オレが攻略したいのは新人賞であってお前じゃない

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第一章 オレたちはお隣同士であって、恋人同士ではない!

第1話 文章ワナビは、いつも「かまってちゃん幼なじみ」に邪魔される

 オレは新人賞を獲りたい。


 中学の頃に投稿サイトで読んだネットラノベが面白く、それ以来、自分も書きたいと思った。


 帰宅後すぐ、テーブルにあぐらをかく。ノーパソを広げ、最大で五〇〇〇文字くらい書き、小説投稿サイトへアップ!


「それで賞が取れたら、賞金五〇万円で衣笠フミナと結婚式を挙げるんだ!」


 ショートボブの少女が、オレのベッドに寝転びながら、ノートPCを覗き込む。


「うっせー。考えてもないナレーションすんな」


 お隣に住む幼なじみ、衣笠フミナは、いつもオレの邪魔ばかりしてくる。


「なんでお前は、オレの創作活動を邪魔すんだよ?」


「ショウゾーが構ってくれないからじゃん」


 ベッドの上から、フミナがオレのほっぺに爪先をグリグリとしてくる。

 化繊が熱い痛い。


「かまえーかまえー」

「やめろっての」


 足をどけても、またフミナが「うりうり」と爪先をオレのホッペに押しつけてくる。小学生かっての。


 こんなやりとりが延々と続き、さっきから一ページも進んでいなかった。


「なんで構う必要がある? 別にオレに惚れてるわけじゃないだろーが」


「惚れていたら?」


 フミナはオレの枕を抱きしめながら、思わせぶりな視線を向けてくる。


「はあ?」


「なんか反応うっす!」


 フミナはオレに枕を投げつけてきた。うるんだ瞳が、あっという間に元に戻る。


 オレがラノベ作家を目指して以来、ずっとこんな感じだ。


 フミナはクラスで一番カワイイとウワサされている。


 だが、オレにしてみればラノベ執筆を邪魔してくるモンスターにしか見えない。



 脚本家の故ブレイク・スナイダーが書いた「一〇のストーリーパターン」で例えれば、フミナの存在は「家にいるモンスター」といえるだろう。



「昔はもっとゲームとかして遊んだじゃん」


「ソシャゲが流行りだして、みんなで遊ぶゲームが限られてきたからな」


 対戦ゲーム、パーティゲームの類いは、似たようなものばかりになってきたし。


「作る側に興味を持ってしまった、ってのもあるかな」


 これは魔力だ。

 自分の力で何かを生み出す。

 これ以上の快感には、今のところ出会ったことがない。


「ふーん」


「反応うっす!」

 思わずフミナと同じツッコミを入れてしまった。

 

 仕方ないか。この心地よさは、体験した者にしか分からない。


「で、今日はどんな感じのを書いてるの?」

 フミナが、オレからノーパソをひったくる。一一・五型の小さいヤツだ。持ち運びに便利でありつつ、動作も快適だ。


「返さんか。作業できないだろ」

「いいじゃん。どうせ進んでないんだし」


 行き詰まっているのは、確かだけど。


「書いていたらそのうち思いつくだろ」

「でも進んでないじゃん」

「お前が邪魔してるからだ!」


 ベッドに横たわりながら、フミナはノートPCを眺めた。

「へーえ、ラブコメじゃん。いっつもバトルものばっかりだったのに」


 バトルは描写が大変で、正直書きづらいという感情もある。

 これは長く続かないなと。

 オレ自身も、最近ちょっとラブコメに興味があった。


「どういった心境の変化があったのかな? やはりわたしに気があったとか?」


「ないない」


 オレの返しが気にくわないのか、フミナはブーたれる。


「今回のテーマが『青春ラブコメ』だからだよ」


 つかず離れずの男女が、望みもしないハプニングに右往左往する話を書いてみた。それでラスト、二人は互いに思いをぶつけ合うのだ。コントの中に、多少の口ゲンカバトル要素を入れて。


