる。


「分かってるよ」


 ミニボトルの炭酸を冷蔵庫から出し、口をつけた。強めの炭酸とレモンの爽やかな風味が口に広がる。


「レモン味か……うっ」


 いきなり恥じらいが、オレの身体からわき上がってきた。

 口を押さえる。



 デートと言えば、クライマックスはやはり。



 いかん、色々と妄想してしまう。

 初デートでそんなことは、急すぎるのでは。


「なんだい、ゲップをガマンしちまったかい?」

「何でもないよ」


 頭を振って、気持ちを切り替えた。再び炭酸に口を。




「てっきりフミナちゃんとキスする場面でも想像したのかと思ったよ」



 ゴボォ、とオレは炭酸を吹き出しそうになった。


「ゲホ! いつその話を?」

「さっき、フミナちゃんが去り際に教えてくれたよ。今日はお洋服選びに帰るって」


 気が早いな。デートはあさってなのに。


「そうだショウゾー。渡しておくよ」

 台所からリビングへ移動し、母親が戻ってくる。


「はい、これ。軍資金」

 そう言って、母はオレに、数枚の紙切れをよこした。


「いらないよ」


「持っておきな。デートって、色々と物入りだよ。明日、新しいお洋服でも買っといで」


「別にいいって。バイトしてるんだぜ、オレ」


「それは学費と、書籍代で使いな。今度のデート代にもね。このお金は、デートの時に着ていく洋服代に使えって言ってるの」


 いつでも母は、オレが何をしようと放っておいてくれた。

 ただし、ここまでの心配りはしない。

 やるからには自分で全部やれって言ってくるくせに。


「そんなにひどいか、オレの服?」


「清潔感はないね」

 厳しいご意見を、母上はおっしゃる。


「デートをするときの男って、どういう服を着るのか、それを知るのも、小説家の仕事だよ」


「何を着ていけばいいかなんて、分からないよ」


「正解なんてないさ。そんなのには。着飾ってOKな子もいれば、無難に攻めて外す子もいる。それだけ。ウチのオヤジなんて、秋にデートするのに薄手の浴衣で来たんだよ? 花火大会でもないのに。着る物全部クリーニングに出しちゃったんだって。おかげで翌日、風邪引いて」


 父のアホエピソードを、母は嬉しそうに語る。


「でも、オヤジの看病してて、オヤジがその気になっちゃって、オフクロも好きになっちゃったんだよね?」


「よく知ってるじゃないの」


「もう五〇回聞いたよ、その話」

 オレと母親が笑い合う。


「ありがとう。大事に使うよ」

 礼を言い、オレは明日の買い物に備え、ネットで服を調べまくる。


 土曜日はバイトで一日が終わった。

 現在夕方の一七時である。

 忘れないうちに、百貨店の服屋コーナーへ行かないと。


「ついて行って上げようかしら?」

 ユカリコが、エプロンを外して声をかけてきた。


「大丈夫だ。お前遅番だろ?」


 ユカリコとは、働く時間帯がややズレている。


「それに、こういうのは自分で考えたい。失敗してもいいから」

「その意気込みは買うわ。当日は、くれぐれもフミナちゃんを悲しませないこと」


「分かってる。じゃあな」


 個人書店を出て、駅チカの商店街をさらに奥へ進む。

 そこに、お目当ての百貨店がある。


 もっとグレードの高いところへ向かう手もあった。

 けれども、モールへ行く以上は出費を控えたい。

 服は最低限清潔感のあるモノで済ませよ、ともデート指南ブログに載っていたし。


 数着目星を付けて、試着室で姿見を確認した。隅々まで、おかしいところがないかチェックする。


 安めの店で、白地のシャツと、黒のパンツを購入した。

 とにかく、冒険は避ける。


 服装での冒険は危険だと、オヤジは身を以て教えてくれた。

 その経験が活きたかどうか分からない。

 ただ、無難な買い物はできたかなと。

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