第13話 【道】

 音喜の祖父である音叉の先導の元、彼らの家へと向かう。

その道すがら、彼はツカサのいた地球とこの星は惹かれ合っていると言った。

「神のなせる技か、それによって地球の人間がこの星へ不時着する。わしも、末端。全てを知っておるわけではないぞ?」

音叉はこの村を任されてはいるが、近隣を束ねる者ではない。

そう、忠告する音叉に光磨は生唾を飲み込む。

光磨たちの方へ振り返り、音叉は片手を上げる。

するとそれまで光磨たちが通ってきた道が、音もなく消えていく。

木に足が生えて道をなくすかのようだった。

気づいたときに道はなくて。

音叉の目の前には、彼の家へと続く一本道が出来ていた。

「便利だな、それ」

「まぁのう。滅多なことじゃ、つかわん。今は緊急事態というわけじゃ」

唇に人差し指を当てて微笑む音叉に、光磨はほぉっと頷く。

そのまま、音叉は自分の家が見えてくるまで口を噤んだ。

音喜たちの家は、巨木の中をくり抜いて作られている。

どうやって造ったのか不思議なほど、頑丈で揺れに強かった。

その家が見えてくると、音叉は口に手を当てて叫んだ。

「ばーぁぁーさーん!茶、五つ!」

ただいまも何にもなく。

ツカサはビックリして、きょろきょろするばかりだ。

「はーぁぁあーい」

間延びした優しい声が、音叉の妻であり、音喜の祖母だった。

「話は外でしようか。人払いをしておるから大丈夫じゃ」

ウィンク一つすると、家の外に置かれている丸い木の座卓と椅子を指し示した。

光磨は、誰かに袖を引っ張られてそちらを見ると声を潜めるようにツカサが言う。

「どうして、声が聞こえたのかなって思ってさ。コーマくん、分かる?」

「あぁ。音喜のばあさんは森の中限定で範囲狭いけど声が、自分を呼ぶ声が分かるんだと。詳しいことだったら音喜に聞けば分かるぞ」

そう言って音喜の方へ指を指せば、ツカサは自分の顔の前でぶんぶん両手を振った。

「聞けないよ。なんか、怖いし」

「見た目あれだけど、おもしれぇぞ」

「それは分かるんだけどね。それでも………」

ちらっと音喜の方を見れば、視線に気づいた彼がこちらへ顔を向ける。

どうかした?という顔で見てくるの光磨は、慌てて何でもないと伝えた。

そして、全員で音叉の指示で円卓に座る。

光磨の隣に、ツカサ、鼓動、音喜、音叉で、彼に戻る。

それぞれの前に音喜の祖母がお茶の入ったカップを置いていく。

飲むの二杯目、と思いながら。

光磨はお茶に口を付けて喉を潤した。

「先ほどの続きになる。惹かれ追っていると最初に気づいたのは地球側じゃった。彼らはこの星に攻め入ろうとしたんじゃよ」

頭の中が真っ白になる。

今、何を言われたのか分からなかった。

それぐらい、光磨には驚きだ。

「じゃが、神様のおかげで事なきことを得た。彼らと交渉し、二つの星を行き来する【道】を作ったのじゃ。それによって、宇宙船なしで行くことができる。それに入ることが出来るのは、身分の高い者や地球から一時的に避難を求めた人間だけなんじゃ」

塚本はその【道】を通ってやってきた。

他国に落とされたとされたのは、【道】を抜けた出口をそこに移動させただけ。

カモフラージュ。

それ以外の人間は、自力でこの星へ辿り着くしかない。

あまりにも大勢の人間の命を使い捨てて。

辿り着いたツカサに、その現実は残酷だったようで。

彼の顔は青ざめていた。

「ひどい。一部の人間がそんなことするなんて………」

全然知らなかった、と。

ツカサは、自分がまだ子供だから知らされていなくて。

姉は、他の人たちはどこまで知っているのだろうか。

「【道】を使うには金がいる。お互いの話し合いも。あの男はそれを全部通した上で、塚本さんを連れて行こうとしたんじゃよ」

音叉はお茶で喉を湿らせ、光磨たちを一人一人視線を向ける。

最後、ツカサに固定する。

「ツカサくんには酷な話だが。君のお姉さんが塚本さんとあの男と関係している。君が地球へ戻ればあちらでおったような生活はもちろん、こちらへ戻ってくることはできん」

頬杖をついて、音叉は明日の天気でも言うようにさりげなく。

「君はどうしたい?帰りたいか?」

押しつけも、周りの人たちのことなど気にせず。

ツカサの意志を、音叉は聞いていた。

でも、光磨は難しいと思う。

ツカサがこの先、どうかしたいかというとやっぱりここにいた方が安全だ。

でもたった一人の姉を、地球に残していくのは不安がある。

だがそれは、宇宙船に乗ることでもう発生していることだ。

「なぁ、ツカサ。ここに、いろよ」

縋るように言うと、ツカサは瞳を潤ませて頷いた。

「いたいよ。僕も、外で元気いっぱいに走り回りたい。でもそれって」

許されることなの?

姉の犠牲の上であることは分かっていた。

でもそれは本当に、分かっていたことだったのだろうかとツカサは言う。

「誰もが誰かの犠牲の上で成り立っている。君がおった地球ならなおさらだ。君は今、それを理解した。ならば、願いを叶える力を君はかなえるべきではないのかね?」

協力は惜しまない。

そういう音叉の笑顔を見ながら、ツカサは何度も頷いた。

「ごめんね、姉さん」

もう、二度と戻らない。

戻りたくない。

けど。

姉は、彼の幸せを願っている。

そう思わなければきっと、ここにはいられない。

「姉のことは、心配です。けど、姉が身を挺してまでここに来させてくれたんだから。ここで生きていかないと」

自分に言い聞かせるようだった。

「願うことは、許されますか?幸せになることを願ってかなえてもいいですか?」

そこに神様がいるかのように、音叉を仰ぎ見る。

目に涙を貯めて、許しを請う罪人のように。

ツカサは、両手を組む。

姉の安否は気になるものの、今の光磨たちには何もできない。

ツカサの身を危険にさらしてまで、どうにかするチカラを森守一族にはない。

神様がいれば、なんとかなるかもしれないが。

地球との仲を拗らせることは、危ないように思えた。

「もちろんじゃよ」

そう言って、安心させるように立ち上がってツカサの肩を叩くから。

光磨はそれでも。

両方を選べないことを、姉を助けに行かないことや。

ツカサの身勝手さや、自分の弱さに。

光磨は俯いて、カップに注がれたお茶を一気飲みした。

「あっちぃ!!!」

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