第2話 幼なじみが、オレの小説に出てくる人物で「キャラ弁」を作ってきやがった

 朝、早速フミナの襲撃が来た。


「おはー。起きろ」

「あと五分だけ寝かせろ」


「うーん、違うな。ショウゾーの書いてる作品的には。目覚めよ、その魂! みたいな?」


 痛い。主にオレに来る。 


「今……あなたの脳に……直接!……語りかけている……五分後に起きるんじゃない。今! 今だけ起きるんだ……」


 なんだその「ざわ……」とか言い出しそうな起こし方は。


「分かったよ。起きればいいんだろ?」

 オレは半身を起こす。


「わわ、ちょっと待っ!」


 ん? なんだろう。顔に柔らかい感触が。


「あわわ」


 顔を上げると、フミナの顔が至近距離にあった。


「何をうろたえてるんだよ、起きたぞ」


 言われたとおり起きたというのに、今度はフミナの方が赤面してフリーズしてしまっている。


「なんなんだよ。お前、は? はあ!?」

 オレは、違和感の正体を知ってしまった。


 フミナはオレを起こす時、中腰の姿勢だったらしい。



 つまり、オレはフミナの頭一個下に直撃したのだ。



 フミナの胸に顔をダイブさせてしまったのである。




「すまん! そりゃあ怒るよな! 悪かった!」


 慌ててオレはその場をどく。

 フミナが固まっている間に、用意を済ませた。


「許さん」


 だが、フミナはご立腹のようだ。


「本当に悪かった。まさかお前の顔がそんな所にあったなんて」


「そうじゃない!」


 大声を上げながら、フミナがフトンをバシバシ叩く。



「なんであんたは、ラッキースケベがあってもそんなショボいリアクションしかできないの!? もっとスーハースーハーするとかさぁ!」



「するか! 妄想しすぎだ!」


「だから、今日は一日中付き合ってもらうから!」



 フミナはオレの手首を掴むと、早々と一階へ。



「お邪魔しております」


 オレの母親に挨拶をすると、さも当たり前のようにテーブルに着席した。


「いやぁ。いいねえ。これがショウゾーの書いてる、実家のような安心感ってやつ?」


 お前の実家は右隣だからな。オレんちよりはるかにデカイ。


 母親も母親で、フミナの分も朝食を用意していた。

 ハムエッグとトーストとバナナ半分を。

 こうなることを見越していたのだろうか。


「いっただっきまーす! んーおいひー!」


 フミナの食べる顔を見て、母親も嬉しそうだ。

 オレとは違い、ちっともイヤな顔をしない。


 早くこの場から逃げ出したい一心で、慌ただしい食卓に別れを告げる。


 なのに、フミナはオレの手を放そうとしない。


「なんだよ?」

「今日は一日中くっつくので、ヨロシク」


 何を言うか。付き合いたてのカップルではあるまいし。


「あのな、誤解されたらどうするんだ?」


 元祖ギャルゲーヒロインだって言っていただろ。

「ウワサされるとウザい」って。


「させとけばいいじゃん。あんただって取材なんでしょ?」

「まあ、そうだが」


 それとこれとは話が別だ。

 事情を知らない奴らがこんな場面を見たら。


「よお、ショウゾー」

 さっそく友人が声をかけてきたぞ。


「お、ようやくお前、衣笠さんと付き合う気になったのか。時間の問題だったけどな」


「よせ、トオル。オレはコイツとまだ付き合ったわけじゃない」

 友人の新庄トオルに反論する。


 トオルは顎に手を当て、合点がいった顔になった。

「分かってるって。おためし期間ってヤツだな? いわゆる保留!」


「それも違う! ホントにオレはフミナとは」


「じゃあ、なんで手を繋いでるんだ?」


 オレは言い訳できない。


「俺さまに言わせりゃ、お隣さん同士の男女が手を繋いでいたら、正直『既成事実』モンだぜ。まして衣笠さんは、我が校が誇る超絶美少女! マジ女神!」


 どんだけ妄想力がたくましいのだ。オレの友人は。


「衣笠さん、ショウゾーは照れ屋ってだけだから。内面では衣笠さんのこと、すげえ大切にしてるはずだ。うまくやってくれよ」


「あはは、アリガト新庄くん」

 フミナは、トオルの言葉を受けて嬉しそうだ。


 だが、それ以上言葉を発しない。


 もっと堂々と恋人ヅラすると思っていたが、お前が照れてどうすんだ。


 トオルも気を使って、フミナには話しかけないでいる。

「じゃーな」

 手を振って、トオルは先に教室へ。


「いやあ、乙女の恋心は隠せないモノだね」


「はよ手を放せ。上履きを出せん」