 フミナがプッと笑う。


 オレは、少しだけ手応えを感じた。


 コイツのお笑いのツボは、かなり手強い。そのフミナが笑ったと言うことは、ウケるに違いなかった。これなら、自信を持って出せるだろう。


「面白かったか?」

「うん。シチュエーションコメディのところとか、分かりやすくて読みやすい」


 オレは小さく「よし」とつぶやいた。


 そこは、一番力を入れた部分である。褒められるとうれしい。


「でもさ。ヒロインがかわいくない」

「やっぱりか」


 オレが一番気にしているポイントを、フミナが的確に指摘してきた。


「バトルヒロインで見たキャラと似てる。なんかさ、従順すぎて行動が読めちゃうんだよね。つまんない」


「お前も、そう思うか」


「主人公がヒロインと付き合う動機だってさ、『なんでもしてくれるから』でしょ? これじゃ、主人公が欲しいのって、カノジョじゃなくて『お母さん』だよね?」


 厳しいご意見だ。


「こいつ、孤児設定だしな」


「そこ。そういう設定もさ、必要なのかなって思うんだよね」


 指摘が痛い。

 

 感想欄でも毎回、『もう少しユルい設定で読みたいです』と書かれる。


 オレは重くしているつもりはないのだが。


「愛情に飢えたキャラにしようって思ったんだよ」

「にしても重いかな」


 ギャグとシリアスの帳尻が合っていないらしい。


「設定はもっとヌルめにするよ。で、ヒロインはどうすればいいと思うんだ?


「なんか、ハツラツとした、それでいて何をしてくるか分からない危なっかしさ? そんなん」


 難しいな。ネコみたいなヒロインを書けと?


「だいたいさ、女の子のこと重く考えすぎ。もっと自然体で書いてみれば? ショウゾーが好きな女の子でいいんだよ!」


「それが一番無理難題だと思うが?」


「恋とか、したことないの?」


「あいにく」


 なぜか、フミナは天井を見上げた。

 直後、オレを真正面から見据える。


「ねえ、モデルになってあげよっか?」


 ベッドの上から前のめりになって、フミナが自分の胸に手を当てた。


「え、なんだって?」


「だからぁ。わたしがさ、ヒロインのモデルになってあげようか、って言ってるの」


「お前が?」


 まったく理想とはかけ離れているがな。


「だってさ、このキャラわたしと似てるじゃん。顔とか髪型とか」


「どう見ても、お前じゃないがな」


 オレがこのヒロインに求めているのはボサツのような女性像であり、フミナのようにガサツな女ではない。


「あんたと歳が近いオンナなんて、わたしか文芸部のユカリコちゃんくらいじゃんか。ユカリコちゃんも、あんたと似たようなタイプだし。ここはいっちょ、わたしが一肌脱いであんたの手助けをしようってね」


「オレには姉がいるぞ」


「お腹大きくなってから、お嫁に行ったじゃん」


 まあ、そうだが。


「どういう風の吹き回しだ?」 


 何が目的なんだろう。


「だって、邪険にされたまんまじゃ、つまんないよ。新人賞獲りたいんでしょ?」


「そりゃまあ、そうだが」


「わたし、国語の成績はいまいちで文章もヘタだし、なんの手助けもしてあげられないじゃん」


「お前にそんなの求めてないけどな」



 確かに、国語のテストがあるときは、フミナはオレの部屋まで勉強しに来る。



「いつものお返しとして、わたしがモデルになって、あんたの作品の完成に協力しようかなって。ムフフ」


「お前に恋愛なんて分かるのかよ?」


 失敬だと言わんばかりに、フミナが立ち上がる。

 天井に頭をぶつけて、すぐにうずくまるが。


「ショウゾー、わたしをなんだと思ってるわけ?」


「ただの幼なじみ」


「雑な紹介しないでよ! 負けヒロインみたいじゃん!」


 そこまで言っていない。


「いいかね、ショウゾーくん。キミは生まれてきた時点で既に勝ち組なのだよ。なんたって負けヒロインの筆頭、この幼なじみがいるのだから!」


「負けじゃねーか」


 自分の存在を自己否定するなよ。


「何言ってるの? リアルに幼なじみのいる男子高校生なんてね、砂丘で砂を集めるくらい激レアなんだから!」


「そんな統計、聞いたことないぞ」


「レアだもん! わたしの中学時代のオタ友の男子なんてね、幼なじみが欲しいって七夕の短冊に書いたくらいなんだから!」


 短冊の効果を信じている男子学生の方が、よっぽどレアだろ。


「とにかく! 幼なじみというカードがある段階で、どれだけのアドバンテージがあるか!」


 ビシッとオレを指差し、フミナは納得させようとする。

 オレはドンドン引いているのだが。


「よって今後も、こちらに遊びに来るのでヨロシク!」


 コイツ、取材にかこつけて遊ぶ気だな。


「で、あわよくばわたしを攻略できる算段!」


 どんな判断だ。


「オレが攻略したいのは新人賞であってお前じゃない!」

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