第11話 追走

 静寂を突き破る音がする。

ようやっと成長した木が半ばから折られ。

芽吹いた花が草が、儚く散らされていく中を。

雲一つない青空の下、鈍く光る金属の体を震わせて走る機械があった。

マータだ。

わずかに作られた肩の部分に、一人の男を担いでぐるり、ぐるりと。

腕のようなそれを、縄のように巻いて。

その体を自身の体に腕を巻き付ける。

そして腕だった箇所は、引きちぎれてなくなっていたけど。

もう、再生して跡も見当たらないけど。

地面がえぐられ、土埃を上げてマータは走る。

意志を持って、どこかへ、向かっていた。

その大分うしろを、光磨たちが追いかけていた。

「っくそ!どういうことだよ!説明しろ」

頭を掻きむしりたい衝動のまま、光磨はツカサに叫んだ。

塚本の家へ向かう時と同じく。

音喜の後ろに乗ったツカサが、首を左右に振った。

分からない、分からないよと呟きながら。

駄々をこねる子供のようだった。

「ぼくが姉さんから知っているのは行きに話した!けどそれ以上は分からないよ!」

顔を俯かせて、音喜の腰に回した手は震えていた。

「なぁ、音喜!じいさんの言っていた【ボス】ってなんだよ。取引ってわけ、わかんねぇよ!」

光磨は、前方を見据えて、マータとの距離を図る。

やはり自分と鼓動が気絶していた分だけの空いてしまったそれは。

急いでも防げないように思えた。

「僕も全部を知っているわけじゃない。だけど………ボスのことなら知ってる」

音喜はスピードを上げて、光磨と並走する。

鼓動はマータが掘り返した土を避けようとして少しだけ、遅れた。

「地球には悪い人も当然いる。ボスって人が塚本さんが恐れている人ってことも。だけど!」

地球に帰る方法を、音喜は知らない。

そのあたりの大人の事情を、汚い部分を。

音喜は見ないようにしてきた。

自分はそんなふうになりたくなったから。

「だから、僕は知らないんだ!」

耳を塞いで、目を閉じて汚いことを締めだした結果がこれなんだと。

これ以上、何も言うことが出来なくて。

「でもこのままだったら、何もできないまま、終わるなんて………」

いやだ。

どうすればいい、光磨は奥歯を噛みしめた。

「なぁ、マータは宇宙船の制御担当?だったんだよな。だったら強制的に止める方法なんかあるか、分かるか?」

巧みにスケボーが通れる道を選んで行きながら、光磨は隣のツカサを見た。

「えっと、ある、けど。外部から手を加えられている以上。細かいことは分からない」

しかしツカサからの返答は、光磨の期待に添えるものではなかった。

「だったら、あいつの足を切ればいいんじゃないか?」

だったら動きは止まる。

でも。

引きちぎった腕が元に戻っていることを考えても、時間稼ぎにもならない。

「動きを止めればいい」

「あら?コーマくんたちどうしたの?」

通り過ぎる。

このスピードを維持するには、スケボーを止めることはできなかった。

後方に声をかけた人。

メルディアが、手に籠を持って立ち尽くしていた。

縋るような眼差しに、光磨は居たたまれなくなった。

「終わったら!終わりましたら、お伝えします!!」

そこへツカサの毅然とした返答が聞こえてきた。

なにをどう伝えるのかと、顔を向ける。

ツカサも分からないのだろう。

唇を噛みしめ、メルディアを見詰めるツカサにそれ以上追求はできなかった。


***




『ここは平和でいいね。塚本くん』

マータから発せられた落ち着いた男性の声に、担がれた塚本は呻いた。

視線を後方へ向けると、光磨たちが後を追ってきているのが分かる。

「ボス。俺は………」

『口答えしてほしいわけじゃない。代わりにいいものをくれたからお礼を言いたくてね』

そんなことで。

ボスがわざわざこの世界の人間に働きかけることなんて、するだろうか。

代わりにいいもの、あげたつもりはなかった。

塚本はこうなった分岐点はあの日、ツカサの姉と会った日。

今はもう懐かしいとしか思わないあの地球で。

体を売る店の前で、安っぽくて地味な服を着た少女に目が行った。

黒い長い髪三つ編みにして、眼鏡をかける古風な子。

誰の目にも止まることのない格好と、売り込む声の弱々しさは聞いていて耳障りだった。

でも。

眼鏡の奥の黒曜石は、美しかった。

荒んだ生活で荒れ疲れ果てた目をしているのに。

卑猥な看板の光を受け止めるその瞳は。

塚本の目には、美しく映った。

今思えば、ダイアモンドの原石だったのだ。あの子は。

毎夜相手をさせて、肌を整えさせて、身につける衣服や下着、仕草に至るまで。

塚本は少女に教え込んだ。

少女は彼に対して、従順だった。

頬を染めて塚本の意志に従う少女は、愛おしかった。

だから、彼女の弟が宇宙船へ乗せる資金が欲しいと言ったとき。

組織から金を盗んで用立ててやった。

でも自分は、少女から遠く離れたこの星にいる。

そして、少女はボスの手の中にあった。

『あの子が君に会いたがってね。だから少々骨が折れたけど連れて帰ることにしたんだよ』

「はい?」

ボスの言葉に、塚本は思わず聞き返した。

聞き間違い、だろうか。

『君を、愛している。だそうだ?意味が分かるかね』

クスクスと耳にこそばゆい囁きに、塚本は愕然とした。

『あの子を最初。君が持ち逃げした金を取り返そうと思ってオークションに出したんだ。けど、気が変わってね。買ったんだ。余計、高くついたよ。だからね』

あぁ、この人は。

少女は何て愚かなことを、言ったのか。

そして、自分が少女に対して何の感情も抱いていないことも知らないで。

捨てられたことも信じることもなく。

「あの子に会ったのが間違いだった」

項垂れ、こうしてボスに捕まり、想像を絶する拷問に身を落とすことになるとは。

何も言わなければ、自分はボスに捨てられていたはずなのに。

それをあざ笑うかのように、ボスは言った。

『君はおかしなことを言っている。あれは、最初から私のモノだよ?』

どういうことか。

問いただす声は、突如として起こった地鳴りによって。

遮られる。

塚本の目の前に現れたのは、人の意志を持って動く植物の蔓だった。

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