第3話 作家仲間から「ラブコメを上手に書きたいなら、デートなさい!」と提案される


 文芸部員である小早川 ユカリコに原稿のアドバイスを求める。


「随分と遅れたわね」

 原稿に赤を入れながら、ユカリコが言う。


「事情があってな。こっちに顔を出せなかった」 


 本当はもっと早く予定だった。

 だが、なかなかフミナが離れてくれなかったのだ。


 オレは、文芸部には入っていない。


 彼らはあまりにも、純文学にかぶれているからだ。


 オレの書くようなラノベ系の作品を評価できないという。響かないので、分からないからだそうだ。

 批判はしてこないが。


 それで構わなかった。

 彼らを責める気はないし、オレも彼らに責められたくない。


 オレは、ラノベで賞を取りたいと考えている。

 最低限、挿絵がほしい。

 オレの書いた作品が絵になるのが夢だ。


 しかし、ユカリコとは接触している。

 彼女はライト文芸を目指しており、オレとも話が合う。

 別のクラスだったが、本屋のバイトで知り合って意気投合した。


 とはいえ、ときどき彼らの視線が痛くなるときがあった。

 なぜだ。


 オレにはただでさえフミナがくっついているので、線は引いているはずなのだが。

 オレとユカリコとの間には小説以外の接点はない。


 無論、恋愛感情なんて皆無だ。


 ユカリコも、隠れファンが多いが。

 たしかに、Fカップの三つ編みおさげメガネ文芸部なんて、どこの二次元キャラ設定だと思う。


「だいたい、事情は掴めたわ」

 ユカリコが、パタンとオレの原稿を閉じた。


「分かってくれるか」



「ええ、あなたがいかにフミナさんとイチャイチャしているのかが」



 ユカリコのメガネがキュピーンと光る。

「河内くん、おノロケを聞かせに来たんなら帰って欲しいのだけれど」


「誤解だ、ユカリコ。オレはフミナにつきまとわれているだけだ。朝起こされたり、登下校で腕を組まされたり。この間なんか、教科書を見せに来るフリをして胸を当てに来たんだ」


「それをノロケって言っているのよ!」

 机をバンと叩き、ユカリコは立ち上がった。

 ズレたメガネを直す。


「あんたの話を要約するとこうよ。


『いやー、つれーわー。カノジョがさー、かいがいしくオレの世話を焼いてくれるんだよー。まいっちゃうなー。つれーわー』


 って、我々には聞こえているのよ! そうよね!」


 ユカリコが、他の部員にも同意を求めた。


 血涙を流しながら、他の文芸部員たちもうなずき返す。


「本当に違うんだがな」


「そう思っているのはあなただけよ、河内くん。フミナさんがかわいそう」


「それより、小説の感想を聞きに来ているのだが?」

 オレは話を戻した。


 ユカリコはほう、とため息をつく。



「ヒロインがかわいくないわ」




 フミナと全く同じ意見が、ユカリコから返ってきた。


「全体的にイイコちゃん過ぎて、印象が薄いわ。いい子なんだけど、インパクトが弱い」


「ゲスヒロインの方が、ウケがいいのか?」

 あんまりやりたくないが。読者にウケるかの賭けになるから。


「そこまでは言わないわ。単にもう一つ、個性が欲しいだけよ。絵にしてほしいなら、もっと特徴的なヒロインにしないと」


「例えば?」


「見た目はいいのよ。ただね、『あーこの子が現実にいたらなー』とか思わせてくれるようなブッチギリでカワイイと思わせる個性が欲しいわね」


「そんなにひどかったか」

 オレは落ち込んだ。


「全然ひどくなんてない。見た目はホントにいいのよ。ただ、見た目とは裏腹というか。なんでこんなカワイイ見た目で、機械的なのか意味不明なのよ。魂を入れるのを拒絶しているかのようね」


 えらく文学的な批判が飛んできた。


「方法はないか?」


「簡単よ。あなたの彼女さんを参考にすればいいわ。フミナさんを」


「ちょっと待ってくれ。オレは誰とも付き合ってない!」


「何を言っているの? この造形、フミナさんそのまんまじゃない」


 初めて言われたぞ、そんなこと!


