第10話 塚本浩平
「どうぞ、入ってくれ。今、お茶を入れる」
光磨たちを招き入れたのは、四十半ばの男性だった。
背中の中程まで伸びたぼさぼさの髪を、後ろで結び。
ぼそぼそと話す声は低く、黒い瞳はどこか遠くを見つめて。
Tシャツにズボン、サンダル姿で。
奥の台所へ向かう姿は、近寄りがたい。
手伝うこともできないまま。
立ち尽くしてしまった光磨たちを、音喜が分かったように先導して。
台所前のテーブル椅子に、腰を下ろした。
「座っていいのかよ」
「いいんだよ。ほら、みんなも座って」
頬杖をついて、手招く音喜に光磨たちはしぶしぶ従う。
それぞれ席につくと、近くの窓から差し込む光があるのに。
部屋全体が暗いような気がした。
光磨はあたりをキョロキョロと見回す。
奥の扉の先が、塚本造平の寝室と水回りだろうか。
テーブルの向こう側は暖炉と椅子が、あるだけ。
壁に絵の一つ、敷物一つない。
「どうぞ」
お茶を持って現れた塚本は、光磨たちの前に湯飲みが置かれる。
自分たちの家で飲まれているお茶だった。
「はじめまして、かな。ツカサ、くん」
そう切り出した塚本は、酷くおびえているようだった。
全員が怪訝そうな顔をする中、ツカサはゆっくり頷く。
「地球出身者とこうして会うのは初めて、でね。緊張している」
そうだろうかと、光磨はお茶に口を付ける。
いつも飲んでいるお茶のはずなのに、違う味がした。
「君はこれからこの国の首都へ向かうはずだ。私も一回行ったことがある。とても、立派だ」
背を丸めて、塚本はカップを両手で包む。
触ると壊れてしまうかのように、優しく。
「あの、どうかしたんですか?」
ツカサが何かを言うよりも、音喜が出されたお茶に口を付けることなく切り出した。
「なにか、っというと?」
意味が分からないとばかりに、顔を上げた。
「一週間前に会ったときのあなたはこんなふうではなかった。ツカサのことは、宇宙船墜落時から伝えてあった。なにか、あったんですか?」
たたみかけるような音喜に、塚本は体をビクつかせた。
何かにおびえているようだ。
「いつものおじさんって、どんな感じなんだよ?」
光磨は塚本を哀れに思った。
だから少しでも彼が考える時間が欲しかった。
「いつもはもっと明るいし、こんな暗く陰気に話す人じゃない」
きっぱりと音喜は、塚本から視線をそらすことがなかった。
それは塚本のことをよく知っていなければ語れない。
ほとんど関わりを持たずにいた光磨と鼓動にはできないこと。
いくら森守一族だからって、そこまで断言していいのだろうか。
塚本は今までの怯えが嘘のように消え去り、顔に赤みが戻ってくる。
深呼吸を繰り返し、お茶を一口飲む。
「音喜くんには、かなわないね。そうだ、あの方から連絡が入ったんだ」
「あの方?」
誰のことだろうと尋ねる言葉に、塚本ではない誰かの声がした。
『それは私が説明しよう。塚本くん。お久しぶり、と言うべきか』
その声がツカサが抱えているマータからだった。
「ボス………」
「いやはや、懐かしい。早速だが、本題に入ろう」
光磨が停止の声を上げる前に、マータから伸びた手が塚本の首に巻き付いた。
「おじさん!マータ、やめて!!」
ツカサは胸に抱きしめたマータを見下ろすが、返信はなかった。
「あっ、ぐっ…………」
手は塚本の首に巻かれたまま、宙づりにさせられる。
「おい、こら!離せよ!!」
光磨は、伸びたマータの腕を掴んで、引っ張ったりするが、ビクともしない。
『この星の君たちには申し訳ないが、彼は連れて帰らせてもらう。彼はうちの金を横領してね。捜していたんだ』
ゆったりとした口調は、この場には不釣り合いに思える。
「地球の人間が勝手なことなんて出来るわけ、ねぇだろうが!」
「そうだよ。森守一族や神様がいるんだから」
鼓動と二人で引き剥がそうとするも、腕は緩むことはなく、ピンと張られた糸のようだった。
『その件だったら問題ない。もう済んだ』
「えっ?」
びゅるん、と二人が掴んでいた腕が大きくしなって、反動で壁に向かって放り出される。
「コーマ!鼓動!!」
光磨は一瞬、息が出来なくなった。
苦しくて、お腹を抱えてうずくまる。
鼓動も同じように。
壁にぶつけた背中が痛かった。
『さぁ、帰ろう。塚本浩平くん。かくれんぼは終わりだ』
マータはツカサの腕から放たれて、大きく跳躍する。
家の天井に穴を開けて、そこから塚本共々外へと躍り出た。
「マータ!!」
ツカサは、ドアを開けて外へと飛び出す。
すると、マータはがちゃがちゃと機械音を響かせながら体が大きくなっていく。
抱えられるほどの大きさだったのに、今では五階建ての高さまで達した。
そして。
突然現れた来訪者は、自分たちに一切の事情も話さないまま。
塚本を巨大化したマータに担がせたまま。
逃走した。
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