第12話 名前

 光磨たちは、マータが地下から勢いよく生えてきた植物の蔓に絡め取られるのを見た。

「おじい、さま」

気の抜けたような声で呟く音喜に、光磨は絡め取った相手を知った。

「音喜のおじいちゃんだ!助かったぁぁ!!」

マータのすぐ側には、祈りの形を取る音喜の祖父がいた。

その隣に彼の父親の姿もあり、マータを土塊で壁を形成し、全体を覆ってしまう。

「どうやら、間に合ったようじゃのう」

祈りの形を説き、腰を伸ばした音喜の祖父は小さく笑った。

安堵ではなく、落胆を滲ませて。

祖父はマータと塚本を交互に見たあと、ぽつりと零した。

「待てなかったのかのう」

『そっちの言う通りは通した。だから、こちらの通りを通させてもらう。ただ、それだけさ』

スケボーから滑り降りた光磨は、おやっと思った。

塚本の上司が通したという、どおり、とは何のことか。

そしてそちらの、どおり、とは。

「確かにそうじゃ。だがな。勝手を許すつもりはない。帰れ」

『!!』

音喜の父が、すっと伸ばした腕をマータに向けただけで。

巨大化したマータが後方に吹っ飛んだ。

見えない空気の破裂音と共に、光磨の顔を風が吹き付ける。

地を揺るがしながらマータは仰向きに倒れ、それっきり動かなくなった。

上司の声とやらもしない。

「色々と世話をかけたのう。あとはこちらで処理をする」

「ちょっ、ちょっと待てくれ!」

もうこれで終わり。

話すこともないと、彼の祖父が手をひらひらさせるのを光磨は止めた。

自分たちは何も知らされないまま、マータを追いかけてきた。

それが片付いたから帰れと、言うのか。

「説明の一つぐらいしろよ!じいさん!!納得できねぇだろうが!」

くってかかる勢いの光磨に、鼓動もツカサも頷く。

ただ一人、音喜だけが、視線を逸らした。

気まずいのだろうか。

「まぁ、そうはいかぬか」

「お父さん、ここは、見ておりますから」

音喜の父は、マータの方へ駆け寄ると地面から這い出させた蔓で拘束する。

「塚本さんも、ね」

苦笑する彼に、祖父も肩を竦めて項垂れる。

「うちに来なさい。その代わり、他言無用でな」

「あっ、はい!あの…………」

ツカサは今、思い出したとばかりに声を上げる。

「名前、聞いてなかったので。なんと、呼べばいいですか?」

「はい?」

目を点にする光磨たちに、ツカサは至って真剣だった。

まるで、聞かないことがおかしいとでも言うように目で訴えてくる。

「音喜のじいさん、で通ったしな」

ぽつりといいわけをする光磨に、祖父は大声で笑った。

「そうだな。すっかり失念しておったわ」

いやはや、全く、もって。

後頭部に手をやりながら笑うから。

今までの緊迫した雰囲気が一気に、和らいだものへと変わった。

「わしの名は【音叉(おんさ)】。あっちの息子が【翼(つばさ)】じゃ」

そして、音喜の祖父改め音叉は家へと案内したのだった。

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