「どこだがよ!」


「見た目なら全部よ。黒髪セミロングでしょ、Cカップのおっぱいに、健康的な太もも。どう考えたって衣笠フミナさんその人だわ」


 あいつを意識したコトなんて、まったくないんだが。


「そんなやつ、この世界にいくらでもいるだろ!」


「いないわよ! 少なくとも衣笠フミナさんを見た目だけでもここまで文章で再現できる職人なんて、河内ショウゾーをおいて他にいないわよ!」


 息を切らせてまで、ユカリコはヒロインとフミナとの同一性を主張してきた。


「そもそも河内くんは、フミナさんとどうやって仲良くなったの?」


「生まれたときから、家が隣同士だったんだ。オレのオヤジと、あいつのオヤジさんが仲良くて」


 フミナと遊ぶことを、子ども時代は自然に思っていた。

 小学校に上がるくらいから、少しずつ男女の違いを気にするようになって。


「あいつ、女だけど男よりケンカが強かった。オレの方がからかわれていたんだ。守ってもらっているのが辛くなってきて、オレは自分の得意分野で、あいつを支えようとした」


「それが、小説だったと」

 オレはうなずく。


「でもさ、実際フミナも読書家でさ。オレとは違って感情移入型なんだよ。オレは観客型でさ。お話の先が読めちゃう。フミナはそれでもガーッと読んで、楽しそうに物語に没頭できるんだ」


 そこが、あいつがうらやましと思う部分である。


 あれだけ本を読むのが好きなのに、フミナは国語が得意ではない。

 漢字を覚えないからだ。

 いつもオレが横で教えている。


 よって、フミナの読む本は、児童向けのルビ付き小説か、ユルいめのラノベくらいだ。

 古典文学などは、フミナからするとお経に近い。


 フミナを楽しませようと思って、オレも書き物を始めた。


「いい話ね。また部員たちが血涙を流すほどに」


「ロクでもねえさ。そんなキレイな話じゃねえ。もっと腕っ節があれば、違う可能性もあったのにって今でも思うよ」 


「で、ここまで似せておいて、どうして魂が入ってないの? 読んでいて毎回思うけど、話に全く絡んでこないから、ヒロインが印象に欠けるわ。危険な目に遭うのは男の子ばっかり。狩猟時代じゃないんだから」


 展開が古くさすぎる、と言いたいのだろう。


「ヒロインを危ない目に遭わせたくないんだよ」


「なるほど分かったわ。あなたは、書くときは没頭型のようね」


「そうなのか? 初めて言われた」


 オレでさえ分からなかったことを、ユカリコは確信を持って告げてくる。



「それに反して、これは何?」




 話が、今日持ってきた原稿に戻る。




「ヒロインと二人だけで物語を展開させようという意気込みは買うわ。なのに、肝心のヒロインが素直すぎて、お話が膨らんでない。もっと弾けてもいいはずなのだけれど?」



「多分、初めて書いたから。ラブコメなんて」


「書き慣れていないって次元じゃないわ。明らかに照れが入っている。所々のユーモアはあるのだけれど、ヒロインとの密着度が深まっていない。なりゆきで交際しているようにしか見えないの」


 難しい。


「一言で言うと、恋愛経験値が低いのよ。本で読んだ知識しかないから、シナリオがショボい」


 バッサリだ。


「対策はあるか?」





「こんなの一つだけよ。あなた、フミナさんとデートしなさい」





「よし分かった。って!?」

 何を言い出すんだ、この女は?


「いいこと? あなたは恋愛経験が少ないの。だったら、ウソでもいいから女の子とデートの一つでもして、コツを掴みなさいな。何をするか分からないフミナさんなんて、絶交のパートナーじゃない」


 急に言われても。


「バイトもあるし」


「シフトなら代わってあげるわ。予算不足というなら、カンパもしてあげるけれど」


 どうあっても、フミナとデートせよと。


「とにかく今度の日曜日、ちょっと近くのモールに行ったら? その日に公開される恋愛映画も見られるし。アニメだけれど」


「大変そうだ」


「これも取材よ。ちょっとくらい大変な方がいいの」


 不安しかないが。


「そうそう。プレゼントをあげるなら、いいことを教えてあげるわ」


「プレゼントか。それも取材と思うか」


「まあ、最初ならそれがいいかもね。そこで問題。プレゼントとして有効なのは? 花束か、バッグか」


 普通に考えたらバッグだが。

 花束なんてもらっても嬉しくないと思うし。


「バッグか?」


 オレが答えると、ユカリコは首を振る。

「正解はね、なんと花束なの。意外だったでしょ?」


 言われるまで、関心がなかった。


「オンナはね、実用性のないものに惹かれるの。相手に金銭的余裕を感じられるから」


 なんか、シュールだな。


「あなたにもメリットはあるのよ。花束をあげたときのリアクションを見ることで、金目当てのオンナを排除できるわ」


「誰情報だよ、それ?」


「メンタリズムDaisukeよ」


 役に立つか分からないアドバイスをもらい、オレはフミナとデートする運びになった。

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