 恐る恐る教室に入ると、平和そのものだった。


「てっきり、もっとひやかしがあるものだと思っていたが」

 オレは窓際の席に着く。


「衣笠さんの奇行は、いつも通りだしな」

 トオルが、前の席に座る。


 フミナはオレの隣だ。



 授業はつつがなく進行し、フミナもマジメに授業を受けていた。


 問題は昼食時である。


 オレは購買で焼きそばパンを買い、屋上で食べるのを日課にしていた。


 しかし、フミナに止められる。


「ふっふーん。わたしが何も用意していないとでも思っていたのかね?」


 謎のポーズを取りながら、フミナがおもむろにカバンを開けた。


「じゃんじゃかじゃーん」


 なんと、弁当箱ではないか。


「お前、料理できたっけ?」


「あのねえ、わたしだってJKなの。お料理だって多少覚えるんだから」


「さて購買に行くか」

 オレは焼きそばパンを買いに向かおうとする。


「待て待てーい!」

 フミナに肩を掴まれた。


「なんで!? なんで食べてくれないかなぁ!?」

「食わねえなんて言ってねえ」

「じゃあ、どうしてよ?」


「強いて言うなら、保険?」


「信用がない!」


 だったら普段から信用してもらえるような行動をやれよ。




 一応購買でパン(非常用)を買い、屋上へ。


 さすがのフミナも、教室で「弁当あーん」を見せびらかす度胸はなかったらしい。


「とくとご覧あれ!」

 フミナが弁当を広げた。


「キャラ弁か、これ!」


 なんと、オレの小説に出てくるヒロインを、ナポリタンやキャベツ、ブロッコリーを駆使して再現しているではないか。


「おお。想像よりすごい」

 普通に感動してしまった。

 ジーンと、何か得体の知れない感情がこみ上げてくる。


「でっしょー」と、フミナが鼻を高くした。


 カバンに見立てた卵焼きは、少し焦げている。

 それも、長旅でくたびれた形状をイメージしているのだろう。


 芸が細かかった。

 よほどオレの作品を読み込んでいないと、ここまで精密に作れない。


 フミナは細部まで、オレの作品を読んでいた。

 一円にもなってないオレの作品を。


「朝六時に起きて準備したんだよー」

 

 どうりで、朝が早かったわけだ。

 普段のフミナは、三〇分前行動なんてまず取らない。


 こいつがあんな時間に起きるなんて、思ってもいなかった。


「ありがとう」

 ここは素直に礼をいう。調子狂うなぁ。


「ただ、無理すんなよ。オレのために、ここまでする必要ないんだからな」


「迷惑だった?」

 少し、フミナが寂しそうな顔になった。


「違うから! そういう意味じゃなくて! 大変だっただろって言ってるんだよ」


「どうだろう? 気がついたら、夢中になっちゃってた」

 照れ隠しなのか、フミナは少しおどけている。


 オレも笑うべきだったんだろう。でも、心配の方が勝ってしまった。


「じゃあ、あーん」


 フミナが、箸で摘まんだ卵焼きを、オレの口に持っていく。


 そうだった。感動が一気に吹き飛ぶ。


 オレは生ツバを飲み込んで、フミナの箸を待ち構えた。


「あ、あーん」


 卵焼きが、口の中へ。


 うまい! 

 でも味が薄いぞ! 


 それでよかった。


 キャラ弁は味が決め手ではない。

 これでいいのだ。


「どう?」

「焼きそばパンがおやつ行きになった」

「その褒め方微妙!」



 オレは「あーん」攻撃に耐え抜き、弁当を平らげた。



「あんたって文章化のくせに、褒め言葉とか下手だよねー」

「ほっとけよ。オレの作品はイベントが重要なんだよ」

「イベントとイベントの間のツナギも大事だよ。茶番とか」


 フミナの指摘も、読者感想コメントで指摘を受けていた箇所である。


「入れすぎると話がダレるじゃん」

「入れなさすぎると人間味が薄くなるよ」


 それもそうか。


「そういえばさ、次の授業なんだっけ?」


 フミナが問いかけてきた途端、俺は顔を青くした。


「やべっ、移動実習じゃねーか!」


 やはり焼きそばパンで素早く済ませておくべきだったか! 


     ◇ * ◇ * ◇ * ◇


 翌日、オレはフミナを起こしに行った。

 やっぱり無理していたんじゃねーか。


「まさか、早朝起こしイベントを自分が受けることになるとは」

「自分の低血圧を呪うんだな」

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