第9話 雨上がりの訪問

 雨は、翌日も翌々日も降り続いた。

まるで彼の元へ行かせないように。

ツカサと約束をしたあの日から数えて、一週間。

これでもう、いいとばかりに晴れた。

晴れたその日を、光磨は覚えている。

ツカサは、元気になったのに、自由にならないもどかしさ。

ようやく同類に会えると思ったのに、この雨という苛立ち。

そのことに、ツカサは荒れた。

光磨たちが来ても、些細なことでケンカしたり物を投げつけたり。

そんな日々が続いた。

もう二度と来るか、と吐き捨てても翌日には訪れてしまう自分を。

光磨は、歯がゆい気持ちで足を向ける。

この一週間、苦痛だった。

晴れる前日の夜。

音喜が尋ねてきて、明日。ツカサを連れて彼の元へ連れて行くと言った。

あの時は今なお降り続ける雨に、本当に晴れるのだろうかと思ったのに。

音喜の言うとおりに晴れて、光磨のテンションはおかしかった。

「コーマ、少し落ち着いた方がいいよ」

宇宙船が墜落してきたと同じぐらいの明るさに、鼓動は辟易していた。

あの時と違うのは鼓動もスケボーに乗って、二人並んで並走していること。

「やっぱり、雨より晴れてる方がいいよなぁ」

「確かにね。でも、本当晴れてよかった」

ツカサに対して鼓動も思うところがあったのだろう。

心底ほっとしたような言葉に、光磨は胸をなで下ろした。

ようやく視線を周りへ向ける。

田畑が広がり、守るような森、そして村の中心部への入り口が見える。

物見台が設置された門の入り口に、音喜とツカサは並んで立っていた。

音喜は、脇にスケボーを立てかけて。

ツカサは、フードを被っていた。

「おーい!」

気づいて二人に手を振れば、ツカサが手を振ってくれた。

「ようやく晴れたな」

挨拶を二人と交わすと、音喜は空を見上げて脱力したようだった。

「やっと、一週間。長かった」

光磨たちの言葉を代弁するかのようで、全員が無言で頷く。

「そういや、ツカサ。その服って」

「あぁ、うん。あの中にあったやつ。着ないとさ、もったいないし」

ツカサが着ているのは、あの貢ぎ物の中にあったやつらしい。

くるりと振り向いたフードの中には、マータが入っていた。

「おぉ、マータ」

「pizipizi.po-」

おはようとばかりに片腕を上げるマータ。

「ここに来て本当によかったよ」

両手を広げて、はしゃぐツカサに三人は、ほっとした。

「調子いいみたいだし、行くか」

「ツカサは僕の後ろに乗って。腰あたりを掴んでいればいいから」

「分かった」

光磨は全員がスケボーに乗ったのを見届けてから、発進させる。

村はずれの塚本浩平の家まで、一時間ほど。

両脇を田畑が続き、道は平坦だが、スケボー初心者は疲れる。

小休止は、音喜がツカサの様子を見ながら判断するだろうから大丈夫だ。

やがて走り始めると、初スケボーにツカサは傍目から見ても目を輝かせていた。

落っこちないかと思ったがそれはなくて。

「そういえば、おじいさんってぼくより少し前に。ここに辿り着いた方なんですよね」

十分ほど経つ頃に、ツカサは落ち着きを取り戻したらしく。

ふわっと思い出したように、聞いてきた。

「あぁ。俺らもそんなにしらねぇんだよ。他の場所だしさ」

話すのも初めてだ、と言うとツカサは目を丸くした。

村の外れに、光磨たちが行く用事はなく。

「音喜、ぐらいだよな。あそこ行くって」

「そう、だね。月一ぐらいかな」

言葉を濁す音喜に、ツカサは怪訝そうな顔をする。

「ねぇ、ぼくたちが行って大丈夫、かな」

通り過ぎる地面を見つめるツカサに、三人は顔を見合わせた。

「大丈夫だよ。おじいさんも君に会いたがってるし」

「えっ?」

音喜は無言で頷くと、視線を前へ向ける。

小休止を取ろうという彼の言葉に、光磨と鼓動はスケボーを止めた。

そして、ツカサは危なげにスケボーから降りる。

「以外と足にくるね」

「慣れないと足が痛くなるよね。大丈夫?」

ツカサは、疲れたのか、その場に座り込んだ。

「あのさ。ぼくに会いたいって本当?」

膝を抱えると、ツカサはそう聞いてきた。

まるで聞くのが怖いとでも言うかのようだ。

「じいさんとツカサって、知り合い?」

光磨は、直接聞くとツカサは黙り込んだ。

それから雲一つない空を見上げたり、あたりに視線をさまよわせる。

「言いたくないならいいよ。コーマは直球すぎるから」

幼子を母親が優しく宥めるようだった。

「うーん。知り合いっていうか、直接というか、間接てきかな」

言うことにしたのか、ツカサはおずおずと切り出した。

それでもまだ、迷いがあるらしく、探すようだった。

「姉がいるって話をしたよね?姉さんのおきゃくさん、でぼくを宇宙船へ乗せるお金を出してくれた人」

「それがじいさんだっていうのか?」

驚いて声を上げる光磨に、ツカサは無言で頷く。

「それにしても、ぼくより先にここへ着くことって可能なのかな?政府が内緒で作ったとしたら。結構あり得ることだし」

ツカサたち市民には知らされないことがある。

光磨と鼓動のように、森守一族についてあまり知らされていないのと同じ。

「どっちにしろ。直接本人に聞いてみようぜ。その方がはやい」

そう言いながら、休憩終わりとばかりに光磨はスケボーに乗る。

さまよう視線は変わらないものの、ツカサは立ち上がった。

それから走り出した三つのスケボーに乗る四人は、静かだった。

心地よい風の音が通り過ぎていくばかりで、他にない。

「見えてきたぞ」

「あれが………」

光磨が指さす先には、森に囲まれて建つ一件のログハウスがあった。

徐々にスピードを落としていき、ログハウスの前で止まる。

郵便受けのところに、日本語で【塚本浩平】と書かれていた。

ログハウス横には小さな畑があり、そこでは野菜を栽培している。

裏には井戸がある。

ツカサの方を見ると、彼は胸の前で両手を組んで小さくなっていた。

その姿に一抹の不安を感じながら光磨は家の戸を叩いた。


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